山南敬助の不在
山南敬助の葬儀のあと春荒れの日が続いた。
沖田総司の日常に大きな変わりはない。朝稽古に始まり隊務を粛々とこなしていく、これまでと変わらない生活だった。それでも静かだと感じるのは二日ほど続いている荒天のせいで、どの藩も屋敷に籠っているからか。山南を斬ったという喪失感から生まれたものなのか沖田には分からない。
ただ、ここ数日は静かだと思う。
そのせいか、心臓の鼓動や吐き出す息さえ気になる。
稽古でもしようかと沖田が、部屋を出ると表から伊東甲子太郎があがってくるのが見えた。彼の後ろには彼を江戸から連れてきた藤堂平助や篠原泰之進といった江戸から新たに新選組に加入した者が続いている。その中で目に見えて巨躯の男がいる。
男の名を服部武雄という。伊東と一緒に加入した者で二刀流の使い手である。沖田よりもはるかに大柄で、見た目だけではなく身体に似合う剛力を持っている。二刀流の使い手で大小の刀を木刀のように振るった。沖田自身、服部を強いと思う。だが、同時に勝てる、とも思うのである。
沖田の考えるところの勝てるとは、単純に斬れるである。
その服部は沖田に気づくと丁寧に頭をさげた。沖田も頭をさげると服部はにぃと微笑んで「今度の稽古では負けませんぞ」と快活な声を出した。それはいかにも春らしいものだ。
「私も負けませんよ」
沖田がそう言うと「近藤局長たちは奥かな?」と伊東が会話を遮るように言った。
「ええ、いらっしゃいます」
「山南さんの件は、お気の毒だった。介錯をした君もつらかっただろう」
いたわりの声をかけられて沖田は困惑した。
「あ、ええ、その」
「いい。思い出させてしまって申し訳ない」
言葉が紡げないのを伊東は悲しみだと判断した。だが、沖田が濁らせたのは、つらいと感じていなかったからだ。山南の死を悲しいと感じる。だが、つらいとは沖田は露ほども感じていなかった。そのわずかな違いを沖田は言葉にできなかったのである。
「いえ、構いません。屯所の本願寺移転の件ですね。私なんかは荷物が少ないからすぐにでも発てますよ」
実際、沖田の私物と言えるものは少ない。人並みに貸本も読めば、茶も嗜む。だが、それらを買い集めてという気にならない。その点、近藤は私物が多い。刀剣も使うよりも多くを所有しているし、読むのか疑わしい本も多く積んでいる。
「それは我々もだ。移動とは、すなわち行軍だ。これが愚鈍ではいけない」
「ああ、でも八木さんたちと離れるのはすこし寂しいな」
「京から離れるわけでもない。すぐに会える距離だ」
「そうですね」
沖田がうなづくと伊東たちは奥へ進んでいった。ほぅ、と沖田は息をついた。伊東は沖田の様子には気づかなかった。伊東の背中を見送って沖田は稽古に行く気にもなれず、屯所の入り口に立った。八木家や近所の子供がいれば遊ぼうと思ったのだが、誰もいなかった。
考えてみれば、雨空に風が吹いている。
「私はずれているなぁ」
苦笑いをこぼして沖田は空を見た。
雲間に晴れ間はなく、黒みがかった雲が雨をこぼしながらは東へ早く流れていた。