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落ち物語

第一話 特別任務(船)

 アフリカ大陸の最南端の地域を帝国が大型帆船を建造して渡航したのが四十数年前、ようやく統治できるようになったのは最近のことである。希少鉱物が眠るこの邦。高地にはまだ見たこともない原石が眠っているという噂が世界中に流れていた。一攫千金を求めて、大勢の人がこの邦に集っている。中には大富豪になる一握りの強運の持ち主も現れ始めていた。

 この邦の総督は若いながらも、サーの称号を持つ。生まれながらの貴族らしく、髪は夏の麦畑の金、地肌は新雪の白、瞳は森の湖を思わせる緑。赴任してそろそろ一年になる。活動的なのであろう、この地での日焼けがただのお飾りではない印象を与える。

 その総督から補佐官へ一つの箱が手渡された。箱ですら銀地に金で象、ライオンそしてキリン等アフリカの動物が描かれた見事な細工がほどこされている。首都におわす女王陛下の元へ届けるようにとの仰せだ。女王は昨年即位したばかりで、まだ若く純真な乙女とこの地まできこえている。女王陛下への御届け物と聞けば何人たりともおろそかにはできない。補佐官は、総督府ナンバー二の重責でありながら、自ら柔らかそうな布に(くる)み厳重そうな金属の箱に入れて梱包した。

 補佐官は信頼にたる部下を呼び出し、さも重々しく言いつけた。

「艦長、これを女王陛下のもとへお届けするように」

 その頼りになる男はライオンのような髭を生やしており、ヴィクトリー号の艦長を務めている。名前はヘンリーⅢ世、みんなからは、ヘンリーではなくライオン艦長が通り名となっていた。

 ライオン艦長は、その指示と荷物の厳重さにぎょろ目をさらに大きくした。そして神妙な顔つきで、両手を差し伸べその荷物を受け取った。

「総督からの物です。くれぐれも粗相のないように、確実に成し遂げるよう頼みますぞ」

 補佐官の物言いは厳格この上もなく、その表情に笑顔はない。

 ライオン艦長が、未だかつてない宝石が入っていると認識したのは疑う余地もないことだ。

 両手で慎重に抱えながら、退出する。

 ライオン艦長は、口の堅い部下を選りすぐり、召集をかけた。彼らが集まるとその前で眉間に太いしわを刻ませ、野太い声で命令した。

「第一級の貴重品である。特別体制で船に運べ」

 大きな声での了解の返事は無意識のはずなのに揃っている。誰も疑問をはさまない。ライオン艦長が一人一人と目で確認し合うと一様に自信を持って頷く。

 荷物は、さらに木の枠で覆われ、鎖と錠前をもつけられた。部下たちは、艦長の指示に基づき夜間人目につかないように注意して船に運び込んだ。関わりを持った人間以外には、女王陛下への荷物であることを知る者はいない。


 すぐの旅立ちが求められていた。雲が低く垂れ込め、どんよりとした空気の中ヴィクトリー号が出港する。三本マストを持った蒸気船である。

 艦長が声を張る。

「出港用意」

 岸壁から船を繋いでいたもやい索が外される。

 艦長が低い声で命じる。

「エンジン起動」

「起動しました」

 頷くと厳かに発した。

「出発進行」

 ブフォー、ブフォー。

 長い「ド」の音が二回、出発の合図である。

 南半球から北半球へ向かう航海は、快適に始めは進むのだが、途中逆風となり容易に前へ進めなくなる。赤道をはさむかのように吹く貿易風のせいである。出力を最大限にして進む。

 そんな中、強烈な雨と風がヴィクトリー号の行く手を阻んだ。

「総員、持ち場につけ」

 艦長の命令一下熟練した船乗りが持番(もちばん)であろうとなかろうと己の持ち場へと向かう。

 ザブーン。ザッバーン。

 海が吼えている。船が左右に揺れたかと思うと前後にも揺れる。高波が幾重にも船を襲う。

 三本マストの一本が折れそうになる。それを見た何人かが補強に向かう。命綱を締めた屈強の男たちである。歯を食いしばって立ち向かう。しかし嵐は容赦なく船乗り呑み込もうとしている。

 ザザザザザー。

 大波がやってきたのだ。

 甲板が洗われ、何も残っていない。何本かの命綱の先端が頼りなく揺れている。尊い命をも毟り取っていったのだ。船は丸一昼夜、波にもまれ続けた。

 風雨が突然止んだ。ようやく荒れ狂う海域を抜けたようである。六名が負傷した。数人の乗組員が船べりになんとか取り付いて助かっていたが一名が行方不明となっている。皆が最悪の結末を知っていた。ライオン艦長の両まぶたは涙を浮かべていた。

「許せ」

 艦長の声にならない声を部下の何人かは、聞いたかもしれない。


 晴れ渡る空、雲は空高い。遠くに船影らしきものが確認できる。弔いの暇もなく、待っていたかのように海賊船が現れた。ヴィクトリー号には青地にクロスの帝国旗がたなびいている。彼らは旗を意識していないかのようである。金目の臭いに敏感なのだろう。敵対する某国の息がかかっているのかもしれない。

 四隻の海賊船が右、左そして前から襲ってきた。前面の二隻はヴィクトリー号と同じくらいの大きさだ。脇からの物は小型船である。目の前の船から砲撃が開始された。水柱が上がる。精度は不正確なのか船には当たらない。しかし徐々にその精度を増してくる。反撃しながらヴィクトリー号は蛇行して逃れるようとするが、何発かは命中する。怪我人が出始めた。ただ、火力が弱く消火すれば沈没にはいたらないようだ。

 もちろんヴィクトリー号も黙っていない。

「砲撃開始」

 ダーン、ドーン、ドカーン。

 耳をつんざく音が続く。

 相手の船からは火柱が上がるがすぐに鎮火している。

 敵の砲撃が止むと、今度は船足の速い小型船が両舷に横付けしようとしていた。

 ライオン艦長は指令室を出て甲板から乗り出し両側の敵を確認した。右舷、左舷の敵の攻撃に少しタイミングのずれがあるのを見て取ると、顔を真っ赤にし、大声で指示をだした。

「右横腹に集中しろ」

 右舷中央に兵力を集中させたのだ。小型船から縄梯子で登ってくる敵を、集中させた兵力で追い返し、追い討ちをかけるように火をかけた。一船の切り離しに成功すると反対側の船も同様である。味方からときの声があがる。艦長の指揮は的確で相手からの攻撃をかわしながら反撃したのであった。小型船から火の手が見える。もう使い物にならないと思われる。

 今度は目の前の海賊船に立ち向かうと見せかけ、舵を巧みに変え徐々に距離をおき、遂には相手を出し抜くと、ボイラーが壊れるほどに速度を上げ、敵を遥か彼方に置き去りにした。最小限の被害で難を逃れたと言えよう。だが、艦長の勇敢かつ大胆な決断をもってしても、海賊との激戦により死者一名、負傷者八名をださざるを得なかった。艦長のしわが何本か増えたのを部下たちは知っている。


 艦は死守した荷物をたずさえて、帝国の港に入った。ヴィクトリー号の船体は嵐にもまれ、海賊との戦いで傷だらけ、港に停泊している船と比べるとみすぼらしい。しかし乗組員にとっては歴戦の勇士のごとく誇らしく、ほれぼれしていることは想像に難くない。

 そして多大な犠牲が払われた荷物は首都に到着した。陸地でも厳重な警戒の元、宮殿へ運ばれた。

 高い天井には極彩色のフレスコ画、広い窓には複雑な刺繍が施されたぶ厚いカーテン、シャンデリアには宝石が埋め込められていると噂される通称『輝きの間』である。うら若き乙女、女王陛下が姿を現した。艦長は荷物と一緒に臨席の栄誉を賜った。その顔には苦渋と喜びの表情が窺える。

 厳重な梱包が解かれた。金で装飾された箱が現れると、そのまばゆい箱に周りからため息がもれる。すぐに、静けさが戻る。誰もがその中を早く見たいのだ。侍女が恭しく箱の中を改め、取り出した。二名の命をも奪い、十四名の負傷者をだしたその品物。女王陛下は右手にそれをお受け取りになり、読み出した。一枚のラブレターなのか頬を赤く染めている。箱の中には、ほかに何もない。

                          「完」



第二話 北海道の秋

(一)秋たけなわの頃

 『黄金の()る樹』は本当にある。夢の話ではない。ここ北の町では誰もがその存在を知っていて、都会の人には秘密のことと在り処(ありか)を教えてはいない。

 僕の目に黄金の実、銀杏のなる樹々が今映っている。

 東京生まれの僕は、それがここだとはじめて知った時、このまましばらくは内緒にしてもいいかなと思った。

 それらのまばゆい輝きから僕は目を遠くへ転じた。

 授業が終わり僕以外誰もいない階段教室。遮光カーテンが開け放たれた窓越し、遥か彼方のお山を眺める。今はラベンダー畑として有名だが、昔は一面小さな白い花をつける除虫菊が植えられていた。通称蚊取り山と今でも呼ばれている。その頂に綿帽子が被る雪の便りが聞こえてきそうな時季になった。

 地元の人は「お宝もってお山が嫁入りする」と言う。

 この地に生まれ育って今も住んでいる老婆のことが頭に浮かぶ。

 民俗学のゼミ講で班に分かれて逸話を聞きとり調査したことがあった。その時メンバー五人で伺った、農業を営む昔ながらの家に住む腰が曲がり小さくなったおばあちゃんの顔を思い出した。

 まだ寒くはない季節、火をかけていない囲炉裏の前にちょこんと座って待ってくれていた。

 八十を過ぎたとはとても思えないつやつやの肌に頬だけが赤かった。年輪を刻んだ皺は笑うと余計に増え、いたってその表情がとても愛らしく見えた。

「冠雪を祝ってお祭りが多いのもこの地域の特長でねえ、そん時季になると、貧しかった頃だからのお、お山に()まるるお宝のおこぼれは人々に数少ない現金収入を、もたらしたんだよお。動物たちのことも考えてお宝は全部取っちゃいけないんじゃ」

 愛らしいおばあちゃんから繰り出される言葉はとても優しかった。

「お山が化粧を始めたようだ。もうじき秋だよ」

 とてもお山が好きなのだ、と僕は自然とともに生きるおばあちゃんがうらやましくなった。作り物に溢れた世界に育った僕には真似のできない生活を送っている。

 お礼を言って、辞した家を振り返ると、夕陽に照らされていぶし銀の輝きを放つこけら葺きの屋根は建物に風格を与えていた。

「まるでおばあちゃんの輝き」

 自然ともれたかのような純真な言葉。一緒にいた後輩の女子のつぶやきは、僕の心を一瞬でとらえた。意識したこともなかった()が、感性もさることながら、ふっと彼女を見た僕の目の前に、いくら愛らしいおばあちゃんでも叶わない若さ溢れる肌をして、突然きらめいて現れたのだ。

 今まで名前も知らなかった娘の存在が、その日を境に僕の心の大半を占めるようになった。

 心地よい思い出にふけっていたところに、バタン、と背後のドアが開いてゼミの後輩、四季子――僕を一言で夢中にさせた娘、が鼻につんとくる半ば熟れきった臭いとともに入ってきた。もちろん四季子のかもし出す香りではなく、衣服についたものだろう。急いで駆けてきたのか、頬が真っ赤、白い肌にひと際目立つ。

「先輩、そんなところで監督決め込んでいるのをやめて、お宝取り手伝ってくださいよ」

 僕は、口をとがらせた四季子にあおられて建物から外に出ざるをえなかった。

 季節が冬に向かう直前、晩秋の澄んだ空に浮かぶ黄金の回廊が目前に開けている。

 肌を撫でる空気はひんやりとし思わず指を口で温める。

 校庭の銀杏の樹々から黄金の葉が枝から離れて、落ち葉となって風に舞っていた。本格的な降雪期にはまだ間があるこの短くわずかなひと時に黄金咲く。

 人々を潤した並木は今もすくっと立つ。これが『黄金の生る樹』である。

 授業の終わった夕暮れ前、ちょっと臭いがきつくてしんどいが、落とした実を拾い集めるのは学生寮に住む一年生と二年生の仕事となっている。市場に出して現金化し、寮に戻って大宴会の足しにするという創立当初から続く伝統らしい。

 四季子の柔らかな息遣いかが耳にかすかに届く。新しい光が降り注ぐ額にはうっすら汗が滲んでいた。

「先輩、また手が遊んでいますよ」

 微笑を浮かべて注意する四季子に、僕はときめく。

 どうやらあの時恋に落ちたらしい。



(二)冬隣り

 イチョウの黄葉、カエデの紅葉も身頃を過ぎて、枯葉がはらりと舞い降りる。大学では集めて腐葉土の原料となるが、都会(まち)では舗装道路の厄介モノとなり、清掃はボランティア頼み。

 晩秋の北の大地の空は、どんよりとした切れ目のない雲に覆われていた。こらえきれずに落ちてきた雨は冷たく、僕は四季子との待ち合わせのハンバーガーショップを目指して駆けた。

「いらっしゃいませー」

 アルバイト店員の営業スマイルは日本全国どこのファーストフード店でも変わりそうにない。

 照り焼きが売りの、この店独自の醤油を火にかける何ともいえない香ばしい良い香りがする。火香という日本独自の匂いに誘われつつも、我慢して飲み物だけを注文した。西洋ではメイラード反応とかなんとか呼び、なんでも科学的に処理して味気ない。

 ホットコーヒーの入ったコップを手に持ち、店内を見渡すが四季子の姿はない。窓際の、ひんやりとしていそうな固い席に座った。

 外を見やれば、細かい雨はやみそうにもなく、色とりどりの傘の花が通りに咲いていた。雨の光景に、ふと東京にいる祖父のことを思い出した。数年前まで営んでいた傘屋を、祖父は天職だから、と言っていた。どこへ行くにも傘が手離せなかった、と雨男の祖父の苦笑いが脳裏に浮かぶ。事あるときは決まって雨だったらしい。

 僕の父を祖母が生んだ日も大雨で、天の川が氾濫し天の底が抜けたほどのどしゃ降りだったという。祖父は生まれた息子に晴男と名付けた。

 祖父の願いが叶ったのか、父が出かけるときは無類の上天気。晴れ男の父は傘屋を継がなかった、いや継げなかったのかもしれない。父はテーマパークと呼ばれる施設を営む企業で働いている。

 僕が生まれた早朝は、雲一つない澄みきった空に富士山の雄姿が浮かんでいた、と聞いた。富士山が神々しく、滅多にお目にかかれないほどの美しさに、生まれたばかりの僕の行く末は明るく開かれていると産院のベッドの上で母は感じたらしい。

 といっても、僕が出かけるときには決まって雨が降ることもなかったし、いつも晴れていたということもない。晴雨に関する恩恵を受けてはいなかった。

 僕は傘屋になるつもりはないし、レジャー産業に身を置くつもりも今のところはない。メリットがまったくないといえる。僕は東京を離れてここ日本列島の北に位置する大学で民俗学を専攻している一学生でしかない。

 コップの温みで両手を暖めながら飲み頃になったコーヒーを口に運ぶ。熱いものが苦手な僕は、何でも冷めてからではないと手をつけない。猫舌どころか、肌も猫肌って言うのかどうか知らないが、お風呂もぬる湯が好きだ。暑いのも苦手で、この北の地がとても気に入っている。祖父と父は寒暖には別段、得手不得手はなかったはず……。

 うとうとする昼寝に丁度良い曲が流れてきた。今まで音楽が聞こえていなかったが、隣でうるさくしていた女子高生の一団がいなくなったせいで、静かな店内がやってきたようだ。椅子も温かくなり、室内の温度も身体に適応し、ゆったりとした音符が宙に漂い、心地よさに瞼も重くなる。ボサノバのギターの優しい音色はリラックスするのには最適なリズムを奏でる。

 大きなあくびがでそうになる。デートの待ち合わせに相応しくない、いかにも昼下がりといった感じの穏やかな気だるさに身を任す。

 人の近づく気配に、顔を起こした。

「ごめんなさい、待ちました」

 息せき切ってきたのか、四季子の声は上ずっていた。傘をささなかったみたいで、髪は濡れ、衣服には店内の明かりに映える水滴がちらほらと残っている。

「降ってきましたね」

 笑みを浮かべる四季子の視線を追って、窓の外に目を向けた。

 今季初めての白い結晶が空からふわりと落ちていた。サラサラとした雪は人々から傘を奪う。一年ぶりのことに、胸が張り裂けそうになるほど、気持ちが昂っている。

「ユキオさん、あなたの季節がやってきたみたいですね」

 両親が僕に雪生と名付けた名前の由来は聞いていないが、北の大地で僕の名前は輝き始めた。職業の跡継ぎはともかく、異能は僕にも受け継がれているようだ。

                          「完」



第三話 砂漠の緊急任務

「ヘンリー、極秘の緊急任務だ」

 上官に呼び出され、部屋に入った瞬間ヘンリー八世部隊長は新たな任務を申しつかった。基地内の(あわ)ただしさから予感はあった。部屋には上官の副官すらいない。ということは相当秘密の作戦なことを窺わせる。

「承知のように、二日前当軍のヘリコプターが墜落した。場所は紛争地になるかもしれんと予想していたこの地域だ」

 上官が紙の地図を示す。砂漠地帯の南部にある通称C地点、武装した部族が跋扈(ばっこ)する。

「パソコンをプロジェクターに投影できればいいのだが、丁度二千年問題でチェック中のため紙で我慢してくれ」

 通称Y2K問題、コンピュータが西暦を下二桁でしか認識しておらず、二〇〇〇年になった途端不具合を発生する可能性があった。現在、アフリカ中西部基地内のパソコンにその対応を順次行っている最中である。

「犯行声明はあったらしいが、裏は取れていない。原因はまったく不明。ミサイルの種類、固定か移動式なのかも分からん。発射地点も不明だ」

 分からないだらけで、我が部隊総勢七名はどこへ行って何をしようと云うのだ。

「不安定な地域になったしまったC地点なのだが、まずいことにすぐそばの砂漠に我が国の重要人物がいる。名は明かされてないのでA氏と呼ぶ」

 上官はC地点の北部の砂漠に指し棒を向けた。

「そのA氏が捕らえられ人質となると厄介だ」

 緊急性が高い任務だ。

「ただ幸いなことにA氏は最新の衛星通信機器を持参している。緯度経度の位置情報が分かる優れものだ。それでお前にこの装置を預ける。GPS全地球測位システムが入っており、それに発信・受信機能付きのハイテクだ。A氏のいる地点をゴールに設定してある。そこを目指してA氏を救出して、戻ってくれ」

 十インチ程度のモニター付きの装置を預かった。

「ヘリが利用できればいいのだが、またやられる可能性があるため地上からの作戦とせざるを得ない」

 前の墜落の原因が分からない以上仕方がないことだ。

「A氏と合えたら渡す物資がある」

 救出以外にも任務があるようだ。

「A氏が必要とする物らしいが、まだここにはない」

 出発直前に渡されると上官も聞いているようだ。

「分かりました」

「任せたぞ。作戦名は『パゴト』だ」

「クワッドバイク隊の腕をご信用ください」

 我が部隊は四輪駆動バイクを操る専門部隊。砂漠地帯も楽々進む能力を持っている。

 上官の部屋を出ると、部隊の待機室へとヘンリーは向かった。

「集合。新しい任務だ」

 地図を広げる。部下の六人に『パゴト』作戦の内容を伝える。

「C地点を抜けるまではトラックで進む」

 トラックは二台、クワッドバイク合計五台が載せられる。

「トイとザックはその場で待機しろ」

「「はい」」

 トイとザックはトラックのドライバーを務める。クワッドバイクが出発し戻ってくるまで、トラックで待つ。二人は置いてけ堀ではない、盗難対策をしないと、停車したままではアッと言う間に襲われる。

「バイクでA氏のいる地点をこの装置を頼りに目指す。あとは荷物をA氏に渡し、連れて戻ってくるだけだ」

「はい」

 全員の元気な声が返ってくる。

「至急準備に掛かれ」


 受取った五十センチ四方の荷物を載せてトラックは快調に進む。ここの土地は案外肥沃で通年で野菜や果物が栽培できる。豊かな緑が広がりトウモロコシ、グレープフルーツ、マンゴー、ブドウ等が実っている。

 紛争さえなければ良い所なのだが。

 夕陽を背にした途端スピードが落ちる。C地点に入った。何とか陽の落ちる前にC地点を抜けたい。明るい内に襲われることは今までほぼなかった。夜間、明かりがなくなるとトラックの照明に蛾のように狂暴な(やから)が群れてくる。

 突然陽がかげった、と思う間もなく大粒の雨が降ってくる。アフリカのスコールはいまだに慣れない。トラックが停車する。

 雨が止むと道路が水浸し。進もうにも前には牛に曳かせた荷車が止まっている。わらわらと人が集まってくる。

 喚き声が聞こえる。どうやら荷車が水たまりにはまって立ち往生しているようだ。

「まずいな、敵かどうかも判断できん」

 ヘンリーは最年長のジャンを見て、援護を指示する。そしてトラックの屋根に飛び乗る。

「◎&%$×#*△(みんなよく聞け)」

 現地語を大声で叫ぶ。ヘンリーはアフリカの言葉に堪能である。

「☆>◆=×+<?・(ロープを繋いで荷車を引き上げろ)」

 ジャンがロープを恰幅の良い現地の人間に渡す。

 空に向けて拳銃をぶっ放すような野蛮な真似はしない。

「$%#&≧|/(みんなで協力するのだ)」

 ロープを荷車に結わいで引き始めた。トラックで引くとこちらが泥濘(ぬかるみ)にはまる可能性がある。

「ヒーヴホゥ、ヒーヴホゥ」

 掛け声は世界共通でこちらの人間も分かってくれる。部下たち全員が協力する。荷車が動いた。

「#<>★△◆(ありがとう)」

 現地の人からお礼を言われ、寄ってけ寄ってけ、と懇願されるが、丁重に断り先を急ぐ。

「隊長、向こうの方はお礼ができなく残念がっていましたね」

 体格の良い最年少のダイザがさも惜しそうに話す。

「馬鹿野郎。あんなのに騙されちゃだめだ」

 ダイザが(ほう)けた顔をする。

「あれが奴らの常とう手段だ。よくて美人局(つつもたせ)で有り金まきあげられる、悪くすりゃ身ぐるみはがれてあの世行きだぞ」

「ハッ……、気をつけます」

 ダイザはどちらかというと肉体派、格闘術やドライブテクニックは一流だが、まだ人間的な成熟度には欠けるものがある。

 砂漠の入り口に差し掛かった。

 砂漠特有の珍獣ダマガゼルとアダックスの巨大な群れが邪魔をする。停車せざるを得ない。

「まいったな」

 待つしかないと、トラックを下りて薄暮の中をたたずんでいた。

 ギャー。

 ダイザ(部下の新兵)を四メートルはあろうかというブラックマンバが襲っている。こいつは厄介だ。猛毒の蛇で狂暴。

 まずい、噛みつかれている。それでもダイザは果敢にブラックマンバを手掴みして、地面に投げつける。

 ズキューン。

 ヘンリーが一発で仕留めた。

「大丈夫か」

「噛みつかれてしまいました」

 ありとあらゆる血清を打ってはいるが、もしものことが考えられる。

ジャン(最年長)、ザックの運転でダイザを連れて基地に戻れ」

「はい」

 ジャンはベテラン、衛生班にいたこともある。

「大丈夫です。このままでも問題ありません。連れて行ってください」

「馬鹿野郎。ダイザ、隊長として命令する。お前は基地に帰還せよ」

「申し訳ございません」

 ザック(ドライバー)が運転するトラックでジャン(最年長)とダイザと共に帰路につく。

 無事であることを祈る。ブラックマンバは強力な神経毒と心臓毒を大量に噴出するアフリカ一の危険種。ほかに猛毒蛇やサソリがいないか辺りを確認する。

「問題ありません」

 ほっと一息ついたころ、ようやく珍獣の集団が通り過ぎたようだ。あたりはもう真っ暗闇。

「この暗さではクワッドバイクでの進行は困難だ」

 緊急任務とはいえ、安全が第一だ。ヘンリーは野営を決断した。

 翌朝は夜明けとともに出発する。

 トラックから三台のクワッドバイクを降ろす。

「トイはここで待機しろ」

「承知」

「三台で進行する」

 バリバリバリバリ。

 太陽が出るとすぐに暑くなる。砂漠は灼熱の中、暑さに意識が飛びそうになるのを堪えながら疾走する。

 一時間ごとに休憩を入れる。平らなところを選んで進むので直線とはいかず、結構な時間がかかっている。

 それにしても暑い。何とかならんのか。水分がどんどん失われていく。用意した栄養ドリンクの量を加減しながら飲む。

 冷たいものが欲しい。心底思う。

 GPS装置を見るともう少しでA氏のいるところだ。

 テントが見える。そばにはラクダが一頭。

 遂に着いた。エンジンを切ると、陽気な音楽が聞こえてきた。テントの中からだ。テントへ向かい中を覗く。

 半裸の若い男が躍っている。若い男は同胞と思えるような容姿をしている。

「よお」とばかりに若い男が片手を上げる。

 ――誰だ、コイツは。俺たちは重要人物を訪ねたのではないのか。

 若い男が音楽のボリュームをしぼる。

「待っていたぜ。それを持って来てくれたのだろう」

 ヘンリーが持っていた荷物をとり上げる。

 厳重に梱包されたものをナイフで切って雑に開ける。

「ワオー。これだ、これ」

 中からスプーンを取り出す。そして大きな容器に入ったもののふたを開ける。

 ふたに印刷されているロゴに何やら見覚えがある。

 あまーい香りが漂ってくる。

 スプーンを中に突っ込みかきだすと大きな口を開けて一気にしゃぶりつく。

「うまい。やっぱり暑い中で食べるアイスクリームは最高だな」

 我が部隊は何をしにここへ来たのだろうか?


 基地への帰途、トラックで若い男に聞いた。A氏とはこの若い男のことで間違いなく、母国の最高権力者の息子。砂漠でアイスクリームを食べたくなったから衛星携帯で母にリクエストしたらしい。

 墜落したヘリコプターは、整備不良による事故だった。操縦者はC地点の部族に助けられていた。

                          「完」

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 お楽しみいただけたでしょうか。

 興味が湧きましたら『貧乏子爵家三男坊、将来は鉱山都市代官と言われたが、それまでウチはもつのか』をどうぞ。また女性が主人公ですが男性も楽しめる『魔法と剣とドレスと ~紫紺の瞳~』も併せてどうぞ。


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