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銀のドラゴン 外伝  作者: Aju
第1章 ハンター下条
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2 ー数馬ー (下条数馬)

 それは、初夏というのに蒸し暑く寝苦しい夜のことだった。


 数馬の家は、市営の賃貸しアパートの2階にある。ベランダ側の窓を開け放して網戸だけにし、廊下側の浴室の小さな窓も開けて風が通るようにしてあった。


 買ってもらった新しいゲーム機に夢中になって少し夜更かししてしまった数馬を寝かしつけた後、父と母2人も寝支度をしていた。

 そこに、そいつは突然ベランダ側の網戸を蹴破って入ってきた。


「何だ、おまえ!」

 父親の怒鳴る声と物音に目を覚ました数馬が見たのは、ゴリラのように筋肉の盛り上がった男が、大きな登山用ナイフのようなもので父親の喉を刺した瞬間だった。


 数馬には何が起こったのか、全くわからなかったが、ただ、その男が自分の方を見た時の殺気で、数馬は覚った。

 これは夢ではなく、この男の目的は自分なのだと——。


 母親が悲鳴のような声で数馬の名を呼びながら突進してきて、そのまま数馬を抱き上げると玄関に向かって走り出そうとした。

 その背中に、男のナイフが無慈悲に突き刺さった。

「ぐ・・・!」

 小さな声とともに母親はつんのめり、数馬は投げ出されて玄関ドアに背中をしたたかにぶつけた。


 男が母親の背中からナイフを抜いて、数馬の方を獲物を狙う肉食獣の目で見た。ナイフが抜かれた背中から、びゅ——っと真っ赤な血が噴水のように吹き出した。

 数馬はそれを、目を閉じることもできずに見ていた。


 この時の数馬の中の感情は、どんなものだったのだろう。


 恐怖?

 父母を殺された怒り?


 いや、そんな言葉ではとうてい表すことはできないだろう。


 否定! 否定! 否定!


 そう言えば、少しは近いだろうか。


 数馬はほとんど無意識に、左手の平を相手に向けていた。

 次の瞬間、何かまばゆい光が走ると、そのゴリラのような大男は入ってきたベランダの窓のところまで吹き飛ばされ、そのままぐったりとなった。


 腹部が大きく陥没している。まるで巨大な鉄球を、10mも上から腹の上に落とされたような陥没の仕方だった。内臓は完全に潰れているだろう。

 口からドロドロと赤いものが吹き出てきたが、それは「吐く」というような生体反応ではなく、ただ圧力に押されて穴から流れ出てきている、という感じだった。


 数馬は、目を見開いたまま、硬直している。その目に、もう1人のベランダにいる何者かが映った。

 黒いマントを羽織った小柄なヤツで、そいつは明らかに怯えていた。片方の目が醜くつぶれている。

 数馬に見られた、と覚ると、そいつはパッと身を翻し、ベランダから夜の闇の中に跳んだ。

 着地するような音は聞こえなかった。




 警察に保護された後の数馬は、ほとんど無表情のまま、何も話さなかった。

「ボク、おなか減ってない?」

 女性巡査の優しい声かけにも、数馬は全く反応しなかった。

「明日、ちゃんとしたカウンセラーに診せよう。とにかく、今夜はここにお泊まりだ。絶対に目を離さないように。」

 巡査長の声に振り向いた女性巡査の目は、少し赤くなっていた。この巡査は通報で駆けつけ、現場の凄惨さを見てしまっていた。

 いったい、こんな小さな子の目の前で何が起こったのだろう?


 2時間ほどして、刑事が1人戻ってきて、数馬の前に立った。30代後半くらいだろうか、ひどく憂いを含んだ表情をしている。

 つと、数馬の左手を持ち上げてその手の平を眺め、

「こいつぁ、お宮入りだな・・・。」

と呟いた。

 それから、数馬と同じ目の高さになるようにしゃがんで、憂いと慈愛が入り混じった眼差しで数馬の無表情な目を覗き込んだ。


「悪かったな——。もっと早く見つけてやれなくて・・・。」


 そう言って少年の目の前に広げられた刑事の右手の平に、そのドラゴンの紋章を認めたとき、事件後初めて、数馬の目に光が宿った。


ようやく、数馬の目から涙がこぼれた。



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