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行く道を見据えたままの日高くんの目に、あたしの姿が入ることはめったにない。たしかにあたしの背は小さいけれど、短くてくるくるのクセ毛頭が仔犬っぽいと可愛がられて今までやってきた。視界の端でちょこちょこ動いていたら、すこしぐらい見てくれたっていいのに。
「――国崎さ、中学のときに告白したやつのこと、覚えてるか?」
ふいに話しかけられて、ぼんやりと見上げていた日高くんがこっちを見た。その涼しげなまなざしとばっちりあって、あたしの小さな胸が見事に打ち抜かれる。
どきん、と心が鳴る。
「中学のときっていうと……高野くん?」
「違う」
「じゃあ、市川くん?」
「違う」
「松下くんのこと言ってる? それとも遠藤くん? まさか大滝先生じゃないよね?」
「……どれも違う」
はぁ、とため息をついて、日高くんは目をそらした。横顔だとより際立つすっとした鼻筋が、ぺたんこのあたしとは大違いだった。
「ミヤモトってやつに告ったことないか?」
「あるけど……?」
ふたつ上だった宮元先輩のことか、それとも同級生の宮本くんのことか。あたしが訊く前に、日高くんが「同い年のほう」とつけくわえた。
「あれさ、俺のいとこなんだ」
「そうなの? あんま似てないんだね」
中二の秋に告白した宮本くん。仔リスみたいに大きな瞳といい、あたしが告白したときには『ごめんね』と優しく断ってくれたことといい、日高くんとはとても似ていなかった。
へぇーとのんきに感心するあたしに、彼はばりばりと頭をかきむしる。そして再びこっちを向いたその眉間には、かすかにしわが寄っていた。
「俺さ、そのいとこから話聞いてんだよ。国崎が中学のとき、片っ端から男に告白してたって」
「片っ端じゃないもん、そんな見境いないみたいに言わないでよ」
「お前はそう思ってても、まわりではそう言われてるんだ。すこし自覚しろよ」
やけに説教くさい口調で、日高くんが言う。あいかわらず歩くのが早くて、自転車もからからと軽快に音を鳴らしながら引かれていた。
「前の中学じゃ、かなり有名だったんだろ? 国崎七恵はミーハーで男好きだって聞いた。話をした男子には三日以内に告白するって」
「まぁ……あながち嘘じゃないけど」
ミーハーで男好きは多少脚色されてはいるけれど、たしかにあたしは惚れっぽかった。
同級生から学校の先生まで、好きになったら自分から言った。小・中で告白した回数は、両手に足の指をいれても足りそうにない。
先生にはもちろんフラれたけど、OKをもらって男子と付き合ったことだってある。あたしの低い背や子供っぽさが、小動物的で男子受けがいいようだった。
「付き合っても、もって一ヶ月だって」
「……まぁ、長続きはしないけど」
続いて、せいぜい一ヶ月。朝に下駄箱の前で告白して、放課後に校門の前で別れたことが何度もある。
「たしかにここの高校は国崎のいた中学とは離れてるけど、噂が広がるのは早いんだ。俺がいとこから聞いた話は別に誰にも言ってないけど、似たような話、みんな知ってる」
言って、日高くんがちらりとあたしを見る。目があってすかさず微笑んでみたけれど、彼は笑うどころか眉間のしわをさらに深くした。
「すこし危機感もてよ」
「なんで?」
「なんでって……」
はぁ、とまたため息。けれど信号が赤に変わると、気づかずにすすもうとしたあたしの首根っこをつかんでちゃんと教えてくれた。
「男好きだって有名になって、嫌じゃないのか?」
「まぁ、嬉しくはないけど」
「そもそも否定しないのかよ」
「だって、本当のこともあるんだもん」
噂が広がるのが、思っていたより早かったけれど。
「別に、それはただの噂であって事実じゃないでしょ。信じるも信じないもその人の自由だし、こっちがくよくよしてたらよけい本当っぽくなるじゃん」
「……そうくるか」
日高くんが肩を落とした。
「あのさ、国崎」
「なぁに?」
「国崎がその噂についてどう思うかはかまわないけど、その噂を聞いた人がどう思うか、もうすこし考えたほうがいいぞ」