殺意が足りてる悪役令嬢 〜主人公(ヒロイン)が殺しても殺しても死なないんですけれど!?〜
悪役令嬢になった、と確信した。
だから、主人公を排除することにした。
正午を告げる鐘の音が鳴り響く街を駆けていく。ヒロインの家は街の外れにあって、馬に乗って飛ばせばそこまでは半日たりともかからないことがわかっていた。
これから私には悪役令嬢としての人生が待っている。それは貴族の生まれなりに贅沢で、貴族の生まれなりにわがままで、そうして貴族として過ごしたゆえに全部失うというなんとも理不尽な展開なのだった。
だいたい王子も王子で、私と婚約しているくせに『本当に愛しているのは君ではなくこの人だ。だから君との婚約は解消する』だなんて私の十八歳の誕生日パーティの中で言い放つのだ。世間体を考えろ。
そうして私は『誕生日パーティの日に王子から婚約を解消された人』になってひどい末路をたどる。
ルートはいくつかあったはずだけど、その四分の三ぐらいで死ぬ。しかも化け物になって主人公の聖なる力によってあとかたもなく消滅させられるのだ。骨も残らない。
だからこれは自衛のための疾走だ。
偶然にも乗馬の訓練中に落馬して頭を打っている。頭を打ったならおかしくなってもしょうがない。
筋書きはこうだ――私はもうろうとする意識の中でなぜか馬をかって街を走り、偶然にも主人公の家のそばに行き、主人公を馬ではねてしまう。
私は今、十二歳。
ヒロインは今、十一歳のはず。
そんな子供が馬ではねられたら無事ですむわけがない。
私は駆けた。
私は主人公を見つけた。
はねた。
主人公はたまたまそばにあった崖から落下した。
この高さだ。助かるまい……私はほくそ笑んで馬をかって帰った。
目撃者も見当たらなかったが、もしも見られていたところで問題はない。
この世界において貴族というのは絶対的な存在だ。しかも私は直前に落馬して頭を打っている。すべては『不幸な事故』か『平民の子供が突然行方不明になった』という、なんらニュースバリューのないこととなって落ち着く。
ところが翌日。
主人公は奇跡の生還を果たした『神の寵愛を受けた聖女』としてまたたくまに有名になった。
そうだ、このヒロインは数百年に一人きりと言われる聖女の力を持っているのだ。
この力で貴族しか通えない学園に入り、その平民特有の素朴さで王子たちを骨抜きにし、私はなぜか化け物と一体化し、主人公に浄化されて消え去るのだ。
甘かった。
馬でひいて崖から突き落としたぐらいで、聖女は死なない。
だいたい人は崖から落ちたって普通死なないのだ。崖落ちは生存フラグだと私の前世では有名だったではないか。
その日から私はことあるごとに主人公を殺した。
深い湖に突き落とした。ごろつきを雇って殺しに向かわせた。濡れ衣を着せて処刑をするという方法さえとった。
ところが主人公はそのことごとくを退けた。
湖に突き落としては水の精霊に救われ、雇ったごろつきはみな改心させられて主人公のファンになり、濡れ衣を着せても堂々と無実を訴えてそのあまりに清廉な様子に裁判官が骨抜きにされてしまった。
私は毎日どうしたらあいつを殺せるのかを考えて、そして、あいつの弱点を探るために接近することにした。
私の破滅は十八歳の誕生日だ。
王子たちに愛想をつかされないように振る舞うというのは、生前コミュ力のなかった私には難しくても、あと六年以内に女の子一人殺すというのは、がんばればなんとかなるような気がした。
ぜったいに負けない。
私は、主人公を殺してみせる――
私は口実を作って主人公と接する機会を増やし、平民でしかない彼女を家に上げ、そして護衛もつけずに彼女と二人きりで街中で遊んだ。
私の殺害をことごとく退けて奇跡の生還をしたことで主人公は早くも『聖女』と目されていたし、それに同年代の私が興味を持って近づくのは、さほど不自然にも思われなかった。
また、彼女はもともと独特な性格をしていて友達も少なく、聖女騒ぎで同じぐらいの身分の子たちからは『こわい』『ぶきみ』と思われていたため、そんな彼女の孤独につけこむのは難しいことではなかった。
私たちはあっというまに『身分を超えた親友』となった。
もちろん数々の殺害計画の容疑者の一人に私も名を連ねていたのだけれど、ここはうまく『私も操られていた。犯人は記憶に作用する魔法を使うようだ』ということでどうにかした。
私の家は大公家(王様の次に偉いSSSランク貴族的なもの)のため、表立って追求する者もいなかった。
そうして主人公の親友となった私は、何度も彼女を殺そうと試みて、そのすべてに失敗した。
あの女、全然死なない。
たびたび奇跡に助けられる。
時には自分ごと巻き込むような罠をしかけて、心中覚悟の殺害を試したこともあった。
しかしそういった時に主人公は私を助けて生還した。
こいつだけ世界観がハリウッド。
主人公補正があまりにも強い。
もう、殺せないかもしれない。
でも、そんな時、私は目を閉じてこれからの展開を思い出す。
破滅、消滅。世間体をずたずたにされ、肉体をチリも残さず消し去られる。
……そうだ。くじけてはいけない。
産んでくれたお父さん、お母さん。私の手足となって働く私より身分の低い家柄のお友達。
そしてなにより、いくらやっても死なない主人公との友情に報いるため……私はぜったいにあの子を殺さなければいけない。
六年間殺害を続けた。
しかし主人公はやっぱり死ななかったし、あんまりにも不死身の逸話が重なりすぎて貴族の学園に入ってもみんなこわがって『この平民が!』みたいないじめも一切なかったし、なんならそばで殺害の機会を狙っている私が『よくあんな化け物とお付き合いできますわね』とちょっとひかれた。
そうして私は十八歳の誕生日を迎えてしまった。
婚約者である王子との関係はさほど悪くない。
というか主人公と過ごす時間が長すぎて、それ以外の人との関係は深まりはしなかったが、同時に『貴族らしいわがままさ』で人をイラッとさせるような時間もなかったので、関係は悪化もしていなかった。
お誕生日パーティには主人公ももちろん来ている。
今日はお菓子に毒を仕込んだけれどどうだろう。あ、食べる前に【浄化】した。今日もダメそうですわ。
「お誕生日おめでとうございます」
主人公は『まさに聖女』という微笑みを浮かべて、他の王侯貴族を差し置いてまっさきに私の誕生日に祝辞を述べた。
「……学園に通い始めたころは、貴族のみなさんがたくさんいらっしゃる場所でうまくやっていけるか不安だったけれど、お友達のあなたがいてくれたから、どうにか、やっていくことができました。これからもどうか、お友達でいてね。変わらぬお付き合いをしていきましょうね」
その笑顔を見ていて、冷や汗が垂れた。
この女、気付いてる。
いや、気付いてないのか? どっちだ?
主人公には天然なところがあって、だからこそ六年間も殺害計画を実行し続けられたのだけれど、それでも時々、こうやってヒヤリとするような言葉をかけてくる。
殺さなければ……
私の目的はもはや『婚約破棄からの破滅を避けるため』ではなくて、『今までの殺害計画を隠蔽するため』にシフトしていた。
そうして誕生日パーティを終え、私はその年に学園を卒業した。
社交界で問題を起こすほど時間の余裕がなかった私は、婚約破棄されることもなく王子と結婚。王宮での生活が始まる。
そんな生活の中で考えるのは主人公のことばかりだった。
いつ、私の殺害計画を告発するのか。
一国の王家に名を連ねた私はそのことがおそろしく、あの子のことを考えない日はないほどだった。
「お前は本当に、あの子のことが好きなのだな」
旦那様となった王子はあきれて笑うのだけれど、私はただただ犯罪の発覚を恐れているだけで、別にあの子のことなんかちっとも好きじゃないんだからね。
そうしているうちに一年が経ち、そろそろ私もノイローゼでおかしくなりそうになってきたころ、思わぬ再会があった。
あの子が聖女として王宮にのぼってきたのだ。
私は再会するやいなや抱きついて喜んだ。
よかった! これでまた不死身の聖女を監視下における!
喜びのあまりパーティを開いた。踊った。飲んだ。たくさんの賓客に『彼女は私の大親友です』と紹介したのは、少しでもあらゆる殺害計画の黒幕が私であると思わせないための動機隠しのためだった。
それから酔った勢いで近場のバルコニーから主人公を突き落としたけれどやっぱり彼女は傷一つなく、私は『ああ、これでこそ私の聖女だ』と安心し、心の底からさっさと死んでほしいと思った。
そうやって王宮で過ごす日々もすぎていき、気づけば私の旦那様は国王の椅子を手に入れ、私とのあいだには二人の王子が生まれていた。
私は相変わらず主人公を殺し続けているのだけれど、年々殺意と殺害計画におとろえを感じ始めていた。
もうできることはだいたいやったのだ。物理で攻めても魔力で攻めても権力で攻めても財力で攻めても主人公は死ななかった。
そして王妃となった私はあからさまに権力で『国が誇る不死身の聖女』を死においやることが難しくなっていった。世間体があるから。
時は流れ旦那様の髪に白いものが混じり始めた。
王子たちも大きくなり、立派な貴族のお嬢さんたちと知り合い、付き合い始め、主人公は全然死ななかった。
はよ死ね。
どうしてこんなにも苦しいのだろう。どうしてこんなにもつらいのだろう。どうしてこんなにも死なないのだろう。
気付けば私は年老いていて、主人公も同じぐらいに年老いていた。
彼女は旦那をとらなかった。
それは聖女となったので宗教的に旦那を迎えられないという理由はいちおうあったが、神官の偉い人は普通に結婚して側室までいるような生活を送っているため、教義で謳われている『純潔』は現代においてそこまで重要視されていないことは明らかだった。
何度か彼女に『旦那様を迎えないのか』と問いかけたけれど、はぐらかされてばかりだった。
そうやって月日は流れ、王は第二王子にその位をゆずり、私とともに政権から引退した。
時をほぼ同じくして主人公も聖女を引退。次代にゆずって私たちの隠居先の近くに住まい始めた。
もう体もあちこちにガタが来はじめたのがわかったけれど、この楽隠居生活を殺害計画の告発でめちゃくちゃにされたらそれこそやっていけない。
私は熱心に主人公の殺害計画を実行し続けたし、彼女はやっぱりなにをしてもまったく死ななかった。
ところが、彼女にもようやく死神の魔手がとどいた。
それはとっくに年老いた私たちがしわくちゃになったある日のことで、彼女を殺そうとするのは老衰、ようするに寿命なのだった。
「あなたを殺すのは、わたくしだと思っていたのに」
床に伏せる彼女の横でつぶやいた。
もう隠す気もなかった。
この場には二人きりだった。
それに、隠すことに、告発されることを危惧して怯え続ける暮らしに、とっくに私は疲れ果てていた。
彼女は『まさに聖女』という微笑みを老いた顔に浮かべて、
「本当に、王母様は冗談がお好きですね」
「冗談なんかじゃないわ。……十二歳のあの日、あなたを馬でひいて崖に突き落とした日から、わたくしはずっと、あなたを殺そうとしてきたの」
「……ああ、懐かしい。あの日から、王母様と私の縁は始まったのですね」
「ごろつきもやとったし、湖に突き落としたりもしたわ」
「そんなことも、ありました」
「なのにあなたったら、全然死なないんですもの。わたくしは、どうしたらこいつは死ぬのかしらって、毎日、毎日、それだけを考え続けて……」
なぜだろう。
長年殺そうとしてきた相手がようやく死のふちにいるのに、私の心はまったく軽くなっていなかった。
「王母様」
「……なんです?」
「精霊が、教えてくれました。ついに、私は、神のみもとに召されるようです」
「だったら精霊にお聞きなさいよ。わたくしの犯行を。あなたを殺そうとしたことが、事実だったということを」
「ええ、それはもう、とっくに、知っていました」
「……じゃあ、なぜ、告発なさらなかったの?」
「だって、そんなことをしたら、私はたった一人のお友達を失ってしまうではありませんか」
「……」
「あなたが私を殺そうとしたことは事実だけれど、それ以外の場所では、たしかに、お友達として接してくださったことも事実なのです。それに、なんというか、私はあの程度では死にませんから……精霊が助けてくれるのです」
「なによそれ」
「あなたのお陰で、刺激的で楽しい人生でしたよ。みんなが怖がる『不死身の聖女』に、殺意でも友情でも、真正面から向き合ってくださったのは、あなた一人だけだったのですから」
そうして最期まで『まさに聖女』というような笑みを浮かべたまま、それきり主人公は物言わぬようになった。
「……ああ、そうね。わたくしも……刺激的で、楽しい人生だったわ。途中から、あなたの死ななさを期待して、あなたを殺そうとしていたのかも、しれないわね」
きっと彼女が神のみもとに行くなら、私は魔なる者のもとへ行くのだろう。
だからこれで本当にお別れだ。念願の『主人公の死亡』という目標は、ここに達成された。
ずいぶんかかってしまったけれど、ようやく私は安心できる人生を手に入れた。
その代わりに得た空虚の相手をしつつ、これから死ぬまで、生きていくのだろう。
そして、その時間は、もう長くないと思う。