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17 ローション風呂で死を覚悟する

 全身ペペ・スライム(ローション)に塗れた状態で、ファナの<浮遊(レビテーション)>で宙から横たわった状態でゆっくりと降下してくる貴族の若い男――アンディ。

 そのまま降ろしたら湿地帯のぬかるみにはまりそうだったので、地面が固く芝生のある場所に移動することにした。

 ファナは魔法の制御に意識を割いているので、誘導は俺が担当する。


「オーライ! オーライ!」

「ぷっ! そのオーライって何ですか? 何か召喚でもするんですか?」


 そっか。

 この世界に車なんてないから『オーライ』なんて使わないか。


「誘導する時の掛け声なんだけど」

「笑って気が抜けちゃうからやめてくださいよ。落としちゃいそう」

「こういう時、なんて言って誘導してる?」

「そうですねぇ……『そのまま』『このまま』とかでいいと思いますけど」


 こんなことを話しているうちに降ろすのに良さそうな場所に着く。


「よーし、ゆっくり降ろして。このままこのまま~」

「はーい」


 貴族の息子なんだから丁重に扱わないとな。

 もし無礼なことをしたら投獄、最悪死刑とかになったら笑えない。

 膝を下ろして地面とアンディの高さを確認しながら誘導する。


「オーライ! オーライ!」


 あ、しまった。つい癖で『オーライ』と言ってしまった。日本人なら仕方ないよな。

 ファナに笑われる。


「あははは! また『オーライ』って!!」

「あっ!」


 案の定ファナが笑い出してしまい、アンディを浮かせていた魔法の制御が切れる。

 

 ドサッ!


「おいィィィ!」

「あ~落としちゃった。てへ」


 降ろしている途中だったので俺の腰くらいの高さとはいえ、乱暴に放り投げたみたいになってるじゃねーか。

 慌てて大丈夫かアンディの状態確認をしようとして――


「触りたくないな」

「ですね」


 なんで全身ローションに塗れてテカテカ光沢を放ってべとべとした男に触れないといけないのだ。

 とはいえ、このままほっとくと俺が罪に問われるかもしれないので救護しないと。

 地面に膝をついて声をかけることにする。


「大丈夫ですか?」

「…………」


 返事が無い。

 目はぼんやりと虚空を見つめており、視線が動く事は無い。 

 胸がわずかに上下しているので幸いなことに呼吸はできているようだが、意識が無いのだろうか。


「まずいかな……前に俺にかけてくれたような回復魔法ないの?」

「あれは単純な外傷を直しただけですからね。身体の中の損傷ならまずは部位を特定しないと」

「そうか、中を精査するのが必要なんだっけ」

「それもそうですし、そもそも他の方にかける場合はその人の身体情報も把握しないといけないので」


 そういえば俺のケガを直してくれた時も、他人に回復魔法をかけるのは難度が高いようなことを言っていたっけ。


「えっとケガの特定にはCTスキャンとかエコーのような効果を得られる構成にすればいいのか? CTスキャンってX線だっけ? エコーなら音波だから多少は簡単か?」


 くっそ、あんな医療機器の仕組みなんて知らないよ。


「わぁ、ヒカルさんの言ってることまったくわからないです」

「大丈夫だ。俺も良くわかってない」

「そもそもケガしてなくてショックでぼんやりしているだけかもしれないですよ。気付けの魔法でも試してみますか?」

「そんなのあるんだ」

「『眠り』や『幻惑』をしかけてくる魔物や、そういう状態異常の魔法もありますからね」

「それで対抗策の魔法も研究されてるってことか」

「そういうことです」

「……魔法は不要だ」


 気付け系の魔法の相談をしている俺達に割って入る男の声。

 ファナから仰向けのままのアンディに視線を移すと、態勢は変わっていないが目だけがこっちを向いていた。


「意識が戻ったのですね。お身体は大丈夫ですか?」


 気が付いたことは良かったけれど、さっきは乱暴に落としてしまったし、これからの対応次第でまずいことになるかもしれないから、細心の注意で望まないとな。


「身体は大丈夫だ。どこも異常ないだろう」

「それは良かったです。お立ちになりますか?」

「いや……もう少し余韻に浸らせてくれ」

「余韻?」


 巨大スライムの中で溺れて死にかけたわけだし、余韻に浸るようなことあった?


「キミは浴槽は知っているかね?」

「浴槽……お風呂のですか?」

「そうだ」


 この世界では通常の市民には日常で入浴時にお湯に浸かる習慣はない。

 風呂場では溜めてある水や湯を使って身体を流し、布で汚れが酷い所を拭く程度である。

 温泉地に行けば大きな浴場は有るらしいので、市民がお湯に漬かりたくなった場合は温泉地まで出向くのが一般的とのこと。

 一方、お金持ちや貴族は浴槽や湯舟が風呂場に設置してあり、優雅なお風呂タイムを過ごせる。

 毎日そうしているかまでは知らないけれど。

 ちなみに湯を愛する俺としては、そのうち家の風呂を改装して湯舟やシャワーを用意するつもりである。


「その浴槽でな、ペペ・スライムをお湯で割って程よく薄め、ローションでいっぱいにするのだ」


 えっ、いきなり何を言い出してるの?


「風呂いっぱいのローションというのは素晴らしくてな、体温より少し温かい程度にしておくと、豊潤な女性にやさしく全身を包まれているかのような多幸感が襲ってきてもうたまらんのだ」

「はぁ」

「先ほどのペペ・スライムに取り込まれている時……それを思い出したよ」


 なんでうっとりした顔になってんの?


「ローション風呂でうっかり足を滑らせた時、どこに手を付いても滑るし、足で踏ん張ったところでやはり滑るし、呼吸が満足にできずに危うく死を覚悟したことがあるんだが、そこまで似たようなシチュエーションを再現してしまうとは、いやはやびっくりだよ。ははは!」

「バカだこの人」


 ヤバイ、つい声に出てしまった。

 しかし、アンディは『ハハハ』と一人で笑っているので気が付いていないようだ。よかった。


「もういいですか? アンディ様」


 呆れた顔したファナがアンディの一人笑いを止めるように話しかける。


「やぁ、ファナ」


 仰向けで寝転がったまま片手を上げて挨拶をするアンディ。

 おや、互いに面識があるのか。


「とりあえず綺麗にしますよ。<浄化(ピュリファイ)>」


 ファナが魔法を唱えるとアンディの身体が薄い光に包まれる。

 すると全員に付着していたペペスライムの粘液が消えていく。

 お風呂文化、ついでに洗濯道具もいまいち進歩していない理由となる、魔法による清浄化が行われた。


「ああ……綺麗になってしまった」


 浄化されたアンディは心底名残惜しそうな表情をしながら立ち上がり、衣服の乱れを整えた。

 ちゃんとした格好になると先ほどからはまったく感じられなかった気品を纏っている。


「改めて礼を言わせてくれ。私はエルクグローブ辺境伯が長男、アンディ・エルクグローブである。先ほどは本当に助かった。そなたらは私の命の恩人である」


 そう言うと恭しく頭を下げてくれたので、俺はとても恐縮してしまった。

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