25話 とある日の昼食現場
お待たせしました。
更新再開です。
今回は五話ほど更新する予定です。
千浪依織は目の前の光景に狼狽していた。
ここは千城高校の中庭。
遥香とクロエが佐助を昼食に誘ったことをきっかけに由宇、赤司、和泉、そして依織と東京見学の同行班の七人で昼食をとることになった。
では東京見学についての話合いが行われているかというと……まったくそんなことはない。
依織の黒い瞳には二人の美少女を侍らせながらも無愛想にしている顔が映っている。
その顔を持つ男の名前は朧佐助。
手入れをしているとは思えないボサボサの黒い髪のぶっきらぼうな男。
「佐助、フルーツサンド食べますか? とってもおいしいですよ」
「甘い物は好かん」
「もうっ。つれないですね」
佐助の右隣にいるのはクロエ・エドワーズ。
少し低めの身長に、人形のような整った容姿。
この四月から日本にやってきた留学生で、金髪碧眼という日本人の女子なら誰もが一度は憧れただろう特徴を兼ね備えている。
同性の依織から見ても天使のような可愛さで、学内でも男女問わず人気のある美少女だ。
おまけにその低身長には似合わない巨乳の持ち主でもある。
依織が体育の際に直接触らせてもらった感想を述べるならマシュマロのようで……
いや、これ以上は秘密だ。
ともあれ、佐助に差し出されたフルーツサンドはわざわざクロエがかじった部分が向けられている。
これにはあざといと言わざるを得ないが、だとしてもこれに抵抗できる男はいないだろう。
目の前の朴念仁を除いては。
生クリームのような甘い笑顔のクロエに対し、佐助の方は相変わらずの仏頂面だ。
しかも差し出されたフルーツサンドを断るときている。
こいつは今、全男子を敵に回した。
「ぐぬぬ……!」
実際に、依織の隣にいる赤司は歯ぎしりしながら二人のことを見ている。
女子の依織とて気持ちは分かる。
その一方。
「佐助くん、ちょっとお弁当作りすぎちゃって。少し貰ってくれる? もう食べ終わってるみたいだし」
「む……そういうことなら頂こう。かたじけない」
佐助の左隣にいるのは各務遥香。
背中まで伸びた長い栗色の髪は艶やかで、丁寧に手入れされているのがよく分かる。
クロエとは対照的に、平均よりもやや高身長。
日本人離れしたお姫様のような可憐さで、千城高校の守ってあげたい女子ナンバーワン。
彼女の人気の根源はその容姿ではなく、その優しさだ。
男女の垣根を問わずに振る舞われる優しさと、聖女のような笑顔は多くの者を魅力する。
ちなみに遥香もクロエに負けず劣らず胸が大きい。
依織の手には収まらない溢れんばかりの綿菓子のような……
いや、これは言葉で表現できる内容ではない。
ともかく、その遥香は手作りと思われるお弁当から彩色豊かなおかず達を弁当箱の蓋を皿代わりにして乗せている。
「あ、お箸もあるよ」
遥香は弁当箱を入れていた可愛い袋から予備らしき箸を持ち出して佐助に手渡す。
なんと用意のいいことだろう……というか、今日この時のために用意してきたのだろう。
わざわざ二膳の箸を持ち歩く者など普通はいない。
つまり、多く作った分は佐助に分ける前提で作られており、そのための予備の箸なのだ。
遥香と昼食を一緒に食べることがよくある依織だからこそよく分かる。
遥香の弁当は普段よりも五割増くらいのボリュームだ。
いつもの弁当箱とも違い、二段式の弁当箱である。
ここまでとなるとぶっちゃけ重い気もするが、これが遥香なら全てを許せる。
ここまでされて、嫁に来てくれと言わない男などいないだろう。
この朴念仁以外なら。
「どう? おいしい……かな?」
「うむ。うまい」
「えへへ。よかった」
無表情で口を動かす佐助の横顔を見ながら、遥香はへにゃりと頬を緩ませ目を細める。
こんな笑顔を向けられて、どうしてこんな無愛想でいられるのか。
この幸せを享受しようという気概が佐助から感じられない。
「ちくしょう、俺と代われ……!」
隣の赤司からはひしひしと感じるのに。
依織ですら代わりたいと思う。
「むむ……遥香は料理も上手なんですね」
「上手ってわけでもないけど、作るのは好きだよ」
フルーツサンドを断られて悔しいのだろう、クロエは対抗心を燃やした目で佐助の手の上にあるおかず達を見ている。
「佐助は何か好きな食べ物はありますか?」
「……和食は好きだな」
「ぐぅ……和食ですか」
和食と聞いてクロエが尻込みしているようだ
多分、クロエも何か手料理を振舞おうとしているのだろう。
とはいえ、外国人のクロエにとって和食にハードルの高さを感じるのは想像できる。
「クロエちゃん、興味あるなら今度一緒に作ろうよ。私が教えられることなら教えるし」
「いいんですか? もし遥香さえ良ければお願いしたいです」
「もちろんっ」
「本当ですか! 嬉しいです!」
それにしても、遥香とクロエの仲がいい。
こうして佐助を挟んで二人で何度も楽しそうに会話している。
水面下で火花が散っている様子もない。
遥香は佐助のことが好きなはずだ。
そのくらいは依織にも分かる。
クラス会での一件をきっかけに、逢坂の件でダメ押しという感じだろう。
そこから明らかに遥香の佐助を見る目が変わった。
なのに遥香からクロエに敵意のようなものは感じない。
最初こそ驚いていたが、途中からいつもの穏やかな笑顔に戻っている。
対するクロエも遥香が佐助のことを好きなのは分かっているはずだ。
というより、分かっているに違いない。
先ほど佐助が好きだと宣言した時、クロエは佐助ではなく遥香を見ていた。
あれは明らかな宣戦布告だ。
「あ、遥香もフルーツサンド食べますか? お礼だと思って」
「わあっ、ありがとう。じゃあ私もお裾分け」
「サンクス」
「あ、でもお箸がないや」
「手で食べるので大丈夫ですよ。気にしないでください」
遥香は「ごめんね」と言いつつ、二段式弁当箱の中蓋を先ほどと同じように小皿代わりにして、クロエに渡した。
恋敵同士の二人が仲良くする姿は、はっきり言って異様である。
二人とも性格が良いのは依織も知っているが、それにしたって程度があるだろう。
「私は……どうすればいいんだ……」
この光景を見て、依織は苦悩していた。
「どうしたの? 依織ちゃん」
「何か悩みがあるなら聞きますよ」
「あんた達のことで悩んでるのよー!」
そう、依織は悩んでいるのである。
元々、依織は遥香を応援するつもりだったのだ。
クラス会で遥香が佐助に助けられた時の話を聞いて、これは面白そうだ……もとい、お似合いかもしれないと考えた。
逢坂達との一件もあり、遥香は完全に佐助を好きになった。
そこにクロエの告白である。
依織はクロエとも仲が良い。
何がどうなってクロエまで佐助を好きになったのかは分からない。
しかし、みんながいる場で自分の気持ちを伝えるくらいなのだから、そこに偽りはないだろう。
大好きな二人が恋敵になり、まさかこれからドロドロの愛憎劇でも始まるのではと当初は戦々恐々としていたのだが……
「なんであんた達そんなに仲いいの!」
「千浪さん落ち着いて。言いたいことは何となく分かるけど、それはむしろ良いことだ」
思わず口から出た言葉に、和泉から指摘が入る。
確かに仲が良いこと自体はいいことだ。
仲が悪いよりよほどいい。
「俺は朧がハーレムみたいになってるのが羨ましい! 代われ!」
「代わろうとして代われるものじゃないと思うよ。ほら」
依織に釣られたのか、赤司も現状への文句を告げる。
ハーレムという言葉に反応したのか遥香は顔を真っ赤にして俯いている。
その様子を見れば、佐助以外に同じことはしないだろうことは容易に分かる。
赤司も和泉にその様子を顎で示されれば、歯噛みして悔しがるしかない。
クロエに至っては公然と好意を示した手前だろうか、平然としている。
「俺としては是非代わって欲しいのだが」
「うるせー! 文句言うな!」
「代われと言ったのは赤司だろう」
ハーレムを形成している佐助が代わると申し出ても嫌味なのである。
そもそもクラス内どころか学年、あるいは学校全体でも一二を争う美少女二人を捕まえておいて、この言い草ははっきり言って酷い。
「はぁ、渦中の男がこれじゃあねぇ……」
「む、何か悪いことをしただろうか」
「そういうとこよ、この朴念仁」
依織は額に手を当てて溜息を吐く。
これではあまりにも遥香とクロエが報われない。
この男、自分がどういう状況にいるのかまったく自覚がないらしい。
「まぁそれは機会があれば教えるとして……」
目下の所、依織の関心は遥香とクロエである。
二人の心中がどうなっているのか、非常に気になる。
まさかこのままでいいと思っているわけでもないだろう
特に、先ほどの教室内でのクロエの告白はあまりの突拍子もなさで、佐助含むみんながどう処理すればいいのか分からず有耶無耶になってしまった。
本人達がこの状態で前向きなら問題ないかも知れないが、とりあえず気にはなる。
とはいえ、本人だけでなく他にも人がたくさんいるこの場で聞けることでもない。
結果として依織の関心はジトっとした視線となるだけに留まった。
二人は依織の視線に気付くことなく、未だにぎゃーぎゃー騒いでいる赤司を生暖かい目で見ている。
そこへふとクロエが「あっ」と何か気付いたように声をあげる。
「教えるで思い出しました。佐助、現代文と古文を教えてほしいんです」
「何故だ」
「そういえば、もうすぐ中間テストだもんね」
佐助の疑問に遥香が答える。
今は五月の半ば。
三学期制の千城高校では、一学期の定期考査がある時期だ。
「やっぱり現代文と、特に古文が難しくて。一人だと中々勉強が捗りません」
「クロエからしたらそうだよね。私も英語は全然ダメー。まー現代文と古文も得意ってわけじゃないけど」
クロエは英語圏からの留学生なわけで、彼女から見た時の外国語の難易度が高いのは想像できる。
日常会話はまったく問題ないように思えるが、それが勉強となればまた別だろう。
かくいう依織も英語が苦手科目だった。
他の科目も得意かと言われたらそうでもない。
受験勉強していた時から半年も経っていないが、残念ながらそれはもう記憶の彼方である。
そもそも範囲も違ければ難易度も違うわけで。
「そんなわけで、佐助に勉強を教えてもらいたいです」
「俺も人に教えられるほど勉強してるわけではない」
「でも毎朝勉強してるじゃないですか」
「あれは最低限の予習復習だ。それに朝以外の時間はほとんど勉強していない」
クロエの言う通り、佐助が朝のホームルーム前に教科書を開いているのは周知の事実である。
とはいえ、佐助の答えは依織にとってやや意外なものだ。
佐助は朝からクソ真面目に勉強している上に、放課後もさっさと帰ってしまうことがほとんどなので、さぞかし勉強しているのだと思っていた。
「じゃあ佐助っちは家帰ったら何してんの?」
「修練の時間に充てている」
「ほえー、結局真面目じゃん」
遊んでいるわけではないだろうとは思っていたが、まさか修練とは。
佐助は武術をしているらしいし、その実力の一端を見たことがある依織からすれば納得ではある。
「俺も放課後は部活ばっかだな!」
「知ってるし。ってか赤司には聞いてないし」
「俺も千浪には言ってねーよ!」
赤司は佐助にあやかろうとでも思ってるのだろうが、残念ながら依織だけでなく遥香とクロエも興味が薄そうだ。
赤司は二人の反応に気付かずに、顔を真っ赤にして続ける。
「ったく、んなこと言ってると過去問やらねーぞ? せっかく先輩からゲットしたってのに」
「きゃー! さすが赤司! かっこいい!」
「素直に喜べねーな!?」
我ながら現金だとは依織も思うが、過去問は喉から手が出るほどほしい。
依織は帰宅部なので、こういった伝手は存在しないのだ。
「クロエも困ってるなら渡すぜ。現文古文に限らずな」
「本当ですか? すごく助かります!」
「なんなら俺が教えてやっても――」
「あ、それは大丈夫です」
「なんでえ!?」
クロエは佐助に教えてほしいのであって、勉強がしたいわけではない。
赤司も根はいい奴だとは依織と思うのだが、ここを察せないのが本当に残念な男である。
「俺だってなあ! 俺だってなあ!」
「いや、赤司こそ普段の成績そんなに良くないから人に何か教えるの無理でしょうよ。この学校だって奇跡で受かったようなもんだし」
悔しそうにしている赤司だが、同じ中学だった依織にはお見通しである。
「運も実力の内だろうが!」
「あんたはクロエに何を教えるつもりなのよ」
いっそ気持ちのいい開き直りだが、運で人に何かを教えられるなら苦労はない。
「赤司は教えてもらう側でしょ」
「そこは否定しない」
「最初から素直にそう言っておけばいいのよ」
無駄にマウントを取ろうとするからこうなるのだ。
例えば英語をクロエに教えてもらうよう頼めば、無下にされないだろうに。
そこまで考えが至った時、依織の頭に妙案が舞い降りた。
「そうだ! いっちょ勉強会でもやりますか!」
そう、勉強会である。
クロエは佐助に勉強を教えてもらいたい。
赤司と依織も誰かに勉強を教えてもらいたい。
他の人も苦手科目のひとつやふたつあるだろう。
こういう時は助け合った方がいいのである。
「参加メンバーはここにいるメンツね」
クロエと佐助は一緒として、それなら遥香も一緒の方がいいだろう。
少なくとも表面上は二人の仲も悪く見えないので、あまり気を使う必要がないのは外野としても嬉しい限りだ。
遥香がいるなら由宇も参加することになる。
赤司は……いなくてもいいが、過去問の対価として呼んであげてもいい。
和泉は赤司が暴走した時に備えてのお目付け役だ。
それに、やっぱり遥香とクロエが気になる。
男連中がいない方が色々聞くには都合がいいが、その機会はいずれ作れるだろう。
佐助がいた方が二人も喜ぶに違いない。
あとは、とりあえずみんな一緒の方が楽しそうだ。
「たまにはいいこと言うじゃねぇか千浪!」
「うん、みんなで協力した方がいいよね」
真っ先に賛成してくれたのが赤司と遥香。
他の人もうんうんと頷いている。
一人、無表情を保ったままで考えが読めない男がいるが。
「佐助っちも、参加するっしょ?」
「俺は……そうだな。参加させてもらおう」
佐助は一瞬考える素振りを見せるも、参加の意思を表明した。
これで決まりだ。




