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18 お花を摘みに

 頭を俺に下げて礼を伝えてくれるアンディ――いや、アンディ様と敬称をつけるべきか。

 このアンディ様は辺境伯の長男とのことなので、相当な身分の方だよな。

 なのに恩人とはいえ見知らぬ俺にこんな丁寧な態度で接してくれるのか。


「あ、失礼いたしました」


 俺は慌てて膝をついて頭を下げる。

 続けて名乗ろうとして――


「よい。ここには私達しかおらん。立って普通に話せ」


 本当にいいのかな?

 少し逡巡してファナを見てみる。

 ファナは立ったままだし、俺と目が合うとコクンと頷いた。

 俺はおずおずと立ち上がる。


「私はヒカルと申します。冒険者ギルドに所属したばかりの駆け出しです」

「やはりキミがヒカルか。先日、人さらいを捕縛した者だな?」

「ご存じなのですか」

「アンディ様はイリニの街の領主ではありますが、イリニの冒険者ギルドの理事もやっています」


 ファナが事情を説明してくれる。

 冒険者ギルドは街や国に縛られず支部が存在しているとのことだが、その支部が置かれている街ごとに支援する出資者がいるので、このアンディ様がそうだということか。

 ルーチェを攫おうとした男はギルドに引き渡しており、事情もファナとセザールが伝えている。

 なのでギルドからアンディ様にも報告がいってるのだろう。


「駆け出しにしては随分と高威力の魔法を放てるのだな。どこかで習っていたのか?」

「そこのファナが魔法の師となります」

「本当か!?」


 アンディ様は驚愕の顔でファナを見やる。

 ふふん――と鼻が高くなったようなドヤ顔のファナ。


「信じられん。ファナに教えを乞うた者は数多く知っているが、まともに育ったのは数える程度しかおらんぞ」

「あーひどい! なんてこというんですか!」


 ぷんすかと怒るファナ。

 俺の今までの魔法のイメージといえばファンタジー溢れるものではあるが、この世界での魔法は実際の挙動や制御は極めてロジカルである。よって教える方も論理的・具体的な説明が求められるが、ファナは感覚派そのものなので魔法に関しては人に教えるのに向いてない。

 これは彼女に実際に教わった者としての感想なので、アンディ様の言ってることは本当なのだろう。


「基本の構成や魔力操作を教えてもらっているのは事実です」

「ほらヒカルさんも認めてますよ」

「むぅ……俄かには信じられん。では実は元々他の国で冒険者をしていたが、この国では新人として再登録したとか?」


 『身分を隠して新人として過ごしているが実は伝説の冒険者だった!』ってパターンかよ。嫌いではないしむしろ好きだが、そんな経験はない。


「正真正銘の新人です。今が初めての依頼遂行中で、素材集め中です」


 そう言って俺は後方に置いておいたペペ・スライムを収めた容器を指差す。


「あれは私がギルドに依頼者として貸与した壺ではないか。奇遇にも二人が受注してくれたのか」


 あんたの依頼かよ。


「いや~結構前に依頼を出しておいたのに、誰も引き受けてくれないようで困っていたんだよ。日々の公務のストレスをローション風呂でだな――」

「ストップ!」


 特殊な性癖の話を聞きたくなかったので俺は静止する。


「アンディ様が依頼者というのはわかりました。この場合ですがあれの納品ってどうしますか?」


 いきなりここで渡されても困るだろうし、ギルドに一旦納めるのがやっぱり筋なのかな?


「ギルドの依頼なので納品はギルドにします。でも今回はアンディ様だから理事権限でどうにでもなりますね」


 ギルドの理事であり、身分的にも権力者でもあるから融通が利くってことね。


「うむ、今すぐに受け取って街に戻りたい所なのだが、実は今は任務中なのだ」

「こんな所で単独の?」


 ファナが不思議そうに聞く。


「いや、ここから少し離れたところで分隊が野営しているのだが、ここの湿地帯でペペ・スライムが捕獲できるのは知っていたのでな。少し足を伸ばせば手に入るのならば、ついでに欲しくなるのが人いうものだろう」

「すみません、まったく理解できません」

「むぅ、そうか?」

「じゃあ、あの巨大スライムに取り込まれていたのは?」

「あのようなサイズは稀だからな、天然のローション風呂の誘惑に負けただけだ」

「と、いうことは……まさか自分から飛び込んだ?」

「はっはっは! 恥ずかしいがその通りだ!」


 とんでもないアホだな。

 

「アンディ様、任務中とのことなので私達は引き上げますね。依頼品は明日にでもギルドに納品しておきます。もう巨大スライムが居ても飛び込んじゃだめですよ」


 めっ!――とファナは幼い子を叱るお姉さんなようなポーズでアンディ様に注意する。


「ヒカルさん、行きましょう」

「じゃあ、失礼します」


 俺達は軽くアンディ様に一礼した後、この場から立ち去ろうと歩き出した。

 まだ夕方前なので今から家に帰ったらかなりゆっくりできるな――と考えていたら、呼び止められる。


「ちょっと待て」

「なんでしょう?」

「お前達、私の任務に付き合え」


 アンディ様が唐突な申し出をしてくる。


「任務ってギルドのじゃなくて軍のでしょう? 私達は冒険者ですよ?」

「一緒に強力な魔物の討伐とかすることもあるではないか。今回もそれみたいなものだ」

「でも……まだ経験の浅いヒカルさんもいますし」

「二人は後衛の更に控えでよい。もちろん給金も弾むぞ」

「ヒカルさん、行きましょう!」

「…………」


 借金娘の即決で内容もわからないまま、俺達はアンディ様の任務とやらに参加することになってしまった。


 ***


 イリニの街の兵士で構成された分隊は、アンディ様が言っていたように俺達がいた湿地帯より少し離れた場所で野営を行っていた。

 小さめなテントが3つに、少し豪華がテントが1つ張られている。豪華なのはアンディ様のだろう。


 野営地に近づくと、あちらも俺達の存在というかアンディ様に気付いたのだろう。

 こちらに走ってくる者がいる。


「アンディ様! ご無事で!」

「やぁアズリナ、少し遅くなっちゃった。ごめんね」


 アズリナと呼ばれた人は銀髪のロングヘアの綺麗な女性だった。

 女性としては背が高めで装飾が付いた軽装な鎧を身に着けており、細身の剣を腰に下げている。

 女騎士って言葉がピッタリだな。


「なんで勝手にいなくなるんですか!? 心配したんですよ!」

「やだなぁ。ちゃんと行く時に『お花を摘みに』って伝えたじゃないか」

「その言葉の意味を正確に理解していますか?」


 おお、怒ってる怒ってる。

 そりゃ上司が無断で長時間いなくなったら焦るよな。

 もし何かあったら自分の責任問題にもなるだろうしね。


「……それでこちらの方は?」


 ひとしきり苦情を伝えたアズリナが俺に視線を向ける。

 ファナはアズリナに小さく手を振っているので、こちらとも知り合いのようだ。


「ファナは知ってるからいいね。こちらの方はヒカルくんさ」

「どうもヒカルと申します」


 俺は紹介されたのでペコリと頭を下げる。


「命の恩人なんだよ」

「ど、どういうことですか!?」


 アンディ様は湿地帯で起きた事を簡単に説明する。

 巨大スライムの中で溺れて危なったことまでちゃんと説明していたが、その話を聞いている最中のアズリナは目を閉じてこめかみの辺りを押さえていた。

 うん、気持ちはなんとなくわかるよ。

 言うなれば、会社の上司が同行した出張先のホテルから勝手に居なくなって、戻ってきたら事故で危うく命を落としかけたってことだもんな。

 頭も痛くなるってもんよ。


「事情はわかりました」

「よかったよかった。じゃあ夕飯の準備にしてくれ。二人の分もね」

「その前に……」


 アズリナが俺に怖い顔で向き合う。

 そして剣を抜いて俺に向けて――


「ヒカルと言ったな? 私と摸擬戦を行ってもらう」


 ……なんで?

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