第7話 ライトが残してくれたもの
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三好奈美は教室の端で、ひとり黙っていた。
本当に一瞬の間にいろいろなことがあった。この一瞬の前からもいろいろなことが起きていたんだ。正直なところ、すべてを把握するのにはまだ、頭が回りきっていない。
サラによってガラスの壁に閉じ込められたかと思えば、文音の助けで危機を回避。だけど、サラの口から奈美たちは人間ではないなんて知らされて。
おまけに、毒ガスやら、ヘリコプターやら……外の壁やら……。
本当に、考えなければならないことがいくらでも出てくる。ただ、その中でもひときわ、奈美の思考を揺さぶるものがあった。
それは文音が取っていたといった行動についてだ。
文音はほぼ不可能に近い可能性に賭けるという暴挙に出ていたのだ。それも奈美の知らないところで。
文音がとんでもない無茶を遂行したこと。それに賛同し手を貸した響輝。なにより、それに気づけず、止められなかった奈美自身。
そんなことに怒りがわいてきてしまう。
この状況でそんな怒りがでてくるなんて……。でも、奈美の性格がそれを重要しして思考を埋め尽くす。
そして、思考を巡らせれば行きつく答え……。文音がその行動をとっていなかったら、今の奈美たちがいなかったという事実。
結果から見ると、その文音の行動が正しかったと、認めざるを得ないのだ。
それに……、話はどうであれ、ライトが最後は奈美たちに手を貸すことを……奈美たち側についてくれたことが……なによりもうれしい。
その結果として……ここにライトはいないのだが。
「奈美……少しいいか?」
みんなが教室に座り込んで休憩をとっているなかで、文音が近寄ってきた。思考が現実に戻り帰り、視線を文音に向けた。
「なにかな?」
できる限り、優しい笑みを浮かべて聞く。すると、文音はそっとあるものを奈美に向かって突き付けていた。それを受け取るが、その正体をすぐには理解できなかった。
しばらく、どう反応していいか迷っていると、文音が渡してきたものを指さしていう。
「そいつはおそらく、ガスマスクだ。あの毒ガスから身を守るため、人間が装着していたものだろう」
そうか……ガスマスクか。
全体が黒色で、目の部分が透明。口のあたりから突き出ているのが……フィルターか。見た感じ、なんとも物々しい。
いかにも、機能美を重視した軍事用って感じ……。
「……これどこで?」
「わたしたちの服がドアの前に積み上げられていただろう? あの下にひとつだけ置かれていたんだ。
わたしの予想では……ライトが服を調達するとき、人間からひとつだけマスクを剥ぎ取ることに成功したんじゃないかと思っている。
つまるところ、ガッツリ使いさしの中古品だろう」
そうか……これもライトが……。
「……でも、どうしてこれをあたしに?」
ガスマスクを握り締めて文音に顔を向けた。
「奈美。君はすぐにでもドアの向こうに行きたいんじゃないのか? ……ライトをさがしたいんだろう?」
その指摘に奈美は思わず目を見開いた。
すでに二回、あの地下の先のドアを開けようとしたが、どちらも止められて終わっている。
やっぱり……どうしても、ライトを放っておけないという思いがあったからとった行動。
奈美たちは毒ガスを吸って、すぐ死を迎えた。冷静になればおそらく、とっくの昔に手遅れ。ライトが生きているとは思えない。
でも……、奈美たちと同じようにクローン体に記憶を引き継いで、生きている可能性も。
「その目……どうやら、本当に行く気になったようだな」
文音は奈美の気持ちをすかして見るようにのぞきこんでくる。
奈美は少しガスマスクに視線を落としたが、もはやそこに迷う理由はなにもなかった。
「……うん。あたしに……行かせてもらえる?」
ほかのみんなにも事情を説明。行動の了承を得ると、まずはみんなで再び一階に向かっていった。
十分な警戒をするに越したことはない。みんなには地下に入る手前の階段で待機してもらう。もし、なにかやばいことが起きれば、すぐ戻ってくることを約束している。
文音がロックを壊していてくれたため、確実に入れる特別教室棟のほうから侵入することを選び進んでいく。
そして、一階に差し掛かる階段を降りる時だった。
「……うっ!」
思わず、足をすくめてしまった。
全員、奈美と同じように足を止める。
忘れかけていたが……奈美たちは一度死んでいる。……そして、それを回収してくれる向こう側の人間もいない。
ともなれば……当然あるのだ……。奈美たちの……“死体が”。
「……これは……見たくなかったか……な」
目をそらしつつ、だが、進まなければならないので、自分の死んだ体を避けつつ、自分の足を階段に下ろしていく。
「……待てよ……。奈美……こいつを持っていけ」
ふと、文音が急にそんなことを言って、奈美に向かって投げてきた。ガスマスクをすでに握っている手の中に重なって乗ってくる。
それは、ウエストポーチ……。ドレスアップシステム。
「……え? ……これって……もしかして……」
「安心しろ、君の体から剥ぎ取ったものだから、当然君のものだ」
「……うぇ……」
いや……これは……かなりきつい……。いい気分にはなれないな……。
「君たちも自分の体から剥ぎ取っておくと言い。まだなにがあるかわからないからな。対抗できる手段は持っておかないと」
そう言って、文音は自分の死んだほうの体のポケットをまさぐると、注射器が入ったケースを取り出す。
「……せ、節操ないなぁ……自分。抵抗とかないん?」
「その節操というやつを持っていたら、このシステム以上の武器となるのか? その節操で、敵を倒せるのか? できるのなら、止めはしない」
喜巳花は最初、物凄い非難の目で文音を見ていた。だけど、言い返す言葉はなかったのだろう。かなり躊躇しつつも、自分の死んだほうの体からリストバンドを外そうとする。
そんな喜巳花たちの姿に少し目をそらしつつ、ウエストポーチを腰に巻くと、ガスマスクをかぶった。
「じゃぁ、あたしはこのまま行ってくる」
そう言って、ひとりで地下に伸びる階段を降りて行った。




