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11 おうち……無いんです

 轟音と高音を周囲に撒き散らしながら燃え盛る火柱を見ながら思う。

 これを自分が出したのか――と。

 ()()()()()()()()()()()、と確信を持って魔法を行使し、実際に目の当たりにしているのにも関わらず、どこか信じ切れていない部分もある。


『ほぉ、さすが異世界人よの。(ことわり)を飲み込むのが良くできておる』


 先ほどセザールに言われたことを思い出す。

 魔法と言えど法則や原理がある。つまりはこの火柱も(ことわり)でしかないのだ。


 火球を発生させ、前方に飛ばし、着弾したら炎上して火柱状の形で燃焼する。

 このような動作をするように魔法の構成(コード)を描き、火球(ファイアボール)という魔法名を付けて、それを自らの身体を実行環境として展開し、実行したのである。

 同じ構成にすれば、何回唱えても同じ現象が発生するだろう。

 手順や条件が同じならば、いつ、どこで、何回行っても、同じ答えや結果を得られる。

 まるでプログラムやスクリプトではないか。


「ううっ!」


 炎に包まれた仲間を見る男Bが怯んだ声を上げる。

 そういえば、まだもう一人いたな。

 男Bと目が合う。

 襲いかかってくるだろうか。

 まだ俺は地面に這い付くばったままで、ダメージからまともに動けないのだが。


「…………」


 互いに数秒沈黙のあと、俺は火柱に向けていた手を黙ったまま男Bに向ける。

 もし攻撃してきたら身を守らなければならない。

 先ほどと同じ魔法の構成を組み、展開する。あとは実行するだけだ。

 もし飛び掛かってきたら、即座に火球を撃つことができる状態である。


「割りに合わねぇ!」


 男Bはこちらを向いたまま後ずさりして距離を取ると、後ろを向いて駆けだす。

 そして自分が降りた馬に乗ると、すぐさまと走り去っていった。


 ほっ……逃げてくれて助かった。

 仲間がやられたのを見て、反射的に『こっ、この野郎!』とか言って攻撃してこなくてよかった。

 自分で出しておいてなんだが、あんな火柱を出すのを見せられたら、逃げ出す方が当たり前だよな。


 俺が安堵したタイミングと合わせて火柱の勢いが弱まり、やがて消失する。

 男Aは死んでしまっただろうか。普通に考えたら死んでるよな。

 いやでもあいつも魔法を使っていたし、何らかの魔法で防御しているかもしれない。

 焼け跡の方を確認しようと上半身を更に起こそうとしたが、瞬間的に意識から除外していた身体の痛みが戻ってきて自己主張を始め、再び倒れ伏す。


「はあっ……はあっ……」


 土って冷たいな。日本に居た時はこんなに土に全身で触れていなかったよ。

 最後にこんな地面に倒れ込んだ時って何時だろう。

 学生の時、何かのマンガのキャラに憧れて土手の斜面で昼寝をした時だろうか。

 寝心地が悪くて眠れないし、背中に芝や土は付くし、バッタや蟻が顔に登ってくるし散々だったわ。


「……あの、大丈夫ですか?」


 一種の現実逃避なのだろうか、くだらない事を思い出しているといつの間にか獣少女が心配そうな顔で俺の顔を覗き込んでいた。

 

「大丈夫……とは言えない。身体が凄く痛い。キミこそ大丈夫?」

「は、はい。私は大丈夫です。あの、助けて頂きありがとうございました」


 ぶんぶんっ!


 獣少女の尻尾が左右に高速で振られる。

 犬と同じなら……嬉しいんだよね?


「アイツって生きてる? そこからわかるかな?」


 男Aがいると思われる方を指差す。


「倒れて動いていませんけれど、生きているかまではわかりません。見てきますね」

「待て待て、行かないでいい」


 慌てて獣少女を引き留める。

 どうやら少なくとも原型は残っているようだけど、もし黒焦げになった焼死体にでもなっていたら、トラウマを植え付けてしまう。子供は死体なんて見なくていい。


「……そうですか。お役に立てると思ったのですが」

 

 男Aの様子を確認しに行こうとした獣少女が何故かしょんぼりしている。

 しっぽも同じようにだらんと下げている。


 そんなに落ち込む?


「逃げた奴が仲間を連れてくるかもしれないし、ここから早く動きたいんだ」


 『割に合わない』とか言ってたような気がするので、戻ってくる可能性は少ないと思われるが、リスクはリスクである。


「わかりました。立てますか?」

「それがな、立てたら肩を貸してもらおうと思ったけど、身体が痛すぎて動けない」


 立てた所でこんなガリガリの女の子に肩を借りたところで、体重をかけたらあっという間に押し潰してしまいそうだけど。


「代わりにキミがさっき攫われた場所、ギルドの近くにエルフの女の子かドワーフのおっさんがいると思うので、呼んできてくれないか? 俺を探していると思う」

「わかりました! 冒険者ギルドですね! ええと――?」

「俺はヒカルだ」

「ヒカルさんですね。私はルーチェです。すぐ呼んできますね!」


 獣少女――ルーチェは俺に頼まれると再び尻尾をぶんぶんと振り回し、街の方に小走りで戻って行った。


 どうみてもスタミナありそうな身体ではないんだから、無理しないでいいぞ。

 あ、やっぱり少し無理して欲しい。

 意識が飛びそうだ。

 ここに来てから気絶する頻度が増えたなぁ……


 ***


「あ、起きましたね」


 目を開くと、俺を覗き込んでいる優しい表情のファナと目が合った。

 背中や下半身は相変わらず土と接しているようだが、後頭部には柔らかくて暖かい感触がある。

 これ膝枕ですね。


「んも~心配したんですよ。

 ギルドでお金を返した後に外に出たらヒカルさんはいないし、セザールも知らないって言うんですもん。

迷子になってたらどうしようって!」

「悪かったから、落ち着け」

 

 膝枕してくれてるのは有難いが、オーバーリアクションで話すもんだから俺の頭が揺れる。

 落ちるんじゃないかと思うぐらいだが、そこはしっかりと両手で包み込んでくれている。

 ファナの手の感触は体温が低いのか少しひんやりとしていたが、柔らかくて正直ずっと触っていてもらいくらいである。


「膝枕ありがとう。足、痺れたんじゃないか?」


 体を起こそうとした時、ファナは俺の頭に添えていた両手に力を込めて自らの太ももに押し付ける。


「もう少し休んでいてください」

「い、いや大丈夫だよ。身体ももう痛くないし……あれ、痛くないな???」


 まともに動けなくなるほどの痛みは消えていた。

 どれくらい気を失っていたかはわからないが、せいぜい長くても1時間といったところだろう。

 それくらいの時間を寝てただけでこんなに回復するだろうか?


「<癒し(ヒール)>かけておきました」

「すごいな。そんなのも有るんだ」 

「はい。有るんです。自分にならともかく、他人に<癒し(ヒール)>をかけるのってけっこう難しいんですよ。人の身体のことなんてわかりませんから、まずは状態を確認する魔法をくっつけて使うんです」 


 本人ならば自分の身体だからどのような状態ならば『正』なのかは自分自身の身体が情報を持っている。

 しかし他人の『正』は不明である。

 だから癒しの効果の前に探査(スキャン)みたいなことが必要ってことなのだろうか。


「ファナには助けられてばかりだな。ありがとう」

「えへへ……どういたしまして」

「お話が付いたところで、そろそろお時間です。通常のご料金の他に膝枕、頭なでなでオプションが付きましたのでお支払いに加算されます」


 セザールが両手をもみ合わせながら謎の支払いを要求してきた。


 お前、居たのかよ。


膝枕(これ)、オプションなのね」

「ヒカルさん、次の支払い日までに用意しておこないといけないんです……」


 気まずそうに顔を背けるファナ。


「どうですお客さん? 時間延長すれば耳そうじにハグ、添い寝オプも有りますが?」


 セザールがメニュー表を手渡してくる。


 なにこいつ? なんでこんなの用意しているの?


「えっ? 裏オプは無いのですかって? お客さんも好きですねぇ……有るよっ!」

「いらんわ!」

「ああっ、起きちゃったぁ」


 反射的にツッコミで飛び起きてしまう俺に、残念そうなファナ。


 俺からお金巻き上げるつもり?

 この世界のお金持ってないよ。


「……よっ、と」


 立って周囲を見渡すと2カ所に目が留まる。


 1つは男A。

 両手と両足を後ろに回して背中側でロープで縛られていた状態で地面に転がっていた。

 普通に縛られているだけではなく、身体に這う縄の部分が六角形になっている。


「亀甲縛りじゃねーか」


 そして口には魔法を唱えられないようにだろうか、布――ではなく大き目の穴がいくつか空いたボール状の物を咥えさせられている。


「ボールギャグじゃねーか」

「もがもがもがもが!!」

「何言ってるかわからないが……生きててよかったよ」


 まだ俺は人殺しにはなっていなかったようだ。

 とはいえ、結果的に死んでいなかったというだけで、相手が致死になる攻撃を自分の意思で行ったのは事実だ。

 本質的には変わらないのかもしれない。


「こいつどうするの?」

「あとでギルドに引き渡します」


 ファナに聞くと、イリニの街にも辺境伯の令息が管理する治安部隊はいるとのことだが、それと同時に冒険者ギルドも独立して治安維持の一翼を担ってるらしい。

 トドメを刺すのは嫌だが、こういう悪さをする奴は悪事を繰り返すので、ただ解放するのも嫌だったのだ。

 こういつ奴らを引き渡す所が有るのならば、まぁ安心である。


「お身体はもう大丈夫ですか?」


 目が留まったもうひとつの方から声をかけられる。

 それはルーチェであった。


「ああ。ファナがかけてくれた回復魔法でもう平気だ。二人を呼んで来てくれて助かった」

「いえ、そもそも私の事を助けて頂いたんですもの。当然です」

 

 ルーチェは両手の手の平をこちらに向けて左右に振る。


「親御さんをあまり心配させてもいけない。良かったら家まで送ろうか?」

「あっ……いえ、大丈夫です」

「でもなぁ。また攫われたりしたら俺も夢見が悪いし」

「あの……でも……」


 嫌がってるみたいだから、良かれと思ったけれどあまりしつこくするのはやめておこうかな。


「ルーチェちゃん、どこ住んでるの? 私達送っていくよ」

「うむ、ロリコンヒカルが送りたいみたいだぞ」

「誰がロリコンだっ!」

「…………」


 ルーチェは何か俺たちに言うか言うまいかと逡巡しているようだ。

 嫌がっているのではないのならば、もう少し様子を見てみよう。


「どうした?」

「あの……」

「うん」

「私……」

「ああ」


 ルーチェがいったん伏し目になり、少しの間の後、上目遣いに俺の顔を見る。


「おうち……無いんです」

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