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山南敬助の葬儀

 冬の空はどこでも同じだと思っていたが、京の空は江戸よりも低く見える。突き抜けるような青空なのにそう感じるのはなぜなのか沖田総司はぼんやりと考えていた。足元では近所の子供たちが駆けまわっている。親たちが葬儀の手伝いに出ているので子供たちは構ってもらえない憂さを晴らすように騒いでいる。


 鬼ごっこや毬つき、子供が十人も集まると様々な遊びが別々に展開され、ときに混ざり合って別の遊びになったりする。沖田はそれらに感心したり、子供に振り回されたりしていた。


 遠くでは坊主が唱える読経の残り香のような鐘の音が聞こえる。サンナンさんは無事に逝けただろうか。沖田は空を見上げる。子供の一人がぼんやりするなと沖田の足を手でたたく。


「ごめん」


 沖田は苦笑いで子供に謝ると、鬼として真面目に子供を追いかけた。

 屯所では新選組総長山南敬助の葬儀が行われている。だが、沖田は葬儀には出なかった。それは山南の介錯をした自分が参加するのはおかしいと思ったからではない。葬儀の手伝いを申し出てくれた八木家や近隣の人々に気を使ったからだ。


 八木家は新選組が生まれて以来自宅の一部を屯所として貸し出してくれている。いわば新選組の大家である。結成当初の懐の厳しいころは、米どころか味噌や塩まで借りることがあった。そのため、局長の近藤にしても邪険にはできない相手であった。その八木が山南の切腹に関しては、口出しをした。


「山南さんは、あんたたちの結成以来の仲間ではないか」


 八木の言い分は武士の理屈ではない。人情としての理屈であった。それだけに説得は難しかった。最後には山南自身から納得のことだからという伝言を伝えてようやく落ち着いた。八木は随分と山南の人柄を好いていたらしく葬儀の手伝いを申し出た。その結果、近隣の家々から大人が葬儀に出ていき、子供たちだけが残されたのである。


 沖田は山南を庇ってくれた八木に合わせる顔がなく子供たちの世話を買って出たのである。子供たちにとっては山南の死がどういう理屈かなどは関係ないらしく親の目がないことを幸いに遊びまわっている。彼らにとっても山南は知った顔であったに違いない。


 山南は子供の相手が好きだった。

 町で会えば気軽に声をかけ、ときには遊んでやることもあった。


「私の故郷は寒いところで、働けるものはみな働いていて、働けない小さな子供はそれよりもちょっと年上の子供が面倒を見たもんだ」


 そういって山南が恥ずかしそうに笑ったのを沖田は思い出した。もう、その笑顔は二度と見ることはできない。自分の手をそれを刈り取ったのだ。新選組が結成されていろいろなことがあった。大きく変わったのが近藤と土方だ。


 あまり変わらないのは山南と自分だった、と沖田は思う。


 それが良かったのか悪かったのか。沖田自身には良かったと思う。近藤のように威張って見たりするのは自分には向いていない。土方のようにむっつり抱え込んで人に命令するのも向いていない。結局は自分には剣しかないのだと思う。多摩の道場で剣を振っていたときも、京で剣を振っているのも変わりはない。


 逆に山南は変わるべきだったのかもしれない。


 優しくて勉強家であった山南が、少しだけでも冷徹であったなら、策謀を巡らせるようなら、結果は変わっていたかもしれない。だが、現実は変わらなかった。それが、変わらなかったのか。変えられなかったのか。沖田には分からない。


「沖田。つかまえた」


 背後を見ると小さな子供が、沖田の腰に手を当てていた。どうやら考え事をして足を止めていたらしい。沖田は山南の苦笑いを思い出しながら笑うと「では、次は私が鬼ですよ」と子供たちのほうに声をかけた。


 甲高い声をあげて子供たちが四方八方へ駆けていく、一から十まで数えて沖田が走りだそう、というときだった。


「あんさん、この辺りの人かいな?」


 腰に大小をさげているわりに京訛りのきつい侍が慌てた顔で声をかけてきた。浮ついた腰に刀を邪魔そうに歩く仕草から腕前はロクでもなさそうだと沖田は身構えずに答えた。


「そうですけど、あなたは?」

「ああ、すいまへん。私は西本願寺侍臣西村と申します。新選組の山南はんが亡くなりはったんはほんまかいな?」

「はい。いまそこで葬儀をされています」


 西村はこの世の終わりかのように顔を手で押さえると「かなわんわ」と繰り返した。


「もし、お話があるなら新選組の誰かに声をかけましょうか?」

「いや、それは困る。山南はんが亡くなられたってことは、組の処々はあの蛇みたいな土方はんでしょう。苦手なんや。押し黙ってぼそぼそと用件だけ話はるし、目つきは悪い」


 沖田は西村の言いようがおもしろくて噴き出した。


「笑い話やあらへん。新選組はんが西本願寺に屯所を移す話はあんたも知ってはるやろ?」

「ええ、そうらしいですね。もう、隊士のいくらはもう西本願寺に入っていると聞いています」


 池田屋事件以降、隊士が増えた新選組は西本願寺に屯所を移すことになる。しかし、西本願寺は新選組が寺内に入ることを快く思っていなかった。


「その期限について山南はんにずっと相談してたんや。それが亡くなりはったやなんて」

「なら、土方さんにそういえばいいのでは?」

「あんたエラいこといいはるな。そんなこと土方はんに言ったら私の首なんてこうや」


 西村は自分の首に手刀を押し当てると、白目をむいて舌を出して死に顔を作って見せた。どうにも寺侍と言うわりには明るい性分らしい。


「まさか」

「いやいや、あんたも近所のおひとなら聞いてはるやろ? 土方はんの下には沖田総司いう偉い腕の立つ人がおって、言うことを聞かへんやつはばっさばっさと切り捨てる、いうやあらへんか。私は見ての通りこれはからっきしやから、あっちゅうまにやられてまう」


 世間的に思われている沖田総司はそういうものかと沖田は驚いた。


 確かに、新選組として人は斬るが、言うことを聞かないというだけで殺していると、思われているとは考えたこともなかった。


 鬼である沖田が西村と話し込んでしまったせいで、子供たちが集まってきた。


「ちゃんとやって」

「鬼やろ」


 子供たちが文句を言い出すと西村は、頭を掻いて子供たちに謝った。


「こらーすまんかった。話し込んでもうた」


 腰の低い西村に子供たちが文句をぶつける。


「ほんまやわ」

「沖田もあかんよ。あそんでるんやから」


 一人の子供の声を聞いて西村が顔を青くする。


「沖田ってあの新選組の沖田かいな?」

「せや。ほかに沖田なんておるかいな」


 子供が沖田の顔を見上げる。その視線に沖田は苦笑いで答え、西村にも苦い笑いを向ける。


「……や、やな。そないなことあらへんな」


 ぱっと西村は駆け出すと背中を見せて逃げ出した。

 新選組であれば士道不覚悟として斬られても仕方がない。だが、他所ではそれが許されるのだろう。沖田はその様子を短い間見送ると、すぐに子供たちと遊びだした。

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