1 勇者は寝込みを襲ってくる
僕が気配を感じて目覚めると、目の前には馬乗りになった少女が拳を構えていた。
少女は僕と目が合うと、ふっと笑い「おはよう。そして永遠におやすみ」と言って拳を振りかざしてきた。
僕は慌てて魔法障壁を展開させた。拳と魔法障壁がぶつかる音がする。一歩遅ければ顔面にくらっていただろう。
「──ちっ!相変わらず無駄に堅いわね、あんたの魔法障壁」
僕の魔法障壁が勝ったみたいだ。とはいってもヒビがはいっていて、今にも壊れそうだけど。
「毎度言ってるけど、寝込みを襲うのやめてくれませんか?」
「それは無理だわ。あたしは勇者だから、魔王を倒すことが使命なのよ」
「ならせめて、堂々と戦いを挑んできてよ……」
「それも無理だわ。正々堂々戦いを挑んだら負けたのだから」
僕は闇の魔王『ヨミ・ダークラフ』。
約半年前のこと、僕の屋敷に一人の少女が訪ねてきたっていうか、殴り込みにやってきた。
僕はそれを軽く返り討ちにしたのだが、その次の日から寝込みを教われるようになった。
目の前にいる少女がその光の勇者『クラリス・サースフィリア』。
ちょっと薄めの金髪に青色の瞳。そして、整った顔立ちにスタイルも抜群に良い。一番初めに見たときには見惚れてしまった程だ。
天使かと思った。実は悪魔だったが。
「じゃあ、もう、僕の負けでいいからやめてよ」
「無理。それに今はもう、これだけのために来てるんじゃないから」
何度も何度も来ているから、屋敷のメイドや執事と仲良くなっているみたいだ。最近は朝飯を一緒にとっている。
しかも何故か、彼女のところにだけ毎度デザートが置かれている。たぶん、メイド長の差し金だろう。なら、僕の所にも置いてくれていいのに……。
話を元に戻すが、つまりは彼女は僕の屋敷にご飯を食べに来ている。そのついでで、僕を倒そうとしているだけなのだ。
「今日のご飯はなにかしら?あと、デザートも楽しみー!」
「今日の朝のメニューはコカトリスの熟成肉をパンではさんだコカトウィッチと、朝採れた野菜を使ったサラダにスープでございます。それと、クラリス様にはデザートも用意してあります」
突然現れたメイド長がそうこたえてくれた。
「せめてノックしてから入ってきてよカレンさん。あと、絶対に僕が寝込みを襲われている時から部屋の前で待機してたよね?」
「部屋の扉が開いていたので、好きに入って良いのかと思いました。申し訳ございません」
「──あれ?僕の質問は無視?」
「それでは食堂に参りましょうか。クラリス様」
「はいっ!カレンさん!」
二人でそそくさと歩いて行ってしまった。一応、僕、君の主人なんだけど?おかしくない?無視だし……。
クラリスは僕とカレンさんで態度が違いすぎるし。まぁ、何時ものことだから慣れてるけど。
…………。食堂に向かうかぁ。
クラリスとカレンさんの後ろを追い、僕も着替えてから食堂に向かった。
無駄に広い食堂には席が多くあり、メイドや執事達もそこで食事をとっていた。
その中で茶髪のメイドと目が合うと、僕にこっちにこいと手を振っていた。
僕は嫌な予感がしながらもそこまで近づいていくと、茶髪のメイド服をきている少女が食事を中断して抱き付いてきた。
「わーい!お兄ちゃんだー!」
「僕はアリスのお兄ちゃんじゃないし、あと、抱きつかない」
「はーい!ごめんなさーい!」
そう言いつつも抱きつくのをやめないアリス。話を聞かないは何時ものことだ。
彼女は地の魔王『アリス・グランレス』。
彼女も毎朝のように屋敷に遊びに来ている。メイド服を着ているのはただの趣味らしい。
それに僕のことをお兄ちゃんと呼んでくる。昔から面倒をみているからだろう。
「抱きつくのやめないと、ご飯食べれないよ?」
「じゃあ、お兄ちゃんが食べさせて!」
「それじゃあ、僕が食べれないんだけど……」
このようにめちゃくちゃに甘えてくる。可愛いから悪い気はしないのだが、周りからロリコンだと冷ややかな目で見られていることも確かだ。
でも、結局はアリスの可愛さに負け、あーんをしてあげている。可愛いから仕方ない。僕は甘んじてロリコンを受け入れようと思う。
そんなこんなで何時ものように食事を終え、書斎に向かおうと廊下を歩いてたら、背後から「光パンチ!」と聞こえてきたので、それをヒラリとかわして足を引っ掛けてやる。
そうすると、そのままの勢いのままに一回転して廊下を転がった。
「──ちっ!外したか!」
「クラリス。背後から襲ってくるのやめてって、毎日言ってるよね?」
「覚えてないわ」
「………」
襲ってきたのは言うまでもないが、光の勇者のクラリス。
彼女はこうやって隙があれば襲ってくる。最近は屋敷が壊れないように加減して殴ろうとしているが、それでも廊下にはクレーターが出来ていた。
「ところで、これはあなたがしたってことで良いわよね?」
そう彼女はクレーターを指差しながら言ってきた。
「いやいや、確実にクラリスでしょ?」
「──はぁ?あんたがあたしの足を引っ掛けて転ばしたんだから、あんたがやったってことになるでしょ!」
なにその暴論?いくらメイド長に怒られるのが怖いからって………。
うちのメイド長は普段はクラリスに対して寛容だが、約束を破ると物凄く怒る。
「とっ、とにかく!これはあんたがやったってことにしておきなさい!良いわね!?」
どんだけ怖がってるんだよ……。それに必死すぎて泣けてくる。
「良いわけないですよね?クラリス様?」
そう言って、クラリスの背後から声をかけたのはメイド長のカレンさんだった。
クラリスはその言葉にビクッと体を震わせて、まるで壊れたおもちゃのように後ろを振り向いた。
「──やっ、やあ!カレンさんじゃないですか!?どどどどっどうしたんですか?こんな所にいらっしゃって!」
いや、動揺しすぎでしょ。
「いや、大きな音が聞こえましてね?急いで音がした方に向かうと、カレン様とヨミ様が立っている間にクレーターが出来ているのが見えまして、これはどういうことなんでしょう?」
めちゃくちゃ怒っているな………これ。クラリスを見る目が何時もより冷たい。
クラリスは口ごもっているし……。仕方ない、助け船を出してやるか。
「犯人はクラリスです」
僕の助け船にクラリスは驚愕の色を示した。
「──なっ!?なんで言っちゃうのよ!?このボケ、クソ、ロリコン!」
「その話は本当ですか?クラリス様」
「──ひぃ!ほっ、本当っていうか、あの、その………すみませんでした!」
光の勇者クラリスよ。恐れ入ったよ。綺麗な土下座だ。
「私と約束しませんでしたか?ヨミ様の部屋以外の場所で暴れないって」
「はい、しました……」
「ですよね?では、約束を破ったということでよろしいですか?」
「はい、そうなります……」
「仕方ないから、今回は三日間出禁で許してあげます。次回からはもっとキツイ罰になりますから、それを肝に命じておいて下さいね?」
「はい、肝に命じます……」
カレンさんがクラリスの土下座を残して立ち去ろうとしたときに「あっ、それと」と僕の方を見て言った。
「ヨミ様はあとでお説教です。魔法障壁を床に展開させてクレーターを作らせないことも可能でしたよね?それをしなかったってことは、元々、私に見つかったクラリス様が怒られて、出禁になるのを分かっていたからじゃありませんか?」
僕はその言葉に反論するわけでもなく、クラリスの側まで行って土下座をした。
そこには勇者と魔王の綺麗な土下座があった。