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19話 忍者は狙われる

 月のない夜の通学路。

 その一部だけは闇の世界へと化していた。


 人通りのない小道。

 街頭もなく、黒いアスファルトを照らすのは近隣の住宅から漏れる蛍光灯の光のみ。


「状況は分かるな? 両手を挙げろ。抵抗はするな」

「…………」


 佐助を尾行していた西洋人の男。

 その首元に佐助は冷たく光る金属を添えていた。


 男はしばらくその身体を硬直させていたが、徐々に両の手を上へと持ち上げていく。


「そうだ。ゆっくりとだ。手は頭に近付けるな」


 男は素直に佐助の言うことに従う。


「これから首の刃物を離す。ただし、下手な真似はするな。動けば斬る」


 佐助は首元に当てていた物を、這わせるようにして男の背中へと移動させる。

 その間も男は動かない。


「手はそのままにしろ。膝をつけ」


 男は佐助の指示に従い、ゆっくりと膝を地面につける。


「日本語は分かるな? 俺の質問に答えろ」

「…………」


 男は佐助の質問に答えない。


『俺の質問に答えろ。分かったら返事をしろ』

「…………」


 英語で問い掛けるも、男は佐助の質問に答えない。


『何故俺の後を尾けた。答えなければ斬る』

「…………」


 男はあくまでもだんまりを決め込むつもりのようだ。


 相手は玄人。

 この様子では簡単に口は割らないだろう。


 時間的な猶予はない。

 人通りの少ない道とはいえ、ここは住宅街。

 時間をかければそれだけ人目につくリスクは上がる。


 ――気絶させて、場所を移して尋問する。


 佐助がそう決意した瞬間。


「――っ!?」


 男の足元から金属音が鳴った。


 男は特に怪しい動きをしていなかったはずだ。

 佐助はそれを見逃すほど未熟じゃない。


 ――いや、今はそれどころじゃない。


 金属音が鳴った場所を見れば、まさに何かが落ちた所だった。

 拳大でパイナップル型の、鉄の塊。


「――こんな所で!」


 早く処理を――いや、今の装備では無理だ。


 佐助は瞬時にその判断を行い、全力で後退する。

 今いる小道から出て、曲がり角の壁に身を隠した。


「…………っ」


 安全な場所に退避して数瞬、耳に乾いた爆裂音が響く。


 しばらく様子を見ていたが追撃の気配はない。

 夜の道は閑静な通学路へと戻った。


「……くそ」


 佐助は小道の様子を見て、思わず悪態を吐き出した。


 爆裂音は想定したそれよりもよほど小さかった。

 爆発した場所に被害もない。


「玩具か」


 爆竹か何かだろう。

 それを手榴弾に似せた容器に入れて、爆発させた。


 男の姿は既にない。

 完全にしてやられたということだ。


 あの状態からどうやって玩具を起爆したのかは分からない。

 近くに人の気配はなく、仲間もいなかったはずだ。

 あるいは、佐助に気取られないほど卓越した使い手が仲間にいるのか。


「……手段は選ぶ手合いのようだな」


 本当の爆弾でなかったのは不幸中の幸いと言うべきだろう。

 中には表の世界に与える被害を考えない輩もいるが、今回は一瞬の騒音以外の被害はない。


 あくまでも逃げの一手として投じた物なのだろう。

 引き際もいい。


「……対策は講じねばなるまい」


 佐助はそう言いながら、手に持った自宅の鍵をポケットにしまう。


 敵に突き付けたのは暗器ではない。

 殺傷能力も何もないただの鍵だ。

 しかし、目に見えなければナイフを突き付けられているのと変わらない。


 今回、佐助もできるだけ穏便に済ませようとしていた。

 ここは住宅街でまだ日が落ちてから浅い時間。

 人通りがないとも限らないし、仮に他人に見つかっても騒ぎが大きくならないようにした。


 今回は互いに手段を選んだが次はどうなるか分からない。


 佐助は一層の警戒をして、再び通学路へと歩き出した。


 $


 翌朝。

 晴れやかな空の下、佐助は通学していた。

 もう五月に入ったがこの時間はまだ涼しさが残る。

 佐助は学校指定のブレザーをしっかりと羽織い、人の少ない通りを歩いていた。


 佐助の朝は早い。

 通学路にいるのはこれから出社するだろうサラリーマンや部活の朝練に行くのであろう同じ千城高校の生徒くらいだ。

 これがいつもの風景である。


 佐助は始業時間の一時間前には席について朝の自習を行っている。

 遥香の護衛の方はというと、この時間は由宇に任せることになっている。

 単純に放課後よりも朝の方が危険は少ないだろうということと、佐助が自由にできる時間を少しでも確保しようという依頼主の配慮からこうなっている。


 そうは言っても佐助は学生であることに変わりはないし放課後に自由にできる時間は少ない。

 それ故にこうして朝早くから登校して勉学に勤しもうとしているのである。


 一人で慣れた道を淡々と歩けばすぐに千城高校の校舎も見えてくる。

 途中、昨夜に佐助を尾行していた西洋人と出会った場所も通ったが何事もなかったかのように日常を取り戻していた。


 大きく構えられた校門を潜り、昇降口まで来て自分の下駄箱まで到着する。

 ローファーを脱いで上履きに履き替えようと扉を開けると異物が佐助の目に飛び込んでくる。


「……紙切れ?」


 下駄箱を開ければそこには佐助の上履きと見覚えのない紙切れが置いてある。

 メモ帳を雑に四つ折りにしたような感じで、開いてくれと誘っているかのようだ。


 佐助は周囲に誰もいないことを確認すると、その紙切れを取り出して中身を開いた。

 途端、佐助の眉間に皺が寄る。


『今日の放課後、旧校舎の屋上で待ってます』


 その文面を見て佐助は頭が痛くなるのを感じた。


 旧校舎の屋上。

 そこは、この千城高校で愛の告白によく利用される場所だった。


「またあそこか……」


 佐助はこれまでに何度か旧校舎の屋上へと行っている。

 主に遥香が呼び出され、告白されるからだ。


 ゴールデンウィーク前に五回。

 そしてその連休明けに一回。

 ゴールデンウィークが明けてすぐに遥香はまた呼び出されており、佐助も先日行ったばかりだった。


 由宇の話によればこうして下駄箱に手紙を置いて呼び出されるらしい。

 とはいえ、佐助に宛てられた物は初めてだ。

 改めて手紙をまじまじと見てみる。


 差出人の名前はない。

 紙は無地のメモ帳で特筆すべき特徴はない。

 文字はボールペンでの手書きで明朝体のような綺麗な文字で書かれている。


「どうしたものか……」


 佐助は開いた手紙を再び四つ折りに戻してポケットにしまい、教室に向かいながら考える。


 考えている内容はどうすれば行かずに済むか、だった。

 以前、依織に誘われた時のように直接話しかけてくれさえすれば断れる。

 しかし、こうして匿名で手紙を出されてしまえば断りようもない。


 かといって、無視して放置するのも寝覚めが悪くなりそうだ。

 佐助は忍者なれど一介の人間でもある。

 忍者として責務を果たすことの優先順位が高いことに変わりはないが、名前も知らない誰かでも一人で待ちぼうけさせるのも気の毒だとは思う。


「各務も苦労してるな」


 遥香が律儀に呼び出される度に屋上に向かう理由が分かった気がする。

 遥香はこうして呼び出されても毎回告白を断っている。

 正直、断るくらいなら行かなければいいのに、と佐助は思っていた。

 しかし人付き合いの悪い佐助がここまで頭を悩ませるのだから、対人能力の高い遥香が呼ばれて行かないわけがない。


「それにしても……だ」


 どうして佐助なのか。

 それこそ遥香なら分かる。

 同姓で言えば赤司や和泉の方が佐助よりも異性に好かれそうなものだ。


 その点、佐助は異性に好かれる要素がない。

 卑屈になっているわけではなく、これが正当な評価であると自負している。


 日常的な会話は得意ではないし身なりにもほとんど気を使っていない。

 先日生まれて初めてお洒落と言われる服を買ったくらいだ。


 一般的な運動は苦手ではないが部活等に入っているわけでもない。

 体育が男女別で行われる千城高校では佐助の運動能力を女子に見せる機会はほとんどないと言っていい。


 今まで他人から言われてきた評価も散々だ。

 謎の男、不愛想、しかめっ面、挙句の果てに危険人物だとまで言われている。


 これでどうして佐助に好意を抱けるというのか。


 考え事をしながら歩けば、目の前にはもう教室がある。

 佐助はドアを開けて誰もいない教室に入った。


「……またか」


 教室に入ってすぐに目についたのは落書きされた黒板だ。

 昨日佐助が教室を出る時にはなかったものなので、その後に誰かが書いたものだろう。

 女子が書いたと思われる丸い文字。

 よくもまあこんな砕けた文字が書けるものだと佐助はいっそ感心する。


 佐助は肩にかけていた学生鞄を自席に置いて黒板へと歩み寄る。

 放課後の落書きが朝残っていることは少なくない。

 これを消すことも佐助の日課だった。


 黒板消しを手に取りいざ落書きを消そうとした所で、ふと気付く。


「これは……」


 $


 同時刻。

 多くの人がひしめく電車内に由宇と遥香はいた。


 下り電車とはいえ通学する学生以外に社会人も多くいる。

 満員電車とまではいかないが、吊革の余りを数えられる程度には電車は混んでいる。


「そういえば、クロエちゃんが同じ班になりたいんだって。依織ちゃんから連絡あったよ」

「そうなんですか」


 由宇と遥香はこうして毎日一緒に通学しているが話題は事欠かない。


「これで七人班だね。由宇ちゃんはどこか行ってみたい所とかある?」

「私は……お陰様で色んな所に行かせてもらっているので。他の方に合わせます」

「でも、それって大体私とじゃない? みんなで行くから楽しい場所とかもあると思うのっ」


 由宇は幼い頃から遥香に奉仕していた。

 そして、その遥香は世界を代表する社長の令嬢。

 旅行や観光に行く頻度も多く、そのほとんどに由宇も一緒に行っていた。


「そういう遥香はどこか行きたい所はあるんですか?」

「わ、私は……どこに行くかというより、誰と行くかというか……その……」


 由宇が質問を切り返すと遥香は途端に頬を赤く染めて俯いてしまう。

 今、遥香の頭の中はあの男で一杯になっているのだろう。


 本当に、可愛いお姫様だと思う。


 遥香がこうして誰かに好意を抱いたのは初めてのことだった。

 繰り返すが、由宇は幼少の頃から遥香と一緒にいる。

 つまり、これは遥香の初恋だ。


 相手があの不愛想の朴念仁となれば由宇とて思う所はなくはない。

 しかし、こうして初心な姿を何度も見れば応援したくなるのが侍女の(さが)であろう。


 ゴールデンウィークも何度も買い物に付き合わされた。

 まだ東京見学の班も決まっていないのに一緒の班になったら困るからと、彼好みの服を探そうなんて言い出して。

 由宇は別班になる可能性も提示したのだが、それでもクラスで一度は集まるのだからと考えを改めることはなかった。

 仮にたった数分のためだけでも、ここまで健気になれるのだから応援する他ない。


 その一方で、意中の相手は変質者みたいな恰好をしていたのだから困ったものだが。

 結果として遥香はその相手と同班になれる予定だし、あの男にも服は買わせることができた。

 由宇も最低限のサポートはできているだろう。


 あれから遥香は毎日が楽しくて仕方がないらしい。

 あの男と少しでも会話すれば上機嫌になるし、会話の最中に勝手に想像を膨らませては百面相しているし。

 随分と充実しているようだ。


「ご馳走様です」

「ま、まだ何も言ってないからっ」

「言わなくても何を考えてるのかくらいは分かります」

「むー」


 こうして少しからかえば、頬をぷっくりと膨らませて怒る所も可愛らしい。

 女の由宇からみてもこんなに魅力的な姫が近くにいて、話しかけられたりしているのに不愛想を貫く男がいるのだから驚きだ。


 ――また、二人きりにしてみるか。


 そんなことを由宇が考えていると、ふと肩にかけた学生鞄から振動が伝わる。

 由宇は鞄から慣れた手付きでスマホを取り出し「失礼」と遥香に一声掛けてからメッセージアプリを起動した。


『俺個人が狙われている可能性あり。身辺の安全確保のため、数日放課後の時間を貰いたい』


 送り主は例のあの男からだった。

 今や存在すら幻とされている忍者。

 彼はその末裔だという。


 遥香の護衛に就く前も忍者として暗躍していたらしい。

 過去の因縁からこういうこともあり得る、とは事前に聞いていた。


 由宇がスマホを見ていることをいいことに、隣で再び妄想の世界に入ってしまった遥香にはとても言える話ではないが。

 ともあれ、あの男は不愛想だし朴念仁だが強い。

 護衛を始めてからその点で心配したことはないし、それ以前の武勇伝も聞いている。


『分かりました。優先してこちらの対応をお願いしたい場合は連絡します。経緯を簡潔に教えて頂けますか?』


 ひとまずは了承の意と、今後の数日の対応方針だけ連絡する。

 また、場合によっては無関係ではないため先方の状況確認も必要だ。


 そして由宇が送信してから、すぐに返事がやってきた。


『放課後、旧校舎の屋上に呼び出された。迎え撃つ』


 由宇はこれを見て、自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。

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淫魔は普通に恋愛したい
― 新着の感想 ―
[一言] そこまでの経緯をちゃんと知らないと、その一文だけ見れば完全に告白される一歩手前にしか見えない件。 侍女さん的にはどうするのか・・・これはまたややこしい事になりそうで楽しみです。
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