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山南敬助の捕縛

「では、そろそろ行こうか。沖田君」


 席を立つと山南は茶屋の親父に銭を渡した。親父が「これはどうも」と手を頭に当てているところ少し多めに渡したのだろう。沖田も席を立つと茶屋の脇に結ばれていた馬の手綱を取った。


「サンナンさん。屯所までご一緒します」


 沖田はわざと山南の右側につけた。もし、山南にまだ逃げる意思があるのなら刀の抜きやすい側にいてやろうという気持ちだった。だが、自分から追手に声をかけるような山南がいまさらながら逃げるようなことはないだろうという妙な自信もあった。


 実際、山南は刀に手をかけるような素振りさえしなかった。

 屯所に戻ったのはどっぷりと日が落ちきったあとだった。馬を馬丁に渡してそのまま土方の部屋に入る。沖田が先に入り、山南が続く。山南は何とも言えない困った顔を見せたが、土方はむっつりと無表情のままだった。


「山南さん。悪いがあんたには死んでもらうよ」

「そうだろう。局ヲ脱スルヲ不許。それがここの掟だ。従うのが道理だ」


 長年の同士に無感情に死を告げる土方にも、あっさりと切腹を認める山南にも沖田は腹が立った。山南は確かに屯所からいなくなった。だが、行方をくらませたわけではない。行き先は告げている。それを脱走と言えるのだろうか。まだ許されるのではないか。


「待ってください。土方さん。サンナンさんは!」

「総司。下がっていろ。これは俺と山南さんの話だ」


 土方は沖田を睨みつけたが、沖田も負けずに土方の目をまっすぐに見た。目は口程に物を言うが、沖田には土方が何を考えているのか分からなかった。こうなる原因は土方が作ったのではないか。それを一番知っているのに切り捨てるのか。沖田は土方を詰問したい気持ちにかられた。


 が、言葉をはする前に袖を引かれた。


 袖のほうを見れば山南が、首を左右に振っていた。


「いいんだ。沖田君」

「よくはありませんよ。私だって助勤だ。副長の土方さんに意見を言うくらいは許されるはずです」

「……それで、お前は山南さんを殺すなというわけだ」

「そうです。サンナンさんは抵抗することもなく戻ってきています。それに行先だって告げてるじゃないですか」


 早口に沖田がまくしたてると土方はため息をついた。


「外出するときは必ず届けるように言いつけている。それをしていないで出ていった。それは脱走だ」

「それはそうですがこうやって戻っているじゃないですか」

「帰ってきたから許す。そんなことをしていたら誰も法度を守らなくなる。そうなりゃ新選組はすぐに烏合の衆になる。ただでさえ、新選組にとっていまが正念場だ。昨年の池田屋、蛤門と俺たちは武威を示した。それは法度を守って、指揮に乱れがなかったからだ。だから、山南さんだからって許すわけにはいかない。それは俺だってお前だって一緒だ」


 沖田にも土方の言うことは分かる。だが、割り切れぬものはあるのだ。


「それでもサンナンさんは!」

「沖田君。後生だからやめてくれ。私のことで君と土方君が争うことはない」

「しかし!」

「総司。俺は山南さんと話をしている出ていけ」


 鬼の形相の土方と仏のように微笑む山南を見比べて沖田は吸い込んでいた息を一気に吐き出すこともできず、ゆっくりと吐き出して「分かりました」と短く答えた。部屋から出てふすまを閉めるとなかからぼそぼそと話し合う声がしたが、聞き取れるようなものではなかった。


 ただ、分かるのはお互いに感情的なものではないということだけだった。


 そのままのそとへ向かうと。坊主頭の大きな体をそわそわと揺らした松原忠司まつばら・ちゅうじが駆けてきた。


「山南さんは?」


 四番隊を預かる松原は山南と仲が良かった。大阪人らしい愛嬌のある人で、武蔵坊弁慶のような外見のわりに人当たりが良い。一方で口が回りすぎるところがある。新選組としては珍しく棒術、柔術を得意とする。


「切腹になるでしょう」

「そんな……」


 松原ががっくりと肩を落としたのを沖田は暗い瞳で見た。今朝、山南が失踪したことに最初に気づいたのが松原なのである。彼は山南の残した置き手紙と荷物がないことを慌てて周りに話してしまった。もし、発見したのが監察方の山崎進やまざき・すすむなどであれば誰にも話さずに土方に相談しただろう。そうすれば山南の外出は公用とでもできたかもしれない。


 しかし、松原が吹聴してしまったあとでは隠しようがない。沖田自身、山南の失踪を松原から話を聞いた隊士から教えられ、慌てて土方のところへ向かったのである。いま、考えてみれば松原の軽率さが山南を窮地に追いやったように沖田には思えた。


 そのせいで大げさな表情で悲しむ松原が沖田には憎々しかった。

 廊下に松原を残して進むと玄関で永倉新八が心配顔で立っていた。永倉は新選組結成以前からの仲である。流派こそ天然理心流ではないが、江戸でくすぶっていた時代からの仲間でここまで死線を共にかけてきた。


 彼からしても山南が失踪したのは、土方のせいだと考えている。


「沖田、山南さんはこのままだと切腹か?」


 永倉が尋ねる。沖田が首を左右に揺すると「土方さんに抗議する」と草鞋を蹴り飛ばすように脱ぐと慌ただしい勢いで奥へ歩いて行った。永倉は筋が通った人間で、上のものに黙って従うような気性ではない。上が悪ければそれに非を鳴らし、良ければ諾という。


 沖田も引き返すべきかと足を止めた。すぐさま戻らなかったのは松原と会うのが嫌だったのものあるが、すでに山南が覚悟を決めてしまっているのを知っていたからである。


 奥の方からふすまを勢い良く開く音と土方を説得するような声が響く。しばらくして永倉の声が止まると山南の静かな声がした気がした。そのあと二、三度食い下がるような永倉の声がしたが最後は何とも言えない表情で玄関へ戻ってきた。


「ダメですか?」

「ああ、山南さん自身に説得されてしまって食らいつこうにも食らいつけない」

「永倉さんもですか? 私も――」


 山南を大津まで追いかけた際に山南自身に声をかけられて捕縛してしまってことを伝えると皆の顔が渋くなった。


「山南さんはわざとやっているんじゃないか?」

「わざと死のうとしているというんですか」

「そうとしか思えないだろ。追手を呼び止めたり。助命の嘆願を自分から断るなんて」


 確かに行き先を明かしての失踪に追手である沖田を呼び止める。それらの行動はすべて山南の死へ向かっているように思えた。沖田はまさかと思う反面で、山南の言った「愛想が尽きた」という相手が土方ではなく新選組だったのかもしれないと思った。


 新選組と言う物に愛想が尽きたからサンナンさんは自分の命を使って抗議をしようとしているのなら彼の行動にも分かるところがある。


 江戸以来の仲間が死を賭して言いたいことがある。ということなのだとしたらそれに返答できるのは土方というよりも近藤になるだろう。


「それは本当ですか?」


 声のほうを見ると松原が沖田と永倉を見つめていた。


「本当かは知らないよ。俺がそう思うってだけさ」


 松原はそれを聞くと「ああ」と落胆した。


「松原さんが吹聴しなければもう少しましだったんだよ」


 永倉が率直に言うと松原はうなだれた。


「いやはや申し訳ない。置き手紙を見つけて動転してしまった。なんせ、山南さんは池田屋の前あたりからずっと何かに悩んでおられた。それを知っておりながら何もできず」

「何をってそりゃ隊務の第一線から引かされたことだろ?」


 永倉が松原のことが分からないとばかりに言う。


「いえ、それがしも最初はそう思っていたのです。ですがあるとき山南さんが私は人を斬るのが苦手だからこれで良かったのかもしれないとおっしゃたのです。だから、それだけとは思えなかったのです」


 思いもしないことだった。

 山南がそう思っていたのなら、彼が何に憤りを覚えていたのか。そんなことを考えていると、廊下の奥からのっそりと鋭い目の男がやってきた。土方だった。


「玄関で騒がしい。いうことが済んだなら帰れ」

「土方さん。サンナンさんは――」


 沖田の言葉を遮って土方が言う。


「山南さんの件。お前が介錯をつとめろ」

「嫌ですよ。そんなにサンナンさんを殺したいなら土方さんがやればいいじゃないですか?」

「俺はそれでもいいが、その山南さんから希望だ。お前に頼みたいとよ」


 それだけ言うと土方は部屋のほうへと帰っていった。

 残された沖田や永倉、松原は返す言葉もなく黙り込んだ。

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