富川の疑問
登場人物
アラーネ・・・蜘蛛人間
冬木博士・・・結合双生児の学者
佐々木萌乃・・・若手注目女優
安藤早希・・・女優。名バイプレイヤー
ショーン武藤・・・映画監督
富川勇次・・・警察官
俺は手が震えていた。
約10年警察官をやっているが、公務で初めて拳銃を使用したからだ。
ましてや、こんな蜘蛛人間が民間人を襲おうとしている瞬間に遭遇してしまった。
「大丈夫ですか?」
俺は蜘蛛人間を女性から引き剥がした。
その女性は号泣していた。しかし、その顔に見覚えがあった。
外には応援の警察官が10名ほど到着していた。
「Hey!その蜘蛛野郎をとっとと運び出してくれ!」
外で喚いているのは通報者でこの家の管理人だという映画監督のショーン武藤という男だった。
通報の内容はこうだった。
ショーン武藤が管理人している撮影所兼稽古場に町を騒がせた蜘蛛人間が隠れていて、2階に数名のスタッフや俳優が残されているとのことだった。
到着すると、ショーン武藤が玄関付近で待っており、チャイムを鳴らして、中のスタッフ達に警察官が来たことを知らせた。
ショーンが窓を割って突入しても良い、という指示を出したので荒っぽいが窓から侵入したのだ。
蜘蛛人間が何度か「純菜。」という人名を呼んでいたということは、知り合いでもいるのだろうか?
それともただの脅しか?
錯乱状態で妄言を吐いたのか?
それはもう確認出来ないことだった。
「はい。大丈夫です。」
やっと口を聞いた女性は案外落ち着いていた。
「怪我は無いですか?」
「はい。怪我も無いです。監督のところに行ってもいいですか?」
「いいけど。気をつけて。」
俺はその女性を外に出した。
「2階の皆さんも降りてきて大丈夫ですよ。」
俺の呼びかけに男女6人が降りてきた。
その中にはよくテレビで見る人物が混ざっていた。
安藤早希という、名バイプレイヤーの女優で様々なドラマや映画で見たことがあった。
「皆さんはどうして2階のいたんですか?」
俺の問いに、年配でカメラを担いだ男性が答えた。
「隣の建物での撮影が終わって、裏の階段から直接2階に行けるんで、2階の部屋で休憩してたんですよ。」
「そうですか。皆さんも外に移動してください。」
彼らを見送り、布がかけられた蜘蛛人間の姿を見た。
特注の服だろうか、腕4本、脚4本に対応している。
手袋をつけて、服の裾をめくってみる。
「アラーネ?こいつの名前か?」
もちろん本名ではないだろうが。
外では、他の警察官が一人一人に聴き取りをしていた。
それかまとめられ報告を受けた時驚いた。
蜘蛛人間が、「純菜」と呼んでいた人物は、佐々木萌乃と言い、若手女優だという。
この前、何かのドラマに出ているのを見かけたので、見覚えがあったのだろう。
後日、俺の処分が確定した。民間人の保護を目的とした適切な発砲と判断された。
蜘蛛人間について様々な調査が進められ。
15年前に蜘蛛人間に特徴が一致する結合双生児が出生した病院が見つかり、冬木博士という人物にたどり着いた。
俺たちが、この町の少し離れた場所にある彼の住居を尋ねたが、なんとその建物は取り壊され、売地となっていた。
それから数日後、冬木の足取りが掴めた。
アフリカ大陸に出航した記録が最後でそれ以外に情報はなかった。
自分が育てた蜘蛛人間が事件を起こしたことに対して罪の意識を感じ、逃亡したのか。
それは、少し大袈裟過ぎると言うのが俺の感想だった。