三輪
そこに立っていたのは宿屋でロッダにお金を借りたあの男だった。
「んだぁ?てめぇ、やんのか?」
「おぉ、構わんぞ!さぁ!かかってくるがよい!」
「ふざけやがって、三対一で勝てっと思ってんのか!」
三人のうち一人が一歩前へ踏み出すとその男の目の前に空から剣が降ってきた。驚いた男は思わず尻餅をついた。
「ひぃっ!」
「おーやおやおや!今日は戦いには向かぬ日よりよな!見てみたまえ、この空を!」
「あ?」
半信半疑に空を見上げてみると無数の剣が配置されどの剣も三人に狙いを定めていた。これは、あの男の魔法だった。
「ふふっ。ぁあ!そうだ、我輩はあまり器用ではないのだ。うっかり殺しかねん。先に謝っておくぞ」
「いや、やめろー!」
「おい、逃げるぞ!」
「へい!」
無数の剣が男達に向かって落ち始めた。器用ではないという言葉通り、狙いが甘く路地裏の壁やらに当たって危なっかしい。しかし、決して人に当たることはなく、男達も逃げ切った。すると二人のそばにあの男がやってきた。
「大丈夫か青年と少女よ」
「すみません~。ありがとうございました~」
「助かりました」
「はっ!礼には及ばん!そうだ青年、銀貨と銅貨一枚ずつだったな。返すぞ。宿屋では助かった」
「いえいえ~、困ったときはお互い様ですよ~。ですから、そのお金は助けていただいたお礼ということで」
「そうか?ならば分かった」
空から落ちてきた剣が次々と霧散している。本当にすべて魔法だったようだ。
「お強いんですね」
「そう見えるか?我輩はただ、他より魔法が扱えるだけだ」
「旅人なんですか~?」
「あぁ、そうだ。もう随分長いこと一人旅をしている」
「一人…でしたら、一緒に旅しませんか~?」
「あぁ、構わんぞ。……はっ?」
夕方。二人は荷物を部屋へ置き、助けてくれた男の人と宿屋一階の食事処で夕食をとりつつ話をしていた。
「我輩はコルー、コルー-ハートマンだ」
「僕はロッダ-ウェンジャーです~」
「わ、私は、ルル…ルル…」
「アイリア」
「?」
「ルル-アイリアですよ~。人見知りでちょっと緊張してるみたいです~」
「そうであったか。なに緊張することはない、気楽に構えたまえ」
ルルには家名がない、つまりは奴隷を意味してしまう。しかし、ロッダが気をきかせて適当な家名を与えてくれた。
「それじゃあ、コルーさん。さっそくですが、一緒に旅、しませんか~?」
「ははっ。故郷を離れてから十年、誰かに一緒に旅をしようなど誘われるとは思わなかった。本当に構わないのか?」
「はい~。ねぇルルさん」
「もちろんです」
「そうか、ならばお願いしよう。これからよろしく頼む」
魔法使いのコルー-ハートマンさんがこれから一緒に旅をすることになった。昨日はルル、今日はコルーと、いっきに人が増えた。
「鍋、大きなものを買って正解でしたね」
「そうですね~」
「次はどこに向かう予定なのだ?」
「えっと~」
テーブルに大きなゼルン王国の地図を広げた。現在地はここと言って指差したのは国境に近い東の外れトーカフ。
「次はここを目指します~」
「ほう、テルペか。では、ゼルンを出るのか?」
「はい~」
「お客さんたち、旅仲間だったのかい?」
料理を運んできた宿屋のおばさんが訪ねてきた。
「はい~、ついさっきからです~」
「そうかい。テルペに行くのかい?」
「そうですよ~」
「この町からテルペまではいいんだけとねぇ。テルペからシスカテル方面の道は賊が多いんだよ」
「そうなのか?」
「そうそう、最近も何人もの旅人が襲われてるって噂だよ。お客さんたち、気を付けな」
「そうですか~、教えてくれてありがとうございます~」
ゼルン王国国境にある辺境の町テルペ。トーカフよりも荒くれも多いと噂だ。しかし、あまり開拓の進んでいないテルペ周辺は、賊のアジト跡地、未探索の遺跡や洞窟などが確認されている上に、大型の獣など強敵もいるので一攫千金狙いの探検家や腕試しで冒険者が集まる活気ある町だ。
「なーアニキぃ、やっぱあーいうのダメだって、やめよーぜ?なぁ」
「そうだな…」
宿屋に先ほど襲いかかってきた三人組がやってきた。先に気付いたのはルル達だった。
「あ、あの人達って」
「ぁあ?あんたらはさっきの!」
「なんだ貴様等、また我輩の魔法を受けてみたくなったか?」
「ま、待て!そんなつもりはねぇ!」
「ついてないっすね、アニキ」
「黙ってろ。なぁあんたら、あの、さっきは…すまなかった!ほれ、おめーらも頭下げろ」
荒くれ三人は頭をついて謝った。そんなことになるなんて思いもしなかったコルーは頭に花が咲くという変な魔法を発動させてしまった。
「ラニヒです~」
「ラニヒ?」
「花の名前ですよ~。花言葉は疑心です~」
どうやら頭に咲いた花はラニヒらしい。それはさておき、何故か三人組のリーダー的な人が話始めた。
「やっぱり疑ってるよな。…俺達、前科持ちでよ。つい最近に牢屋から出たばかりなんだ。改心して真面目に仕事を探したんだ。でも、知ってるだろ。手首の刺青、罪人の印だ。こいつがあるせいで誰も相手にしてくれない。まあ、当たり前だけどよ。それで途方にくれてたらたまたま耳にしたんだ。レドル銀貨を持った若い旅人が町に来てるって、それで…。すまねぇ!本当に心から悪かったと思ってる!許してくれとは言わねぇ。だが!こいつらは見逃してやってくれ!」
「アニキ!」
「おい!」
「頼む!衛兵に通報するなら俺だけにっ!」
「我輩が判断することではない。ロッダ、どうするか?」
「ロッダさん…」
こんな状況にも関わらずロッダはコルーの頭に咲いたラニヒを摘んで愛でていた。それはもう穏やかな表情をしていた。
「アニキさん」
「っ…」
頭を床にびったりつけて頼み込むアニキは静かに、ただロッダの言葉を待った。
「なんで謝ってるんですか~?僕はまったくその理由が分かりません」
「それは、俺達が路地裏であんたを」
「アニキさん達はただ僕らと話していただけです~。そこへやってきたコルーさんが不器用なばかりに間違って魔法が発動して、アニキさん達は驚いて逃げていった。それだけですよ~」
「…あんた…っ!」
ロッダの言葉はどれも遠回しにアニキ達に罪はないとするものばかりだった。アニキ達は溢れた思いが涙となって流れ落ちた。
「すまねぇっ。本当に、ありがとう…」
「泣かなくてもいいのに~」
「人に優しくしてもらったのは、もう何年ぶりか分からねぇ。ありがとう、ありがとう…」
「大男よ、戦え」
「…ぁあ!もちろんだ!」
何度も何度もお礼を言って彼らは宿屋を後にした。
「コルーさん~」
「なんだ?」
「戦えって、なんですか~?」
「あぁ、あれは、貧民や奴隷のスローガンのようなものだ」
「…運命に抗え、人よ戦え」
「おぉ、詳しいな。それが全文だ」
「ルルさんすごいですね~」
「いえ、」
貧民と奴隷のスローガンを教えてくれたのはやはり名付けのおじいさんだった。
「ところで話を戻すが、テルペへはいつ出発するのだ?明日か?明後日か?」
「明日の予定です~。今日一日でトーカフはいろいろ見れたので~」
「そうか、分かった」
窓の外はもうすっかり日が沈み真っ暗だった。三人は明日に備え、今日はもう休むことにした。
早朝、まだ町には出歩く人もいない日が差し込みはじめて間もない時間に宿屋の食事処では朝食を食べる三人の姿があった。
「あんたたち、随分早起きだねぇ」
「ありがとうございます~。こんな時間に朝食を作ってもらって~」
「いやぁ、いいんだよ」
実は、もっと早くに起きていてすぐに旅に出るつもりだった。朝食も途中でお腹すいてからという予定だったのだが、宿屋のおばさんに見つかってそれなら作るから食べてきなと振る舞ってくれた。流石に無料ではないが。
「ごちそうさまでした~」
「実に良い味だった」
「満腹です」
「そりゃあ良かった」
そして、宿屋を出ようとしたらおばさんが見送りをしてくれた。
「それじゃあ、行ってきます~」
「あぁ、気をつけて行ってきな!」
宿屋を離れ町の外へ続く街道を歩き始めた。町にはようやく人がちらほら出てきて活気が戻りつつある。そして昨日、ルルの服を買った服屋の前を歩いていたら二階の窓から店長の声が聞こえてきた。
「あらぁ!もう次の町へ行ってしまうの~?」
「あ、そーで~す!」
「そう、行ってらっしゃい」
「あの、ラーナさんは?」
「あの子ならまだ寝てるわ。そうそう、お嬢さん、自分に自信を持って生きるのよ!」
「…はいっ!」
元気いっぱいの返事に店長はウィンクを返した。互いに手を振り合って別れを惜しんでいたら、今度は後ろから大声でロッダを呼ぶ声が近づいてくる。
「ロッダさーーん!」
「アニキぃー!待ってくださいよー!」
「速すぎるアニキ…」
あの大男三人組だった。
「アニキさん~。どうしたんですか~?」
「宿屋に聞きました。旅に出るんすよね。実は俺達も旅に出ることに決めたんです」
「お~、いいですね~」
「いつかまた、どこかでばったり会ったときはあのときのお礼、させてもらいます」
「は~い。分かりました~」
「それじゃあ、お達者で!」
三人はまだ知らないが、アニキは本当にアニキという名前らしい。
そうして、はじめて旅人として訪れた町トーカフを離れ次の町、テルペを目指し歩き始めた。
「トーカフ、いい町でしたね」
「そうですね~。住みたいくらいです~」
「これから向かう町もトーカフのような町ばかりであるとよいな!」
新たな旅路。朝日に照らされた朝露がキラキラと美しい草原の一本道。軽快に歩く三人に追い風が吹く、そして白い花びらが美しく舞った。




