ヒロインな君との答え合わせ
校舎の屋上に彼女を呼び出した。天気は晴れ。
へらりと軟派にしか見えない笑みで君を出迎えたけど、俺がどれだけ緊張しているか知らないだろう。
一ノ瀬 誠司、高二。明るく染めた髪に着崩した制服、基本女子の誘いを断らないスタイル。誠実そうな名前に反して軟派街道まっしぐら。一緒に遊んだ女子から、何度似合わないと言われたことか。
けど、女子に囲まれ男子に敬遠されていたのは一年までの話。
誘いを断り続けていたら、付き合いの悪くなった俺から離れていった。浅い付き合いがほとんどだったから、不満を零されつつもあっさりしたものだ。まぁ、数人からは平手をもらったけど。
打たれて初めて、一部にマジ恋されてたことを知った。俺なんかに本気になる相手はいないと、どこかで女子たちを信じていなかった。自分がマジ恋してやっと、これまでも自分が軽く扱われていなかったと知った。
俺が打たれたのに、打った女子の方が痛そうな表情をしていた。これから俺も同じ目に遭うから、少しは気持ちが解る。本気を信じてもらえないのも、本気を拒絶されるのも、すごい辛い。自分が軽く扱われることが嫌だったくせに、同じことを相手にもして傷付けた。
こんな俺が今更マジ恋をしたところで、報われることなんてないのは判りきっている。インガオーホーってやつだ。
せめて俺は彼女の前で無様な面を晒さないようにしたい。俺の自業自得で、彼女にはいらない罪悪感だ。
「一ノ瀬くん、話って?」
「セージでいいって言ってるのに」
「えっと、それは、ちょっと……」
彼女、堂本 めぐは弱った様子をみせる。
男友達の少ない彼女が気安く名前呼びなどできないと解っている。こうしてからかうように言って、彼女を困らせるのがお決まりのやり取りだ。わざと残念ぶってみせて、更に彼女の眉が下がる。内心、俺が本気で残念がってるとは知らないだろうな。
「相良は名前で呼んでるくせに、俺はダメな訳ぇ?」
「ゆ、祐介くんは、友達、だから……っ」
友達と言い訳する彼女の様子は必死だ。彼女が唯一名前で呼ぶ男子、相良 祐介。
「俺はめぐちゃんの友達じゃないんだー」
大袈裟にショックなフリをすると、彼女はうまい返しができず、言葉に詰まる。
「ズリぃな、相良はぁ」
「い、一ノ瀬くんは、その……」
あわあわと、どうフォローしようかと慌てるめぐ。人が好いから、自分が悪くなくても相手のために困る。
俺が勝手に名前呼びしてるのも、最初は困ると言われた。それでも俺が止めないから諦めているだけだ。ちゃんとお友達になって名前呼びを許されている相良とは大違い。
「…………ほんと、ズリぃ」
「一ノ瀬くん?」
めぐはただでさえ丸い瞳を、きょとんと丸くした。きっと声だけでなく、俺の顔は妬みで歪んでる。これまで彼女には見せないでいた。
相良は、髪を染めていないだけで爽やかだと女子に騒がれ、俺と違って女子にマジ恋されることが多い奴だ。頭がよくて、運動もなかなかできる。言葉少なで表情筋があまり機能していないのも、その分笑顔がレアだとかで女子受けがいい。俺からすれば、ノリの悪いぼーっとした奴なのに。
別に、真面目な奴だから成績がいいのはちゃんと勉強してるからだって解ってる。運動だって、基礎体力が大事だとかで毎日ランニングしてるし。努力を着実に結果にできる奴だ。そんな男だから、彼女もアイツを眼で追うんだろう。
俺が笑いかけても困る彼女も、相良には気を許して笑い合う。俺は、理由を付けて騙し打ちみたいなことをしないとデートもできないし、少し笑ってもらうことさえ道化を演じてどうにかだ。
「めぐちゃん、俺も名前で呼んでよ」
「それは……」
「一度ぐらいいいじゃん」
「でも」
ねだると、彼女はどんどん困ってゆく。ああ、こんな表情させたい訳じゃないのに。
けど、最後に一度だけ、と願ってしまう。
「好きだよ」
「え」
「めぐちゃんのこと、マジで」
浮かべるのは慣れた軽薄な笑み。こんなとき、どんな面でいるのが正解なんだろう。
フラれるのが解ってるのに。
自分が馬鹿なことをしてる自覚はある。というか、割と最初から俺は、馬鹿をやらかしてた。
高一のとき、この屋上できらきらした瞳でクラスメイトの男子を見つめる女子を興味本位で、本人と話せるよう協力した。それが彼女、めぐだ。自分が彼女にハマるとも知らないで。
どこにでもいるような女の子。すげぇ美人でも、とびっきり可愛い訳でもない。けど、すごく素直に笑う女の子。
からかい半分でしたアドバイスも鵜呑みにする素直さが危うく感じて眼が離せなくなった。同時に、軽薄な俺の言葉でも信じてくれることが無性に嬉しかった。
少しは他人に警戒心を持ってほしくて、彼女をからかってはその事実を明かして拗ねさせた。最近は、表面を装う人間もいると覚えたようだ。
だから、今彼女は事実を受け入れられずに固まっている。
俺の言葉を信じられないから。
そう仕向けたのは、俺だ。
もう、笑うしかない。
好きだと告げたのが相良だったら、彼女は信じただろう。真っ直ぐな者同士で、相手を疑いようもない。だから、アイツは狡い。
言葉の真偽を見定めるように、めぐは口元に拳を当て、考え込む。わずかに唸るほど真剣に悩む様子が愛しくて堪らない。冗談だと捉えても、めぐは真剣な想いで返すんだ。それを知っている。
このときだけは自分のことだけ考えていてくれる。だから、俺は告白した。
告白した一日だけでも、いや、この一瞬だけでも彼女が俺のことだけ考えてくれれば、それでいい。
自分のエゴのために、最後まで彼女を困らせる俺は卑怯だ。
俺の目的は達成したから、どんな答えでも受け入れるつもりだ。
悩んで、言葉を探して、それから彼女は俺を見つめる。その真っ直ぐな瞳に、今だけは俺が映っていた。
充足感をもって、彼女の口が開く様を見守った。
「……っわ、私もです」
なんで敬語、と小さく笑った。
「いーよ。めぐちゃんが相良しか見てないのは知……って?」
予定調和だと思って用意してたセリフを返そうとして、俺は違和感に気付く。想定していたどの返事ともセリフが違う。
「今、何て……?」
呆然と俺が聞き返すと、復唱させられると思わなかったらしいめぐは怯んだようにびくついた。それでも、羞恥を堪え、頬を染めながら繰り返す。
「私も、一ノ瀬くんが好、き……」
今度は視線を交わしていられなかったのか、俯いてめぐは呟いた。呟きでも、屋上に吹くのはそよ風で、聞き逃すことはない。
俺は夢を見ているのか。これ、絶対夢オチだろ。目の前にいるのは、現実のめぐじゃなく、俺の願望のめぐじゃないのか。
そう疑うほどに、衝撃でしかなかった。
「え。だって、相良は?」
「祐介くんは友達だって、いつも言ってるでしょ……っ」
むぅと拗ねたようにめぐはいつも通りに返す。それは自分の片想いだから、という意味だとてっきり思っていた。まさか本当に言葉通りとは。
「でも、相良は……」
めぐはそうでも、相良はめぐが好きだ。そして、俺は今朝、アイツを焚きつけるように宣戦布告した。アイツが焦るように。アイツが悪い奴じゃないから。俺みたいな調子のいい軽い奴相手でも、めぐみたいに真面目に話を聞く奴だから。ただフラれるだけなんて悔しいから。なのに。
この一年で、俺もアイツも同じ女の子を好きだと知っている。
どうしよう、と真っ白になった。後日、めぐに告白するであろう相良に何と言ったらいいんだ。まさかアイツがフラれる側とか思わないだろ。
「本当に、祐介くんと仲がいいよね」
いない相良のことばかりあげるものだから、めぐは口を尖らせた。その羨ましそうな呟きは、二人の仲を茶化したときにもよく聞いた。羨望の相手は俺かと思っていたが、相良の方だったと今知る。
驚きがかち過ぎて、素直に喜べない。彼女は本当に意味が解って言っているのだろうか。めぐは少し天然なところがある。
「好きのイミ分かって言ってる?」
「彼氏彼女になりたいってコト……、一ノ瀬くんは、違った?」
「違、わない」
確認したら、逆に不安そうに訊かれた。俺が思わず正直に答えると、めぐはほっと安堵した笑みを浮かべる。
めぐがこんな嘘を吐かないと知っている。だから、これは現実だ。
その日、俺は現実を受け入れられないまま家に帰った。
翌朝起きたとき、そこが現実か疑った。
昨日のめぐの言葉をずっと覚えている。けど、一晩経ってみると、自分に都合のいい夢を見た疑惑が拭えないでいた。
実は告白する前の日だったりしないか、とスマホの時刻表示を確認しても告白予定日の翌日だった。フラれて現実逃避するほど落ちぶれていないと思いたいが、マジ恋は久しぶりだから自信がない。
最初は中学のとき、姉貴の友達だった。ただ身近な歳上の女性にどぎまぎしていただけかもしいれないが、そのときは自分なりに本気だった。付き合おうか、と誘われて素直に頷くぐらいには純粋だった。けど、憧れていた女性と付き合えて浮かれていた俺は、偶然聞いた姉貴と彼女の会話で現実を知る。彼女は顔のいい俺をステータスの一部にしていた。背も高く歳下には見えないから、つれて歩くと気分がいいのだ、と。
そういえば、当時小学生だった俺を、姉貴が勝手に書類応募してアイドル事務所の書類選考に通っていたと俺を自慢していたことを思い出した。興味がないから二次選考を受けることはしなかったけど、そのときから女子に注目されやすくなった。俺が何も言わなくても姉貴が吹聴した。そんな姉貴と彼女は同類だった。姉貴の友達なのだから、当然といえば当然だ。
本気にされていないとショックを受けた俺は、それ以降、女子と浅い付き合いしかしなくなった。向こうもどうせ俺の面しか見ていないと自棄になっていた。
だから、一途に相良を見つめるめぐが眩しかった。
気まぐれを起こしたのはそれが理由。
何度からかっても最初は必ず真に受けるめぐ。相手を信じるところから始めるその姿勢に救われた。あとになって違うのでは、と首を傾げる様子が可愛かった。
相手のことを知ったうえで好きになったのは、めぐが初めてだ。
学校に着くまで考えて判ったのは、夢だったとしても俺はめぐが好きだということだけだった。
教室に入って、ぎくりと一瞬肩が跳ねた。窓際の席にすでに着席している相良が目に入ったからだ。
「っはよ」
「おはよう」
自分の席に向かうときに眼があったから、ぎくしゃくしながらも挨拶すると、相良は律儀に返した。そのあと無言でじっと凝視される。告白することを相良にだけは予告していたから、結果が気になるんだろう。答えようもない俺は、視線を引き剥がし自分の席へ向かった。
フラれたら思わせぶりに不敵に笑ってみせようとか、挑発の手段はいくらでも用意していたが、OKもらったときの反応は用意していなかった。
なるべく相良の席の方を見ないようにしていたら、慌てた様子のめぐが教室に飛び込んできた。
「間に合ったぁー」
「おはー。めぐがギリギリなんて珍しいじゃん」
「なっちゃん、おはよう。昨日、なかなか寝れなくて……」
いつもギリギリな俺より遅いなんて、確かに珍しい。友達に照れ笑いするめぐと、不意に眼が合う。
めぐは相良の隣の席で、後方の俺の席を通る必要はない。けど、めぐは自分の席をスルーして、わざわざ俺の前まできた。
「おはよ……っ」
「はよ」
もじもじしながらも、しっかりと挨拶をしてきためぐに反射的に挨拶を返すと、めぐははにかんだ。それから、やりきった様子で自分の席へと踵を返す。
相良や他の友達とも挨拶を交わしているから、周囲からすればめぐがただ律儀に俺にも挨拶しただけに映っているだろう。けど、俺からすればめぐの方から挨拶してくれたのは初めてだ。
いや、めぐから挨拶してくれたのは、俺の方からちょっかいをかける図が当たり前で、今日大人しく席に着いている俺が珍しかっただけかもしれない。
いつまで経っても夢オチを捨てきれない俺は、気になって昼休憩になるとめぐに声をかけた。努めて今まで通りに。
「めーぐちゃん、俺と飯食わない?」
「あ。私も一緒に食べようと思って」
友達とすでに弁当を開いているかと思ったら、めぐは弁当袋に入ったままの昼食を持ち上げてみせた。俺の誘いに素直に応じるとは思わなくて、俺は面を食らう。
屋上で昼飯を食べることになり、向かいがてら俺は購買でパンを買った。フェンスを背に、二人で昼食をとる。早々にパンを食べ終わった俺と違い、めぐはしっかり咀嚼しながら懸命に弁当を食べている。小柄な外見と相俟って、その様子は小動物のようだ。
そんなめぐの食事を遮るのは忍びなくて、食べ終わるまでその可愛い様を眺めていた。
ごちそうさま、と隣で手を合わせるめぐが不思議だ。
食べ終わってからも俺が見つめているものだから、めぐは居心地悪そうに俺を見上げる。
「どうか、した……?」
俺は、彼女が怒るかもしれないことを訊いた。
「俺、めぐちゃんは相良が好きだと思ってた」
無遠慮な言葉に、めぐは閉口する。言外にどうして、と言っていた。けど、俺の方がどうして、だ。
「だって、いいなって言ってたじゃん」
「わっ、私、憧れてるだけだって言ったもんっ」
屋上での初めての会話を持ち出すと、そのときのセリフも額面通りだったと主張された。いや、頬染めて恥ずかしそうにそんなこと言ったら、謙遜だと普通思うだろ。
「相良にはすぐカッコいいって言うじゃん」
「だって、祐介くんはいざっていうときに言える人で、本当にカッコいいよ。私もあんな風になれたらって……」
そう瞳を輝かせるめぐ。憧れて、とは異性としての憧憬じゃなく、目指す人間像として、とか。マジか。やっぱりめぐは少し天然入ってる。これまでそれに嫉妬していた俺は何だったんだ。
めぐの言葉がそのままの意味だったと言われ、これまでを思い返すと言動こそ若干紛らわしくはあるが彼女の口から相良を好きだと聞いたことがなかった。全部、俺の勘違いだなんて、自分が空回りしすぎてものすごく居た堪れない。
最後にひとつ、どうしても気になっていたことがある。
「じゃあ、セージって呼んでくれないのは?」
どれだけ催促しても、決して呼ばれることのなかった名前。相良だけが彼女の特別だと誤解した最大の理由。
「…………一ノ瀬くんは、友達じゃなくて、好きな人、だから」
名前を呼ぶハードルがとても高い、と心臓を両手で押さえてめぐは俯く。その顔は赤い。
いつも思わせぶりなことを言ってからかうと赤くなっていたのは、彼女が初心だからだとばかり思っていた。もし、これまでの赤の理由が俺の言動だったからなら、叫びたいほどに嬉しい。
それでも、まだ現実と信じられない俺がいる。
「なんで俺?」
めぐは、どうして相良じゃなくて、俺なんかを好きになったんだろう。
軽薄な俺にもまっすぐに向き合ってくれるめぐを、俺が好きになるのは仕方ない。けど、俺はめぐの前じゃ茶化した態度ばかりで真剣さもなにもありゃしない。まっすぐなめぐには不釣り合いだ。
心底不思議がっている俺を、めぐは可笑しそうに見返す。
「私がたくさん考えすぎて及び腰になってるとき、一ノ瀬くんはいつも背中を押してくれたよ」
ただ遠くから憧れの人を見つめるだけしかできなかった自分が、一歩踏み出して、今は友達として接することができている。そのきっかけをくれたのは俺だ、とめぐは言う。
「私のちいさい本音をいつも拾ってくれてた」
この屋上で誰も知らないめぐの本音を最初に聞いたのは、俺だったと。からかったり、多少強引に振り回されても最終的に自分のためになったとめぐは嬉しそうにはにかむ。
「一ノ瀬くん、結局最後は優しいもん」
「別に、誰でもって訳じゃ……」
「うん。それが私にだけだったらいいなって、ずっと思ってた」
そう思うたび勘違いしてはいけない、とめぐは気持ちを押さえ込んでいたと明かす。
少し前まで俺の周りには一定以上に見た目のいい女子が多かったから、自分が眼中に入るはずがないとめぐは思いこんでいたらしい。だから、俺の前では気持ちがバレないように必死で隠していた、と。
だから嬉しい。昨日のことが夢みたいで、夢から醒めたくなくてなかなか寝れなかった。そう赤裸々に教えてくれるめぐは、昨日の俺と同じだった。
ああ、本当なんだ。
彼女と答え合わせをして、すとんと現実が実感として胸に落ちる。安堵したら、途端に嬉しさが溢れだした。思わず相好が崩れる。
「相良みたいにむっつりじゃないけどいいの?」
正直に好意を伝えられるのに、これまでみたいに我慢していられる訳がない。だから、宣告すると、めぐはぶわっと耳や首まで赤くなる。ぱくぱくと魚みたいに空気を食んだあと、緊張にごくりと唾を飲んだ。
「そ……それでも、一ノ瀬くんがいい、です」
いっぱいいっぱいになりながら、それでも真面目に答えてくれるめぐが可愛くて仕方がない。
めぐの項をくすぐり、髪を撫でるように頭を引き寄せる。そうして近付いた耳元に囁く。
「好きだよ、めぐ」
他に誰もいない屋上で、彼女にだけ聞こえるように名を呼ぶと、めぐは面白いぐらいに硬直した。それでも逃げない彼女に胸をくすぐられる。
全然タイプの違う俺たちだから、きっとこれからも答え合わせが必要になるだろう。それが堪らなく楽しみだ。
だって、それは隣にめぐがいる証拠だから。
俺は久しぶりに、屋上に広がる青空のように晴れやかに笑った。