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11話 忍者と友人

 いざ本格的に逢坂達の持ち物を探ろうとなってから数分後、依織は完全に勢いを失っていた。


「あーん! もう帰りたいー!」

「頑張ると言っていただろう」

「それは言ったけど! でもぉ!」


 今は文字通り佐助が身ぐるみを剥いでいる所だ。

 制服の上着や靴等の脱がしやすい物はもちろんシャツやスラックス、そして下着に至るまで。


 やるからにはやる。

 それが佐助の矜持である。


 依織の方はというと肌色が増える度に依織は頬を赤く染め、今やゆでだこのようになっている。


 最初に気絶させてから時間もそれなりに経過してしまったため、ほとんど全裸の逢坂が目を覚まし、佐助が再び気絶させるために締め落とすなんてこともあった。

 どうやらその時に見てはいけないものを見てしまったようで、そこからずっとこの調子である。


「私ちょっと水飲んでくる! すぐ戻るから!」

「……仕方ない」


 男の佐助としても同情せざるを得まい。

 普段は明け透けなのに、案外初心な所もあるものだ。


 佐助はそんなことを思いながら、出入口に向かって走っていく依織の背中を見送った所で気づいた。


 ――迂闊。


 ただただ、こう言う他にない。


 今は屋上のドアには逢坂達が持ってきていたチェーンで鍵を掛けている。

 依織は校舎に入るためにチェーンを外し、今まさにドアを開けようとしている所だ。


「千浪、待て!」

「えっ?」


 依織がそう声を上げた時にはドアはもう既に開いていた。

 そして、そのドアの向こうには人影が。


 その人物はまさか鉄のドアが勝手に開くとは思っていなかったのだろう、大きく目を見開いて呆然としている。


「あれ、依織じゃないですか。こんな所で何してるんです?」

「くくくくクロエ!?」


 緩い波が入った黄金の髪に、西洋人特有の碧い瞳。

 人形のように端正な容姿。

 クロエ・エドワーズがそこにいた。


「よりにもよって……」


 佐助はクロエの耳には届かぬよう、苦虫を嚙み潰したように独り言ちる。


 それも無理もない。

 佐助の持っている要警戒リスト。

 そこに載っているクラスメイトは二人いる。

 一人は依織で、もう一人がこのクロエなのだから。


 忍者の佐助といえど、この状況から逢坂達を隠すのは難しい。

 佐助一人ならともかくも、男五人抱えてクロエの目から逃れるのは物理的に不可能だ。


「オーサカって人からこの時間にここに来てねって言われたんですよ。オーサカさんいますかー?」


 クロエは依織の肩越しに屋上の奥を確認しようと首を伸ばすが、そこに依織が割って入る。


「いないいない! 私さっきまでここにいたけど、ここには誰もいないよ!」

「誰か分からないけどいるじゃないですか。みんなで寝て日光浴でもしてるんです?」

「一体なんのことかなー!?」


 佐助からクロエが見えるのだから、依織がどれだけ頑張ってもクロエからこちらが見えるのは道理である。

 こうして指摘された今も依織が懸命にクロエの視線に割って入ろうとしているのは少し滑稽ではあるのだが、それだけ慌てているということだろう。


「そんなに隠されたら気になります! 依織、どいてください!」

「ダーメーでーすー!」


 次第にクロエは首だけでなく、身体全体を使って障害を潜り抜けようとし始めた。

 強行に突破を試みたかと思えば、フェイントを入れて搦め手も織り交ぜる。

 それに依織も食らいつき、決して先に進ませない堅牢な壁となっていた。


「何をやってるんだ……あいつらは」


 いや、それを言うなら佐助は何もしていないのだが。

 とはいえ、佐助もこういった想定外の事態に弱い。

 仮に佐助が出て行った所で何かが解決する未来が見えず、斬首されるのを待つ気分で二人の攻防を眺めていた。


「ここですッ!」

「ああっ!」


 一瞬の隙をつき、とうとうクロエが防衛線を超えた。


 得意気な顔をしながら屋上へと躍り出たクロエは、最初にまず佐助と目が合った。

 佐助も当然クロエと同じクラスなので、面識くらいはある。


「ハロー佐助! それと……」


 クロエは佐助に律儀にも挨拶し、佐助の近くで寝ている逢坂達を見る。

 そして得意気だった表情が剥がれ落ち、憐れみを帯びた表情になって、口を開いた。


「ジャパニーズ、ポークビッツ……」


 その言葉を聞いて、佐助も居たたまれない心情になるのであった。


 $


「とまぁ、こういうわけなのよ」

「ワーオ。それなら、私も危なかったかもです」

「そうだね。まさかクロエまで呼び出されてるとは思ってなかったよ」


 遥香が逢坂に呼び出されたことは検知した依織だったが、クロエまでその対象であったことは調べ漏らしていたらしい。

 とはいえ、依織はその道の玄人というわけではない。

 それを責めるのはお門違いというものだろう。


 結局、クロエの乱入を許した佐助と依織は観念して事情を話すことにした。

 逢坂達の持物を検分するのは佐助が担当し、依織はかくかくしかじかとクロエに説明をする担当だ。


 依織がクロエに事情を説明終わった頃には佐助も作業が終わり、今はせっせと脱がした衣服を逢坂に着せている所である。


「それにしても驚きですね。真実はいつもひとつ! ってやつです」

「ちょっと違うような?」

「ではじっちゃんの名にかけて?」

「それはもっと違う気がする」


 クロエは英語圏の国からの留学生である。

 親日家で日本の漫画やアニメが好きだそうだ。


 こうして依織と話している時もどこかで見たことのあるポーズを取りながら話している。


「終わったぞ」

「あ、朧っちお疲れ様」

「青酸カリはありましたか? ペロッて舐めてみました?」

「千浪、どういう説明をしたんだ」

「ちゃんと説明したんですけど!? 私の所為みたいにしないでくれる!?」


 何がどうなって青酸カリの話になるのか理解しがたいが、佐助は追及する気にもなれずひとまず本題に入ることとした。


「目的の物はあった。ついでに入手経路も喋らせた」

「うぇっ!? いつのまに?」

「お前達が話をしている間にな。素直に話してくれたよ」


 佐助は二人の意識が向いていない間に、幻術――催眠術の一種で逢坂に口を簡単に割らせることに成功していた。

 これも佐助の得意な技能ではないが、意識が朦朧としている相手であれば別だ。


 ある意味でクロエの介入は佐助にも都合が良かった。

 武術の枠から大きく逸れるこの技能を依織の前で堂々と使うつもりもなかったため、クロエが来なければ今頃逢坂からどう入手経路を聞き出そうかと悩んでいたことだろう。


 クロエは依織の説明を聞いて、佐助達の行動にある程度の理解を示してくれているのも大きい。

 どちらかと言うと面白半分の物見遊山という印象はあるが、少なくとも糾弾されたりしておらず、佐助は自分の仕事に専念することができた。


 ともあれ、こうして無事に目的を達成することができた。

 佐助は逢坂から聞いた内容をメモした手帳から、メモ部分を破り取って依織に渡す。


「朧っち。本当にありがとう」

「これ以上は家の者に頼ることだ」

「うん、そうする。朧っちとも、そう約束したからね」


 依織はメモを受け取ると、丁寧に折りたたんで制服のポケットにしまいこんだ。


「クロエもありがとね。というか、巻き込んでごめん」

「ノープロブレム。結果的に私も助けられてますから」


 まったく気にしていないといった様子でクロエは笑顔で応対する。


 クロエは要警戒リストに載っている人物だが、ここまでを見ているとそこまで警戒するべき相手ではないように佐助には思えた。

 依織の件もある。


 百聞は一見に如かずとはよく言ったものだ。

 要警戒リストも必ずしも当てになるとは限らないと佐助は身に染みる想いだった。

 作ったのは佐助本人なのだが。


 とはいえ、逢坂のように実際に問題がある生徒も載っているのだからこれからも頼りにはするべきだろう。

 警戒して得はあっても損はない。


「では、千浪は改めて先生方を呼んできてくれるか? エドワーズももう帰ってくれて構わない」

「佐助、そんな風に呼ばないでください。友人なんですからクロエ、と」

「む、そういうものか?」


 唐突に注意されて、佐助は面をくらった気分だった。


 佐助は普段から苗字で相手を呼んでいる。

 日本人であればさほど珍しくもないだろう。


 佐助はクロエの名前を呼ぶのは今日が初めてだったため癖でそのまま苗字を呼んだのだが、どうもクロエはお気に召さなかったらしい。


「日本人同士ならそんなことないと思いますけど、私達は苗字で呼ばれると悲しくなります」

「……そうか。それなら、クロエと呼ばせてもらおう」

「はい。そうしてください」


 佐助としてもわざわざ相手を不快したいわけではない。

 語感だけであればまだクロエの方が呼びやすいというのもあった。


 クロエが佐助の回答に満足そうに目を細めると、不意に依織が勢いよく挙手をした。


「私のことも依織って呼んでほしいです! 私も佐助って呼ぶからさ!」

「何故だ」

「この流れでそうなるの!?」

「俺たちは日本人同士だろう」

「そうだけども!」


 女子を名前で呼ぶというのはどうにも抵抗がある。

 依織の提案を飲む気はあまりなかった。


「まー別にいいけどさ。私は勝手に下の名前で呼ぶし」

「好きにしてくれ」


 依織は少しふてくされている様子で勝手に話を進める。

 しかし佐助が下の名前で呼ぶことに抵抗があるだけで、佐助がどう呼ばれるかはあまり頓着はなかった。


「あ、そうだそうだ。あと佐助っちの連絡先も教えてよ」

「何――」

「何故だとか言わないでよ?」


 言おうとしていた所だった。

 依織は笑顔だが不可解な圧力を出しており、佐助は出かかっていた言葉を戻されてしまう。


「しかしだな」

「別にいいじゃん、減るものでもないし」


 確かに減るものではないが、佐助は気軽に教えていいものかと戸惑っていた。

 連絡先の交換をする場合は佐助の知る限り三通りある。

 ひとつは仕事での連絡が必要な場合、続いて友人同士の場合、最後は男女の交際を前提とした場合だ。 


 今までの依織との会話からして、交際を前提とすることはないだろう。

 佐助の任務とも依織は関係ない。

 となれば、友人同士の場合に該当することなる。

 しかし、クラスの友人同士で連絡先を交換しているのは見たことがあるが、佐助と依織はそこまでの仲なのだろうか。


 考え込む佐助の顔を、クロエが可笑しそうに覗き込む。


「佐助は面白いですね。友人同士で連絡先の交換くらい日本でもするんじゃないです?」

「ま、そういうこと。友達の連絡先くらい知っておきたいでしょ?」


 これまで佐助に友人と呼べる人はいなかった。

 義務教育過程は受けてはいるが、放課後は厳しい修行に明け暮れていたし、修行は父と一対一で行っていた。

 学校内でも生来の口下手さで人を寄りつかなかった。


「……そうなのか」


 佐助は天地がひっくり返るほどの衝撃を受けていた。

 どうやら、とうとう友人と呼べる相手ができたらしい。

 何がどうなって友人となったのかは分からないが、少なくとも依織はそう思ってくれているようだ。


「はぁ〜。これは先が思いやられるねぇ」

「む、これから何かあるのか?」


 佐助の様子を見てか、依織は額に手を当てて溜息を吐いている。

 含みを持たせるような言い方が気になってしまう。


「んや、こっちの話。ま、とにかく連絡先交換しよ」

「佐助、私とも交換しましょう」

「クロエもか?」


 依織が話をはぐらかすが、佐助が追求する前にスマートフォンを取り出したクロエから横槍が入る。

 予想していなかったクロエからの提案に、佐助の思考が止まる。

 クロエとは今日初めて会話したようなもので、友人と言えるかは非常に怪しいのではないだろうか。


「ダメですか?」

「いや、ダメではないが……」

「なら決まりです」


 とはいえ、こう聞かれてしまえば断るもの難しい。

 解せない部分もあるが、こういうものと思うしかないだろう。


「……分かった」

「あと遥香にも佐助っちの連絡先教えておくね。絶対知りたいと思うから」

「む、了解した」


 佐助も連絡先の交換自体はしたことがある。

 任務での連絡にも使うからだ。

 由宇とも互いの連絡先を交換しているし、定時連絡でやり取りもしている。


 つつがなく連絡先の交換をし終えることができた。


「んじゃ、私は職員室に行ってくる」

「私は帰りますね。また明日」

「ああ」


 それだけ言葉を交わして佐助は二人を見送り、半ば忘れかけていた逢坂達の監視に戻ったのだった。




 そして全てが終わり帰宅した後。


 手始めに依織に『定時連絡 特になし』と送り『なにそれw超ウケるんだけどwww』と返されることになったのは別の話である。


 ポークビッツは古典かつ様式美。

 今話で屋上に呼び出された一連の話は終わりです。


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