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33話 中間テストの結果

 千城高校における一学期の中間定期考査が終了して約一週間。

 六月に入り外は夏を感じさせるとともに湿り気を多く含む梅雨特有の空気になってきていた。

 皆が着ている学生服も夏服となり、春の終わりを見た目でも告げていた。


 そんな教室内の空気はやや緩んでいる。

 テスト期間中は中学時代よりも難易度の上がったテストに一部の生徒で阿鼻叫喚の巷が作られていたものの、終わった今となっては張り詰めていた緊張の糸がほつれたのだろう。


 そのテストの出来はというと赤司が持ち込んだ過去問に取り組んだ佐助は試験に冷静に取り組むことに成功し、試験後に返ってきた結果も満足のいく結果だった。

 その事に佐助もひとまずは安堵していた。


 というのも、多少の成績の維持はこの任務を継続していくための条件なのである。


 佐助は影の世界の住人――忍者である。

 現在の任務は同じく千城高校に通う各務遥香の護衛。

 そして、その依頼主は遥香の祖父に当たる各務虎太郎である。


 虎太郎は様々な所に影響がある人物だ。

 それはこの千城高校も例外ではない。

 例えば、虎太郎の口添えで入試を突破することは難しくはなかった。

 つまり、裏口入学である。


 しかし、虎太郎はそれを良しとしなかった。

 遥香の近くにいるなら、忍者として以外にもそれ相応の実力を身につけろ。

 それが虎太郎からの達しだった。


 そうでなくても定期考査で赤点ばかりでは虎太郎もいずれ庇いきれなくなる。

 故に佐助は入学試験も今回の定期考査もなんの不正もせずに独力で乗り切ったのだ。


 そうは言っても在学中は何度もこれが続くことになる。

 佐助は変わらず遥香の護衛の傍ら勉学に勤しんでおり、授業もこれまでと変わらず真面目に受けていた。

 その今日の授業も間もなく終わる。


「それじゃ、今日の授業はこれで終わり。これから学年順位が張り出されるが、毎回混み合うので時間をずらして行くようにな」


 本日の授業も終わる旨と共に注意事項が先生から伝達された。


 定期考査の結果も出揃い、その総点数で成績上位者の順位が張り出されるのだ。

 佐助の点数は虎太郎から言い渡されている基準は上回っており順位自体にそこまで興味はない。


 しかし、他のクラスメイトはそうもいかないようだ。


「よっしゃ! 見に行こうぜ!」

「お前はどうせ載ってないだろ」

「いいんだよ! 自分に関係なくても祭りの時は騒ぐのが俺の信条だ!」


 前の方の席では赤司と他のクラスメイトでこんなやり取りが行われている。

 学年順位の張り出しが祭りかと問われると首を捻らざるを得ないが、関心を引くのは理解はできなくもない。

 現に赤司以外にも各所でそんな雑談が行われている。


「佐助くんは見に行かないの?」


 佐助が席から動かずに周りの話に耳を傾けていると隣から鈴のような声が聞こえてくる。


 声の主は各務遥香。

 艶のある栗色の髪を長く垂らした佐助が護衛を任されている少女である。


 声の方を見れば既に遥香の机の上は整理されており、いつもの穏やかな表情を佐助に向けている。


「俺はあまり興味がない。名前が載るほどの成績でもないしな」

「そうかな? 佐助くん、すごく頑張ってたし載ってるかもしれないよ」

「どうだろうな」


 確かに点数は佐助の満足できる結果ではあったがそれが成績上位に食い込めるかと言われるとまた別だ。

 名前が載るのは上位百名だったはずだ。

 一年の生徒数が約四百名なのでおよそ全体の四分の一程度。

 名前が載る上での競争率は高すぎもしないが低くもない。


「各務の方こそ載っているだろう。見に行かないのか?」

「うーん、私は他の誰かが行くなら行こうかなってくらい。人多いみたいだし」


 遥香は佐助の言葉を否定するでもなく、かといって鼻にかけるわけでもなく何ともなしに言う。


 遥香は過去に全国模試でも上位に入ったほどの秀才だ。

 一年最初の定期考査くらいわけないだろう。


 テスト期間中は遊びに行ったりもせずに家でしっかり勉強していたようだし、今回も大きな問題はないだろう。

 お陰で佐助も放課後の時間を勉強の時間に充てられたものだ。


「佐助! 順位見に行きましょ!」

「あ、クロエちゃん」


 勢いよく話に割ってきたのはクロエ・エドワーズ。

 親日家の留学生で、あまり公にはしてないようだが某国大統領の娘である。

 少し癖のある金糸のような髪に西洋人形を彷彿とさせる整った容姿。

 そんなクロエは何をとち狂ったのか佐助に好意があると公言しており休み時間や放課後にこうしてよく声を掛けてくるのだ。


「俺は興味がない。俺抜きで行ってきてくれ」

「私は佐助と行きたいんです」

「誰と行っても同じだろう」

「私の中では違います!」


 クロエは誤解があったとはいえ佐助が一時敵意を向けた相手でもある。

 失礼なようだがそんな相手から好意を向けられるというのは中々に不気味でそれ故に少し突き放したような言い方になってしまうのだ。

 しかし、クロエはそんな佐助の言い方を気にするでもなく佐助の机を叩いて自らの主張を崩さない。


「これこれ佐助っちや。女の子がこうしてお願いしてるんだから無下にしてはいけないよ」

「……千浪か」


 クロエの後ろから妙に老齢な表情を作って佐助を見るのは千浪依織。

 夜空のような黒い髪に、銀のメッシュを差し込んだ頭が特徴のクラスメイトだ。


 指定暴力団の組長を親に持ち、依織はその愛娘にあたる。

 生家の影響か裏の世界の事情もある程度知っており先日ふとしたきっかけで佐助が忍者であることが露呈してしまったのだが、依織の厚意もあり他人に言いふらすようなことはしていないようだ。


 また、何を思ったのか佐助に恋愛指南をしようとしているらしい。

 そんな話をしてから、こうして時たま助言のようなことをしてくるようになったのだ。

 その助言が実際に役立つものかは判別がつかないのだが。


「それじゃあみんなで行こうよ。佐助くんも、ね?」

「そうしよそうしよー」


 遥香が提案し、依織は拳を掲げて賛成する。


 遥香がそういう言うのであれば佐助としても否やはない。

 どうせ護衛対象の遥香が行く所には佐助も行くのだ。


「……了解だ」


 とはいえ、乗り気ではないことに変わりはなく佐助は頭を掻きながら了承するのであった。


 $


 学年順位を見に行くことにはしたものの、佐助達はしばらく時間を置いてから教室を出ることにした。

 学年順位が張り出されている場所はこの一年生の教室が並んでいるこの五階の廊下なのだが、人に揉まれてまで見に行く気には到底なれず、佐助から時間を置いて行こうと提案した次第だ。

 人の多い場所では何があるかは分からないため護衛上もその方が好ましい。


 佐助の護衛事情は遥香の前で言うわけにもいかないが、ともあれ時間を置くこと自体には他の面々も同意のようだ。

 女子達は一応部活に所属しているものの、それぞれ文化部で時間の制約もあまりないようだ。

 佐助は帰宅部なので、元々時間に制約はない。


 そういった背景もあり途中から由宇も加わってしばらくの間雑談をして時間を潰していた。


「東京見学は何か持っていった方がいいものってあります?」

「うーん、なんだろ。特にはないんじゃないかなぁ。お土産買うなら荷物は減らした方が帰りは楽そうだよね」


 今の話題は今度行われる東京見学についてのようだ。

 クロエは日本での大きな学校行事は初めてなので気になるらしい。


 遥香の助言にクロエは得心するように頷く。


「確かにそうですね。手ぶらで行きます!」

「最低限の物は持った方がいいとは思うよ……?」


 高校生とはいえ女性は女性だ。

 何かと物入りだろう。


「佐助は何かアドバイスありますか?」

「……俺か?」


 唐突な質問に佐助は戸惑う。

 そう言われても、女子の持ち物など分かりはしない。

 佐助にできることは自分に照らし合わせて考えることだけだ。


「……そうだな、慣れない場所に行くのだから準備は必要だろう」

「例えば?」

「朝の電車はかなりの混雑が予想される。女子なら痴漢対策はしておいた方がいいだろう」


 佐助達が千城高校に通う電車は下り電車だが、東京は当然ながら上り電車だ。

 朝も早い。

 満員電車に乗ることになる。


「荷物とは違うが、当日は疲れにくい靴の方がいい。座れる時間も多くないだろう」

「おお、佐助っちが割とまともなことを言ってる」

「人を変人みたいに言うな」


 依織が揶揄してくるが、むしろいつもまともなことを言っているつもりだ。


「最近は暑くなってきたが、だからといって薄着すぎるのもよくないな」

「なんで?」

「例えば通り魔に切り付けられたことを考えると、布でも何枚かあれば幾分マシだ」

「前言撤回だよ。いきなり通り魔とかぶっ飛びすぎ」


 依織は一点して白けた目を佐助に向ける。

 しかし、佐助はこれが飛躍した話だとは思っていないのだ。


「人が多ければリスクは単純に増す。通り魔じゃなくても治安が悪くなると言えば分かりやすいか」

「うーん、まぁそれは確かに」

「オリンピックの開催も近付いてきているし、テロへの警戒も怠れない」

「やっぱり前言撤回だよ」


 一瞬信用が回復したように見えたが、それもすぐに失ってしまったようだ。


 佐助がこれら危険性に対しての重要性をどう伝えようかと考えていると、依織は話を逸らすように話題を変えた。


「で、そろそろどうよ? 佐助っち。人減った?」

「……まだそれなりにいるが、授業が終わってすぐよりは大分マシになったな……というか、人を便利な道具みたいに使うな」

「だってわざわざ見に行くの面倒なんだもん」


 依織の質問は順位が張り出された掲示板の人集りの様子を気にしてのことだろう。


 佐助は鍛えられた五感により周囲にいる人の気配を察知することができる。

 それは以前依織の前で披露した技能でもあり、こうして依織から聞かれているというわけだ。


 佐助達の教室はコの字型になっている新校舎の先端にあり、学年順位が貼られている掲示板は校舎の中央に位置している。

 目視で状況を確認するためには廊下の曲がり角にまで行く必要があるため確かに面倒はある。


 そこまで遠くの場所を聴覚のみで人の数を数えるのは非常に難易度は高いが正確にとはいかないまでもある程度の人数は分かる。

 部活をやっている者達は既に掃け、残っているのは後発組や暇を持て余している者達だろう。


「すごい特技だよねぇ。どういう耳の構造になってるんだろう?」

「遥香、こういう時のなろう系ヒロインは『さすがは佐助くんだね!』って言うものです」

「な、なろう系……?」

「流行の小説サイトのことだわね」


 遥香は佐助の技能を目の当たりにして、学術的な興味を抱いているようだ。

 クロエの指摘している内容は佐助も理解に苦しむが、依織の補足である程度のことは理解した。

 佐助も小説を読むことはあるが、紙の本しか読まないのでその中身がどのようなものかは分からないが。


「ま、とにかくそろそろ行きますかっ!」


 雑談のために近くの席を借りていた依織が勢いよく立ち上がる。

 それに倣って全員が立ち上がり、先導する依織の後を追うのだった。


 ここまでお読みいただきありがとうございます。

 オリンピックの開催が延期になってしまいましたね。。。

 次回「侍る忍者」

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