純菜
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
相変わらずカーテンは閉められ、朝日は差し込んでいなかった。
俺の上には布団がかかっていた、彼女がかけてくれたのか。
俺は彼女の姿を探した。
「おはよう。アラーネくん。」
突然姿を現した彼女に少し驚いた。
「おはよう。」
「私、今日仕事なの。夕方には帰るから。」
そういう彼女は仕事着だろうか、スーツを来ていた。
「ああ。」
「朝とお昼は冷蔵庫の中のものを食べて、あと!」
彼女は急に真剣な顔になった。
「カーテンは開けないでね。特に昨日の小屋がない方角。西村さんって言って、同じ町役場に務めてるおばさんがいるの。ちょっとめんどくさい人だから、絶対に姿を見られない方がいい。」
「わかった。守るよ。」
俺は朝食を食べた。父が作った物以外を食べるのはおそらく人生初だ。
おいしかった。電子レンジの使い方が分からず、冷たい洋食だったが、おいしかった。
俺は家の中を少し歩いてみた。
ほんとに広い。俺は彼女の両親の遺影を探していた。
この家にお邪魔している身として手を合わせなければと思ったからだ。
1階の1番奥。和室に仏壇はあった。
黒縁の写真立ての中に2人の人間がいた、しかし俺には純菜の両親には見えなかった。
単純に似ていないのだ。まあ、そんなこともあるだろうと思い。俺は2階に向かった。
2階は広かった。
なぜが鍵がかけられている部屋もあったが、おそらく彼女の部屋なのだろう。女性の寝室に興味はない。
他にも鍵がかけられていたが、もしかすると両親の部屋だったのかもしれない。
その他の部屋は完全に何も置いてなかった。
つまらない2階の探険を終えて、俺は1階に降りた。
なぜがテレビとパソコンがなかった。
しかし、彼女はスマホを持っていたのでそれで事足りてるのかもしれないと勝手に解釈した。
昼飯を食べ終わり。
俺は今後の事を考えていた。
父が必死で探しているだろうか、だとしたら見つかるのは時間の問題だ。
それに、コートや帽子を窃盗してしまった。単純に法に触れたのだ。
明日、この家に警察が現れて簡単に逮捕されてしまうかもしれない。
そんな考えが逡巡し、またもや眠りに落ちた。
目を開くと夕方だった。
「ただいまー!」
ピッタリ5時半に彼女は帰ってきた。
「おかえり、なさい。」
小さくつぶやく俺。彼女の前ではなぜが緊張した。
彼女は朝家を出た時より大荷物だった。
買い物でもしたのだろうと思った。
「夕飯作るから待ってて。」
「ああ。」
俺は夕飯の席に着いている。
父の家では大きなテーブルを挟んでいたが、今とても近い距離に彼女がいる。
俺の姿をどう思っているのだろう。聞いてみたくなった。
「あの。峰原純菜さんは...」
「純菜でいいよ。気を使わなくていいから。」
「ああ。純菜はなんでこんな俺を匿ってくれる?」
「理由なんている?ただ怪我をしているあなたを助けたかっただけ。」
「でも俺、蜘蛛見たいだろ。普通の人は怖がるのに。」
「見た目なんて関係ある?人間でしょ。みんな一緒よ。」
そうすると満面の笑みを見せた。
「さあ。冷めないうちに食べよう。」
「わかった。」
純菜が目の前にいると考えると、食が進まなかった。もちろん美味しくない訳では無い。
緊張してしまうのだ。
その後、風呂にも入れて貰い。リビングの片隅をアラーネの部屋として2人で、作った。
そこでの寝心地はとてもよかった。
「おやすみ。アラーネ。」
小さく手を振る純菜に、俺も手を振り返した。
「おやすみ。」
全身の疲労と、治りかけの怪我の影響出すぐに眠り着いた。
扉の開く音で目が覚めた。
誰かが入ってきたのか?しかし、扉は締まり、外から鍵がかけられた。
足音はどこかへ消えた。
純菜はどこかへ行ったのか?
買い物だろうか。
特に考えることはなく、俺はまた眠りについた。
朝、純菜に起こされた。
「おはよ!ねぇ。コレ見て。」
見せられたのは服とズボンだった。しかし、普通と違っているのは腕が4本、脚が4本でも着られる作りになっていたことだ。
「これ、純菜が作ったの?」
寝ぼけながら俺か聞いた。
「そう。昨日帰りに材料を買ってきて、夜作ったの。後で着てみて。私仕事行ってくるね。」
「ああ。頑張って。」
彼女を見送り、早速着替えてみた。
サイズはピッタリ。上下ともにアラーネという刺繍がほどこされていた。
俺は、純菜のために何かしたいと思った。
まず思いついたのは、掃除、洗濯、皿洗いだ。
だいたいのことは、中学生の家庭科の教科書に乗っていた。
鍵のかかっていない部屋を綺麗にし、皿を洗った。
洗濯はやめておくことにした。純菜の服に触れることが躊躇われたのだ。だが、それ以前に彼女の服が見当たらなかった。
部屋の中なのだろう。
その時だった。
視線を感じたのだ。辺りを見回してもカーテンは開いていない。もちろん、玄関の鍵も閉まっている。
そして、2階に僅かに気配を感じた。すぐに上って確かめたが、その気配は消えていた。
純菜は6時丁度に帰宅した。
時間に正確な人なのだと思った。
今日の気配のことは秘密にすることにした。
「おかえり。」
今日は俺の方から声をかけた、掃除や皿洗いの成果に気づいて欲しかったからだ。
しかし、純菜は疲労困憊という感じただった。
手には一輪のすみれの花を持っていた。
「ただいま。私ちょっと疲れちゃった。」
話を聞くと、仕事でトラブルがあったらしい。
「私ね。この花好きなんだ。」
純菜がすみれの花を見せる。
「お母さんが好きで、庭で今でも育ててるの。お父さんが、お母さんと付き合い始めるキッカケが、すみれの花の咲く公園であったみたいでね。節目節目に必ずくれたんだ。」
そうすると純菜は、俺から少し離れた所をみて「私に元気をくれる花なの。」と呟いた。
「俺は、桜が好きだ。」
何か話題を切り出さなければと、咄嗟にそう言った。
「そうなんだ!じゃあ春になったらお花見したいね。」
そんな事を言う彼女は、俺が蜘蛛人間だということを完全に忘れているようだった。
俺もそれが嬉しかった。
その夜も、誰かが家から出ていく音を聞いた。
純菜しかいないはずなのに、なぜだろう。
疑念が溢れた。
それから数日間。純菜は俺に様々な話を聞かせた。
俺にとっては全てが新鮮で、刺激的だった。
外に出られないことが唯一悔やまれた。
「私、明日19歳の誕生日なんだ。」
純菜がそうこぼした。
明日は7月7日。七夕である。
「そうか、掃除いつもより頑張るよ。」
俺にできるのはそれくらいだ。
しかし、この時俺には純菜を喜ばせたい気持ちが湧き上がった。
すみれの話を思い出した。