31話 流星の身内
突如として皆から離れた依織を追うと、そこには交戦している外国人の男――ガンマと日本人二人の姿があった。
事情は分からないが依織もそこに介入している。
由宇から頼まれた手前、このまま放置するというわけにもいかない。
「お前達、ここで何をしている」
佐助は役者がいる小さな公園の中へと飛び込み全員に聞こえるように声を出す。
突如として現れた部外者である佐助にその場にいた全員の注目が集まる。
「なんだぁ?」
「さ、佐助っち!?」
『お前は……!』
日本人の男からは訝しげに。
依織からは純粋な驚きを。
そしてガンマからは敵意を込められた視線を。
『今日は敵対するつもりはない。しかし、事情は分からないが一旦その辺にしておけ』
佐助は英語で話しかける。
無駄な争いをするつもりもないので敵意がないことを示すことも忘れない。
この場で最も強いのは佐助を除けばこのガンマだ。
ひとまず場を収めるならこの場の支配権を持つ者に交渉するのが手っ取り早い。
『おいおい、日本のニンジャとヤクザは友達なのか?』
この言葉で佐助はおおよその状況を理解した。
つまり、日本人二人は依織の身内なのだろう。
依織の父は暴力団――ヤクザの組長であり、この二人はその構成員ということだ。
それであれば依織が倒れている方の男を介抱している理由も説明がつく。
それ自体は目の前のガンマも察していることだろう。
とはいえ、ガンマの先の言葉は正しくはない。
『俺とこっちの男二人は無関係だ。俺が用事があるのは女の方だ』
『うちの天使様のハートを射抜いておいて、別の女にも手を出しているのか。色男め』
ガンマが言っている天使とは、おそらくクロエのことだろう。
クロエのことは佐助の意志とは無関係であり依織ともそういった類の関係ではない。
薮を突かれている気分になって佐助の口から思わず溜息が零れる。
『俺と千浪はそういう関係ではない。その天使様とやらともな』
『ハッ。どうだかな』
佐助は否定をするもガンマはそれを真に受けていない様子だ。
「お嬢、一体こいつは何者なんです?」
「私のクラ……知り合いの武術の達人。めっちゃ強いからとりあえず任せておいて」
佐助がガンマとやり取りしている間に依織からヤクザの男に情報共有がなされる。
確かに学友と紹介されるよりはこの場における印象は変わってくるが、なんとも抽象的な紹介である。
訝しげな視線をヤクザの男から感じるが特に口を開こうとはしていないので素直に任せてくれるらしい。
ヤクザの男と交渉する手間は省けたのは助かった。
『退く気はあるか?』
『そこの娘は天使様の友達みたいだからな。今日の所は退いてやる』
『話が早くて助かる』
どうやらガンマも素直に退いてくれるらしい。
元々期待はしていたがガンマもクロエの交友関係は調べているようだ。
今回は荒事にならずに済みそうだ。
佐助はそのことに素直に安堵する。
過去に対峙して勝てている相手とはいえ前回はほぼ奇襲による勝利だ。
正面から戦えばまた結果は変わる可能性はある。
『一応言っておくが、こっちは売られた喧嘩を買っただけだ。次に同じようなことがあるなら容赦しない』
『……伝えておこう』
ガンマはこれだけ言うと公園の外へと歩を進める。
「あ、おいちょっと待――」
「おバカ!! ヤスはちょっと黙ってなさい!」
「だけどよ!」
「うっさい! いいから言うこと聞きなさい!」
途中、ヤクザの男――ヤスがガンマを止めようとしたが依織がそれを制止した。
ガンマは一瞬声に反応して振り返るも、それを無視して再び歩き出す。
やがてガンマは夜の闇へと紛れていった。
「……も、もう大丈夫?」
「ああ、今回は退くようだ」
ガンマの姿が見えなくなり依織が不安そうに口を開くが佐助の言葉を聞いて一気に肩の力を抜いた。
「ふぃ〜佐助っち、ありがと」
「礼はいらん」
佐助は元々はここに来ないつもりだった。
ここに来たのは由宇の後押しがあったからに他ならない。
「それにしても、めっちゃ英語ペラペラじゃん。正直ビビった」
「褒めても何も出ないぞ。それよりも危険なことに足を突っ込むな」
「うっ……」
依織の力が抜けたのも一瞬で、佐助に注意されて再び依織の顔が固くなる。
「てめぇ、お嬢に偉そうな口利いてんじゃねぇぞ」
佐助の態度が気に入らなかったのだろう、ヤクザの男が佐助に横槍を入れる。
まるで昭和の活劇を思わせる所作だ。
足を蟹股にして肩肘を張り下から睨みつけるようにしている。
正直、これに付き合うつもりはない。
佐助は男を無視して依織に話しかけた。
「……彼らは千浪の家の者か?」
「うん、そうだよ」
「おいこら無視してんじゃねぇ」
「ヤスはちょっと黙ってて」
ヤスは依織に睨まれると、舌打ちをして不承不承引き下がる。
「先ほどの外国人の男が言っていた。自分は喧嘩を売られただけだと」
「……どうなのよ、ヤス」
「黙ってりゃいいのか喋ればいいのかハッキリしてくだせぇ」
確かに黙ってろと言われた次に質問が来たらこうも悪態を吐きたくなるだろう。
それには同情したくなるが、佐助の本音としては継続して口を閉じていてほしかった。
「下手にそちらの事情を知りたくはない。俺は頼まれた伝言を伝えただけだ。奴は強い。迂闊に手を出せば痛い目を見ることになるだろう」
「くっ……!」
佐助の言葉にヤスが歯噛みする。
実際にガンマと対峙してその強さが分かっているからだろう。
なにせ佐助が電柱の上から見ていた時は二人とも元気だったのに、公園に着くまでの十数秒で一人は撃沈したくらいだ。
「そう言えば、あの人は佐助っちの知り合い?」
「……いいや、知らない男だ」
佐助は咄嗟に嘘を吐いた。
ガンマとの会話は英語で行っている。
英語が苦手な依織には、おそらくはその会話の全容までは伝わっていないだろう。
あまり裏の繋がりは知られたいことではない。
佐助にとって用意していない言い訳をするのは非常に苦手な分野ではあるが、できれば誤魔化したい所だ。
「なんて話してたの?」
「俺からは喧嘩はやめておけと。後はさっき伝えたことくらいだ」
実際は少し余計な雑談は挟んでいるが内容に偽りはない。
「あれ、でも他にも言ってたよね。ヤクザと……あ、あと忍者!」
不覚にも依織の大きな言葉――何よりもその内容に驚いてしまい、その言葉に佐助の肩が僅かながらもぎくりと震える。
言われてみれば、ガンマはそんなことを口走っていた。
そして、忍者とヤクザは英語にしても忍者とヤクザである。
いくら英語が苦手でも、これを聞き取れない日本人はいないだろう。
ガンマに佐助の事情を汲んで言動する義理などないが、余計なことを言ったことに文句が言いたくなる。
そんな佐助の心情など気にもせず、依織は目敏くも佐助の肩が震えたのを見逃さなかった。
「なにその反応」
「……いや、なんでもない」
「なんか知ってるんでしょ」
「……知らん」
湿った目で迫り来る依織に思わず尻込みしてしまう。
このまま話題を引きずるのは具合が悪い。
「ともかく、俺は千浪の様子を見に来ただけだ。安全は確保できたから帰るぞ」
「おい! 露骨に話逸らすな!」
佐助は要件を済ませた旨を伝えて踵を返す。
依織が何か言っているが無視だ。
「ちょっと、置いてかないでよ!」
「帰りの道中が心配なら家の者に送ってもらえばいいだろう」
「そうですぜ、お嬢!」
そそくさと公園を出ていこうとする佐助に依織がついてこようとする。
ここには依織の身内がいるわけだし、こうして一悶着あったのだから身内だけで話したい内容もあるだろう。
それにはヤスも同感のようだ。
「こんなのと歩いたらパパ活だって思われちゃうかもじゃん! ヤスはチョウを起こして二人で帰ってきて!」
「こんなの!?」
未だ気を失ってる男の方はチョウというらしい。
確かにヤスの風体は年若いとは言うには程遠い。
ヤスと私服とはいえ女子高生である依織の組み合わせは、見る人が見れば誤解されかねないだろう。
「……仕方ない。駅まで送ろう」
「ありがと」
佐助は不承不承、依織の同行を許すことにした。
依織は一瞬素直な笑顔を向けるも徐々に口端が上がって行き、その口はやがて夜空に浮かぶ三日月と同じ形になった。
「にひひ、二人きりだね」
その顔を見て、佐助は嫌な予感を覚えずにはいられない。
この顔をする時の依織は何かを企んでいる。
その程度のことが分かるくらいには佐助も依織と交流してきたつもりだ。
「……さっさと行くぞ」
依織に返す言葉が見つからず、佐助は足を進めながら早く駅に向かおうという提案しかできない。
それには依織も同意のようで少し離れた位置から小走りで佐助の隣に並び、二人で公園の外へと出る。
「酷いですぜ……お嬢……」
公園には、未だ依織から言われたショックを引きずっているヤスだけが残されたのだった。
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