第1話 上皇様、神界を出る
「上皇様、本当に人間界に降りられるのですか?」
「そうだよ。俺が居るとお前もやり難いだろうからな」
「そんな事は……」
「あるんだよ。お前に無くても他の重鎮共は俺の顔色を見に来るからな」
「…………」
「後は頼んだぞ。ミラン神皇陛下」
俺は神界の最高位である神皇を長年務めて来たが、そろそろ後任育成のためにもその地位を譲ろうと考えていた。そこでちょうど在位1億年を迎えたときにキリが良いからとこれを実行したのだ。しかし、過去最長の在位を記録した俺を無役にすることは出来ないと名誉職の上皇位が新設され就任することになった。
だが、新天皇が若年である事から天皇を補佐する連中は俺の顔色ばかりを見に来ていた。このまま俺がいつまでも神界に居てはせっかく押し付けた……じゃない、せっかく育てようとしている今生神皇の威厳を損なってしまうとまずい。そこで俺は神界を出る事にしたのだ。
神界の神皇とはこの世のありとあらゆる物を創始した創造主のシンボルである『創造の杖』を受け継いだ者が神皇なり、俺が24代目。俺に子供が居なかったことから甥っ子であるミラルドの家系者に継がせたのだ。25代目神皇は今年で1500歳と神界での成人年齢に経っしたばかり。ちょうど俺が24代目に就いた時と同じ年齢だ。因みに創造主の称号は初代様に敬意を払い使わない事になっている。
本当は弟のミカルドでも良かったが、弟が辞退し、甥っ子もやりたくないと言い、3人で相談した結果、家系の中で一番若い奴にやらせようと決めた。しかし若いと言っても限度がある。生まれたての赤子にやられるわけには行かない。
そこで、ちょうど成人を迎える者が居ると判り白羽の矢が立ったのがミランだった。
「しかし、私に務まるでしょうか?」
「大丈夫だ。ミランの父も祖父も曾祖父も大臣として助けてくれているではないか」
「……わかりました。でも、何かあった時は神界に戻ってきてくださいね」
「わかったよ」
こうして俺は神界を出て人間界に降る事にした。
「「「上皇様」」」
「おっ、ユミルにサガルにキャスハか。どうした?」
「先ほど弟君のミカルド殿下からお聞きしましたが、神界をお出になられるとか」
「どうか我らもご同道させて頂けませんでしょうか?」
「私たちは上皇様一筋で今日までお仕えして参りました。新神皇陛下ご即位に合わせ役職は退きましたが、上皇様お付きは辞しておりません。どうかご一緒に」
「俺は人間界に降りるつもりだが大丈夫か?」
「是非も御座いません。上皇様が居られる場所が私どもの居場所」
「その通りです」
「どうかお供に」
「わかった。だが、ミラン陛下の許可は自分たちで取って来いよ」
「「既に頂いております」」
「上皇様の護衛や身の回りのお世話も仰せつかってきました」
根回しが良いと言うか、さすが元左大臣に右大臣だな。それに俺専属の女官長まで付けてくるとは……
きっとミランの計らいだな。ここは素直に受けておく事にしておこう。
「それと、ミカルド殿下よりこれを預かって参りました」
そう言って差し出されたのは創造の杖を分析して作り上げた万能の杖だった。
この杖は俺が時間を見つけては取り組んだ研究の成果で創造の杖を満点とすると7割程の力を再現することが出来た逸品で、悪用を防ぐため皇宮の秘宝殿に収められていたものだ。
「殿下からのお託でございます。この品は上皇様個人の物ですのでお返しいたします。との事です」
「そうか……」
俺はその杖を受け取ると3人に告げた。
「出立は明日。遅れたものは置いて行くぞ」
「「「御意」」」
翌朝、俺の前に現れたのは昨日同行を許可したユミル・サガル・キャスハだけなく、女官のハモン・ラモン・シモンの三姉妹と俺の専属料理長であるカメロにその息子で助手のサガロの5人が居た。この者たちもミランから俺への同行が許されたと言ってやって来ていた。
俺を入れて総勢9名か…… まだ何をするか決めてないけどこのメンバーだからな……
大まかな思案を抱きながら万能の杖で移転門を開き、俺たちは人間界にある森に降り立ったのだった。