脱走
俺は父の「その姿で外に出せない。」という部分が心に引っかかっていた。
なら、このいらない腕の2本と、脚の2本と、眼の2つを父の技術で手術してもらうことは可能性だろうか?
成功すれば、傷跡を隠して生活すれば俺はただの人間として生きられるのではないか?
もしかして、父は研究材料と言うよりコレクションとして俺を育てる。いや、飼育し続けているのではないだろうか?
考えはまとまらなかった。
夕飯はいつもよりかなり遅かった。
「いやー、今日はいい話ができた。向こうの方々も好感触でな。」
父はとても上機嫌だった。
夕飯は俺が父の話を聞き続けるという展開だった。
そろそろだと思い俺は父に提案をした。
「あのさ、この蜘蛛のような姿が外に見られるのがまずいって事はわかったよ。」
「ああ、昼の話の続きか。」
父の顔は厳しくなった。
「考えたんだけど、この眼と腕と脚を切除する手術を父がしてくれれば、解決するんじゃないかな。」
「すまないがそれはできん。私は学者であって医者ではない。生存の可能性がほぼゼロと言われていたアラーネをその年まで生きれるように努力はした。」
ここで彼は夕飯の味噌汁をすすった。
「だが、そんな大掛かりの手術は出来ない。それが私の答えだ。」
その時、抑えようのない怒りが込み上げた。制御しようにもしきれなかった。
俺は、雄叫びをあげると皿を割り、壁を殴った。拳の痛みなどお構い無しに。
その時、視界がくるくると回り出した。
「何をした。」
残された力を振り絞り、振り返ると小さなボウガンを構えた父がいた。
「すまない、鎮静剤を打たせてもらった。少し頭を冷やせ。」
「俺は、外の世界を見たいだけ、なのに。」
それからは暗黒の世界に飲み込まれた。
目が覚めた時、夜中の3時だった。
ここから逃げよう。いや、逃げなければならない。
夕飯前に見た映画を思い出した。
囚われの王子が脱走し、姫の元に行くという話だ。
その話では、王子の勇気とそれを待つ姫の愛の深さが描かれていた。
外の世界に俺を待っている人がいなくてもいい。とにかく、勇気を持って脱出しなければ、ここではおわれない。
作戦を立てた。
まずは、朝食の時父が肌身離さず持っている鍵の場所を探る。昼食になったら彼を拘束し、脱走するのだ。
その先は決まっていない。
ここが、山の中かもしれないし、孤島かもしれない。しかし、1度脱出を決めた俺の意思は曲がらなかった。
そして朝食の時。
父はズボンの左ポケットに鍵を隠し持っていると判明した。
朝食を食べながら、昨日のことを反省し、出来るだけ平然を装った。
来る昼食。早めに食事を終えると、残しておいたトマトを父の足元に転がした。
「ごめん。今拾うよ。」
さりげなく父に近づく。父も全く警戒していないようだ。
トマトを拾い、口に放る。残り三本の腕で父を拘束する。
驚き、暴れる父。しかし、俺の力にはかなうわけがない。
「アラーネ!何をする。父を殺す気か。」
「違う!ただ外に出るだけだよ。」
そう言いながらタオルや古くなった衣服で作った縄で、彼を椅子に縛り付ける。
「アラーネ。考え直してくれないか。一人で外に出たらお前は殺される!」
「こんな狭い、実験室で最期を迎える方がよっぽど最悪だね。」
父のポケットを探り鍵を見つける。
部屋の内側から出るには父の指紋が必要だった。
俺は父を椅子ごと持ち上げると、後ろで縛った手を鉄の扉の指紋認識部分に当てる。
ガチャっと、解錠音が聞こえた。
「今までありがとう。」
最後のお礼を言うと、扉を開けた。
予想していたが、二重扉になっていた。
鍵を使い開け、ついに窓のある父の居間に出ることが出来た。
映像や写真でしか見たことの無いパソコンや、ソファがあり、それを横目に窓を開け地面に降りた。
この家は、林に囲まれており周囲に家は見えないが、山の中や孤島では無いことは確かだった。
道があり、その先に町が見えたのだ。
俺は靴を履くことも忘れ、砂利道を全力で駆け抜けた。
4本の脚のうち後ろの2本はつま先が後ろにある。
前の2本で地面をつかみ、後ろの2本で地面を蹴るこの繰り返しで走る。
疲れなど、感じていなかった。
俺が町に降りると大混乱が始まった。
人は皆悲鳴を上げ、中には石を投げつける者もいた。
「蜘蛛野郎!」「気持ち悪い。」と罵詈雑言を浴びせられ。
警察のサイレンが聞こえてくる頃には俺はボロボロになっていた。
この姿を隠さないと。商店街の裏路地から服屋を探し飛び込んだ。
出来るだけ大きく、長いコートと、帽子を奪い。倒れ込むと、すぐに商店街の人間が追いかけて来た。
追い込まれたのは民家の庭だった。小さな小屋があったので素早くそこに隠れた。
恐らくすぐに見つかり警察に突き出されるのだろう。
そう覚悟したがなぜが人は追って来なかった。
町も静かになっていた。
俺の大量は限界だった。
その小屋で眠りに落ちた。