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銀のドラゴン 外伝  作者: Aju
第2章 ガライ
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5 ー旅の終着点ー


 ああ・・・。と、ガライは自分の本当の気持ちに気づかされた。

 オレは、シューコを愛していたんだ———。


「当時、つまり、収容場所であなたに会った時——、笹島さんは『師匠』の安否を気遣う柊子さんからおよその話を聞いていたんです。

しかし、当時はまだ、2人とも知るべきではない、心の準備が整っていない——と、笹島さんは判断したんですね。

ですから、どちらにもその安否は伝えず、下条夫妻の様子を見る一方で、白石さんに頼んであなたの様子も知らせてもらっていたようです。」


「ところが、施設から出た後のあなたの行方が分からなくなった。それで慌てて、私に捜索を依頼した——というわけです。このままじゃ自分は2人を騙しただけになる、って——。」

 椚は潤んだままのガライの目を真っ直ぐに見つめた。

「想像以上に、あなたは別人のようになられている。・・・白石さんから、少しは聞いていましたが——。」


 ガライは、自分のことを気にかけてくれる人間が、こんなにも大勢いたということに驚いていた。

 自分は闇の中になどいたわけではなかった・・・・。

 ただ、残った片目を閉じていただけに過ぎなかった・・・・。


 ガライの胸の奥から、シューコへの想いとは別の何かが込み上げてきて、片方しかない目に圧力をかけ、再び透明な泉水を滲ませた。



 初秋の夜気が、静かに2人の背中を丸めた男を包んでいた。

 青白い街灯の下に羽虫が数匹飛び交っている。

「シューコは・・・、幸せそうだったか?」

 ガライが、ようやく、絞り出すように言った最初の言葉は、それだった。


「それはもう——。」

と椚は、自分の娘のことを語るような表情で言った。

 これほど顔に現れた表情と微表情に矛盾のない顔、というものを見ることは滅多にない。

「ガライさんもご存じでしょう。あの子が大事そうに胸に下げていたドングリ——。あれの贈り主が、数馬くんだったんですよ。」

 そう言って笑う椚の目も、心なしか潤んでいるようだった。

「そりゃあ、もう——、おとぎ話みたいな話でしょ?」


 そうか——。あれが、シューコの旅の羅針盤だったのか・・・。

 いや、今はもう、下条柊子(・・・・)だったな———。


「あなたが生き残ったことは、もう昨年には笹島さんが夫妻に伝えています。この捜索は、夫妻の——特に、柊子さんの強い依頼でもあるんです。

彼女は今、世界的な環境NGOの職員として働いています。先月は国連総会で演説するボスのスタッフとして、かの地にも行きましたよ。『黒の魔女』と呼ばれていたものが吹き散らされてしまったあの場所に——。大したもんでしょ?」

 椚が嬉しそうに語る柊子の近況を聴くガライの顔には、これまで決して訪れることのなかった幸福そうな微笑が、少しだけ羽根を休めていった。


「そうそう、夫妻からの伝言も預かっています。もう恨んではいないから、ぜひ訪ねて来てほしい——と。

一緒に行きませんか?」

 椚は、ようやく肩の荷が下りた、という顔でガライの目を見た。


 ガライは、哀しげなような、満足げなような、複雑な微笑を浮かべてしばらく無言でいたが、やがて静かに口を開いた。

「オレの、本名は・・・、架来良彦と言います。・・・若い頃は、濁点がついてると何だか強くなったような気がして——。」

と、クスクス笑った。


 それから顔を上げて、真っ直ぐに椚の目を見返した。

「やっぱり、やめておきます。・・・今さらオレが出ていったら、せっかくの幸せをかき乱してしまうかもしれない——。」

「そうですか・・・。」

と、椚は少し寂しそうな表情をした。

「オレは元気だった、とシューコ・・・いや、柊子さんには伝えてください。」


 椚はしばらく、カラになった味噌汁の腕を両手で持ってじっと黙っていたが、やがて小首を傾げるようにして架来に話しかけた。

「架来さん——。よかったら、うちの事務所で働きませんか? 雑務の手が慢性的に足りてなくてね。それに、ウチの先生、バリバリの『人権派』なんですよ。人を外見や出自で差別することに、本気で怒ってましてね——。架来さんみたいな外見の人が職員にいると、看板としても良いと思うんですよね。」

 そう言うと、椚は背筋を伸ばして大きく破顔した。


 架来は結局、この申し出をありがたく受けた。

 散髪をして、着慣れない背広を着た架来の姿はなんだかまるで板に付いていなかったし、自分自身もひどく面映ゆかったが、事務所の皆は歓迎してくれた。

 架来は、自分が人の役に立てることがこんなにも嬉しいものなのか、と新たな世界が開けた気がした。同時に、オレなんかが、これほど許されていいのだろうか——とも思ったりした。

 それが、架来を人一倍の働き者の職員にした。


 人は変わる。 世界も変わる。

 リセットしたのは、誰だろう———。




 それでも、秋も深まったある晴れた日曜日、架来はついに我慢ができなくなった。

 遠くからだけ、そっと見に行こう——。椚に教えてもらった住所を頼りに、そのさいたま市郊外の家を探した。

 秋の空は青く高く、刷毛ではいたような雲がいく筋か流れ、空の青をいよいよ際立たせている。


 それは、ささやかだが庭のついた1戸建ての家だった。

 その庭の一角で、柊子が物干しに洗濯物を干していた。柊子の顔は、架来がこれまで一度も見たことのない輝きで満ちていた。

 ああ、幸せそうだ——。


 架来は満足した。


 パーカーのフードを被ったまま、ただの通行人のふりをして通り過ぎようとする。

「お師匠!」

 いきなり聞こえた声に、猫が逆毛立つようにして架来の足が止まった。

 柊子が門を飛び出して、架来の方に駆け寄ってくる。その輝いた笑顔は、架来がついぞ見たことのないものだ。

 柊子は人目もはばからず、架来に抱きついた。


 ちょっ・・・ちょっと、待て!

 架来を、猛烈な気まずさが襲った。

 オ・・・オレは、ダンナの両親を殺した男だぞ——!


「柊子——、誰か来たの?」

 家の中から男性の声がした。

「お師匠だよ! 訪ねて来てくれた——!」

 リビングの掃き出し窓から、エプロン姿の下条数馬が顔を出した。

 架来の気まずさは、沸点に達した!


「え? 架来さんが——?」

 下条数馬はエプロンの腹の部分で濡れた手を拭きながら、テラスのサンダルを引っ掛けて外に出てきた。

「よく来てくださいました!」

 その屈託のない笑顔は、微表情と何の矛盾もない。

「ありがとう。柊子を守ってくれて——。」

 近づいてきての第一声に、架来はまたも戸惑った。


「パーパー、お客さんー?」

 幼い兄妹が小さなサンダルを履いて、テラスからパタパタと庭を駆けてきた。

 そして、架来の顔を見て、一瞬立ち止まる。その顔に、明らかな恐怖の微表情が浮かんだ。

 しかし、それはすぐにどこかに消えて、また満面の笑顔になる。

「いらっしゃーい!」

「いらったーい!」

 口々に架来を歓迎した。


「驚いたでしょう?」

 数馬が、目を細めながら言う。

「そりゃあね、僕の遺伝子を継いでるんだから当たり前、って言われれば、そうかもしれないんですけど・・・。でも、それだけじゃ説明のつかないようなこともたくさんあって——。」


 数馬はしゃがんで、2人を抱きかかえた。

「今度は、僕らがこの子たちを幸せにする番です。」





     了




  5+α ー新たなる旅ー



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