13 ー数馬ー (下条数馬)
その『新しい記憶』では、竜崎センパイは刈谷センパイと同期で、数馬の2年後に入社していた。
刈谷センパイは守護人の資格を持つ白の魔導士だったが、竜崎センパイはただの一般人のようだった。
ところが、その竜崎センパイが、入社1年目にして「都市内ビオトープ」という新しい概念の企画を提案したのだ。
それはこれまでに4ヶ所が完成している。
それらは、先日見た(古い方の記憶では)「都市内ビオトープネットワーク」の図面の一部を成していた。
まるで名人の碁のように、出来上がる魔法陣の形を敵に悟らせないような巧妙な位置に配してある。
竜崎センパイは一般人ではないのかもしれない。
これから覚醒するのだとすれば、それはとんでもない使命を帯びた魔導士である可能性が———。
ひょっとして・・・・。
笹島課長に名を呼ばれて、数馬は自分の内側の思考から引き戻された。
「タイムカードをスキャンしてロビーで話そうか——。刈谷も跳んでいれば、会社に戻ってくるだろう。」
自販機のコーヒーを飲みながら、課長が2度の「ジャンプ」の経験のあらましを話し終えた頃、刈谷センパイがもの凄い勢いで、玄関の自動ドアが開くのももどかしそうにロビーに入ってきた。
一直線に数馬たちのいる結界の方に歩いてくる。
「やあ、やっぱり刈谷くんも跳んだか——。」
課長が手を上げて、刈谷センパイを結界に招き入れた。
おかげで数馬は同じ話を2度聞かされることになったが、そこは嫌なそぶりは一切見せず、コーヒーを飲みながらさり気なく話の輪の隅っこにいる。
つまり、コーウェル老師によれば、竜崎翔弥は「まだ覚醒していない最重要魔導士」であるらしかった。
「私は1級守護人を持っていますが・・・」
と刈谷が言いかけたのを、課長は手で制して、
「それはいい。すでに老師の指示で、島田美玲を中心とした警護チームが編制されて動き出している。君たちは会社の中で、彼の警護の一翼を担ってくれ。」
刈谷が目を丸くした。
「島田美玲って言ったら、あの、総理のSPをやってる白魔導士——?」
「そうだ。たった今から、竜崎翔弥専属のSP隊長になった。」
これは———。
と、数馬は内心期待した。
これから、多くの「黒」がこの課を襲ってくることになるだろう。竜崎センパイを標的にして——。その中には、あの「隻眼の黒」もいるかもしれない。
数馬の中で、何かが残忍な笑みを浮かべて舌なめずりをした。
だが、敵の攻撃はそういうやり方ではなかった。
一般人の中年夫婦をたぶらかして、敷地の1つにベーカリーショップを建設させるように仕向けたのだ。
地主の井上さんも行方不明になってしまった。半年も前にしっかり根回しして、口約束だったが仮契約まで結んであったのに・・・。
その後のフォローを怠った自分の責任だ——と、数馬はほぞを噛んだ。
1ヶ所でも形が崩れれば、それはビオトープネットワークではあっても『魔法陣』にはならない。
「黒」がこういうやり方をしてくることは、分かっていたはずだ。こちらが一般人には手が出せないことを知っていて、「一般人」を使って妨害を入れてくる。
もちろん、それは数馬も笹島課長も分かっているから、地主の人たちには皆「手土産」の形で護符を渡してあった。
だから、井上さんもたぶらかされてはいないし、殺されてもいないだろう。おそらく拉致されている。
井上さんを見つけて助け出し、その場所を手掛かりに中年夫婦に術をかけた「黒」を見つけ出して『削除』すれば、その土地は取り戻せるが——。
しかし、「黒」の攻撃はそれだけではなかった。
どのようにしてか、白の結界が張られていたはずの休日の会社の中に浸入し、あろうことか笹島課長の『鍵の魔法』を破って、プレゼンの資料に魔導ウイルスのようなものを忍ばせたのだ。
プレゼンは惨憺たる状況で、失敗した。
こんなことなら、僕が会社に泊まり込んでしまえばよかったのだ——。僕が、甘かった。
「黒」のヤツらとの派手な直接対決を夢見ていなければ、この可能性にもきっと気付けたはずなのだ。
僕の、つまらない「復讐」の念が、目を曇らせた・・・・!
誰にも責められているわけではないが、数馬は自身の責任を感じてしょげ返った。
もっとも、笹島課長の方がもっと責任を感じているだろう。打っていた手をことごとく覆され、その上、鍵の魔法まで破られたのだ。
数馬がちらと課長の顔を見ると、課長は眉根にきつい縦皺を寄せていた。課長にしては珍しい表情だ。
そんな時だった。竜崎センパイが何かを呟いたのは——。
そして突然、ビルの壁に向かって早足で歩き出し、そのまま壁の中に吸い込まれてしまった。
全員が唖然とした。何が起こった?
数馬は竜崎センパイが吸い込まれた壁に突進し、その辺りを手でまさぐってみる。
「魔法じゃない! 魔法じゃない! 何なんだ、いったい・・・?」
壁のどこにも魔導力の痕跡はなかった。それは何の変哲もない、ただのコンクリートの壁だった。
あの人は、いったい何なんだ?
やがて、笹島課長がゆっくりと近くの歩道の車止めに歩み寄って、そこに腰を下ろして言った。
「待ってみようじゃないか、ここで——。彼が『路地』から出てくるのを・・・。」
ルビの位置がおかしかったので修正しました。




