1 ー数馬ー (下条数馬)
「外伝」始めます。
本編では脇役でしかなかったハンター下条こと下条数馬を中心に、彼の人生に関わった黒の魔道士を含む人々との物語を描きます。
この物語の伏線は、本編の中に散りばめてあります。(本編もよろしく。)
数馬の子供時代は2つの時期に別れる。
数馬には、左手の平にその紋章があった。
不思議なことに、両親にはそれがない。祖父母はすでに他界していたので、それがあったのかどうかはわからない。
小さい頃は無邪気に手の平を見せて、親に聞いたりしたこともあったようだ。
「これ、なに?」
「それは、かずちゃんの左手ってだよ。」
いつ頃からか、それはどうやら自分にしか見えないらしい——と気がついて、手を見せることをやめた。
その頃から、数馬の表情に少しだけ、子どもらしからぬ孤独の影が宿るようになる。
それでも、それ以外においては、数馬の幼少期はおおむね幸福な日々だった。
家は決して裕福ではなく、ディズニーランドにも行ったことはなかったが、それで他人を羨ましいと思うようなことはなかった。
海外旅行などに行く代わりに、父親と川の土手に土筆採りに行って、母親がそれを土筆ご飯にしてくれたりしたものだ。
「しゅりょうさいしゅさんぽ」と、両親はそれを呼んでいた。
狩猟採取という漢字は後で知った。「狩猟」は魚釣りくらいしかなかった気がするが・・・。
両親は優しく、自分は愛されている——という実感を、間違いなく数馬は持つことができていた。
父も母も孤児である。
父は母子家庭に育ち、高校生の時に震災でたった1人の身内だった母親を亡くした。
特別にアルバイトを許可してもらい、かろうじて高校を卒業したが、大学は諦めてそのまま就職した。
母は中学の時に、交通事故で両親と弟をいっぺんに失い、その後は児童福祉施設で育った。
賠償金があったので、それで短大まではなんとか卒業し、就職した先が父が勤めていた会社だった。
そんな2人には、早くに失ってしまったからなのだろうか、ある種理想とする家庭像のようなものがあり、それを現実化することを懸命に求めていたようでもあった。
そんな環境の中で育った数馬の幼少期は、むしろ変に「恵まれた」子よりも幸福だったかもしれない。
数馬は小さい頃から、周りによく気の配れるバランスのとれた子だった。自然、幼稚園などでもなんとなく人気者で、数馬の周りにはよく人が集まった。
数馬は友だちを分け隔てしない子だったが、それでも数馬の中に「好き嫌い」が全くないわけでもない。
いつも一緒に遊ぶ子どもたちの中で、「しゅうこちゃん」という可愛い女の子のことが数馬は気になっていた。
そうは言っても、「初恋」というにはあまりにも幼すぎ、ただ、多くの友だちの中で「しゅうこちゃん」が数馬の名前を呼んでくれた時だけが特別に嬉しい——というだけのことでしかなかったが——。
漢字は分からないし、今では苗字すら思い出せないが、数馬の中での最初のふんわりした甘い思い出になった。
小学校でも、学年ごとに、気になる女の子や、気にいる男の子の友だちはあるのだが、数馬はそういうことをほとんど面に出さなかった。
ましてや、脂ぎったようなアプローチを、自分から女の子に仕掛けるようなことは絶対にしない。
誰に対しても等しく接する——という態度は、誰に教えられた、というわけではなく両親の背中を見ているうちに自然に身についたものなのだろう。
とまれ、
数馬の幼少期は、それなりに幸せだった。
そう。
10歳のあの時までは・・・。