第1話 現在、知れること
唐突に化け物の子、サラによって告げられた真実なる話。そのことに納得するものはこの中にひとりとしていなかった。
みんながみんな、沈黙を通しているだけ。
この状況を生み出したサラはもう、ピクリとも動かない。死んだのか……、ライトがそっと力の抜けているサラを廊下に寝かせる。
そのライトはそのままゆっくりと立ち上がり、少しためらいながら一樹たちを見てきた。
「……聞いてしまいましたね……」
そうつぶやくと廊下の窓から外を眺めだす。
「この事実だけは……絶対に悟らせないようにしてきたのですが……。……こればかりは……知らぬが仏ってやつだったのでしょう」
……と言われても……、正直、いまのところ、いまひとつピンときていない。つまるところまで……理解が追い付かない。
奈美たちも戸惑いを隠せないでいる状態だ。そんな中でも文音が少し強い口調でライトへと歩み寄る。
「……知っているんだな? ……なら、今度こそ教えてもらうか」
その文音の問いにライトは深くうなずいてみせた。
「ここまで来たんです。知っていることは話します。時間もありませんので、手短にいきます。
ですが、まず……、僕も本当にたいしたことは知りません。なにしろ、僕もこの学校を出たことがないので……。本当の世界の姿を答えることはできないということは、念頭においてください」
一歩前に出るライトがみんなと顔を合わせていく。
「まず、あのサラという人が言ったことはすべて事実です。みなさんは人類によって作られた動物兵器であり、青系統の皮膚に赤系統の髪を持つサラのような姿が、標準的な人類の姿。
サラこそが人類のひとりであり、みなさんは人類のクローンではありません。似ても似つかない人工生物のクローンとなっています」
……冷静になって聞けば……その事実はなんとなく理解はできる。……だけど、実際に受け入れられるものではまったくない。
……化け物は……完全にサラのほうだと思っていたのに。
ゆっくり、恐る恐る手を挙げたのは綺星。
「あの……子は……あたしの慣れの果てじゃ……?」
「ありません。無関係ですね」
あっさりとしたライトの返答に綺星はホッとするような、でも複雑な表情に変えて視線を下ろした。
「……ちなみに、……あの俺たちに襲い掛かってきた化け物はなんなんだ?」
「この世界に生息する類人猿をベースに品種改良されたものです。つまるところ、みなさんが次世代の動物兵器だとすれば、アレは旧世代の動物兵器と言って差し支えはありません」
……やはり、あの化け物も戦闘に特化したものだったか……。どうりで敵意丸出しで襲ってきたわけだ……。つまるところ、ここは旧世代を圧倒するべく生み出された次世代兵器の実験場……。
「……ちなみに……このサラさんは……?」
「僕と同じ……みなさんの戦闘を促すプロモーターです。
これが何度も繰り返されているということはもう、知られている通りですよね? ただ、まったく同じことの繰り返しでは実験の意味がありません。毎回、なにかしら変化を加えていき、性能を蓄積させていく必要があります。
その要因として、僕、そして……デジャブを感じるよう設計されていた柳生文音、あなたです」
急に名指しされピクリと反応する文音。だが、すぐに納得したというようにうなずいて見せた。
「なるほど……繰り返しに変化を投じさせていたわけだな?」
「えぇ。しかし、その中で、だんだん僕の正体が見破られるようになってきました。今回のように。
そうなれば、みなさんの横で介入するのが難しくなります。そこで投入されるようになったのが、サラのような人物だったわけです」
サラが……一樹たちの戦闘をうながしていた……。なんとも言えない……。でも、あの子の登場の影響が大きかったのは確かだ。
「……ちなみに、ここから先はなにが起こるかわかりません。今まで繰り返しでは、最高でもあの校長室でみなさんは殺処分されて終了でした。
これは向こう側からしたら、緊急事態のはず……」
「……向こう側?」
だれがともなくオウム返しに聞くがライトは無視するように続ける。
「ただ、これだけははっきりと言えます。……この実験で、今回……初めて“死者”を出してしまったということです。僕が……実験動物が人間に牙をむき、殺害事件を起こしたということ。
そして、そんな危険な状態で実験を続けるわけにはいかないので、僕たちを全力でもって殺処分してくるでしょう」
そう言いつつライトは少し向こうを指さした。……ちょうど、地下がある部屋か……。
「ここから先、みなさんが戦う相手は化け物ではありません。……人類です。……もし、生き残りたければ……迫りくる人類を殺すしかありません。
でも、安心してください。みなさんは人類を見ても……化け物としか感じられないはずですから。あと、どうするかは……お任せします」
そう言うとライトはひとり、一樹たちから離れるように特別教室棟に向かって歩み始めた。
……どうしよう……。あまりにもことの実感がわかない。……外の世界が想像もつかない以上、……なんとも言えない。ただ、……なんとなく……まともな光が届くような状況ではなさそうなのがわかるだけ……。
「……ちなみに……なぜ、わたしを助けてくれた? 正直、かなり分が悪い賭けだと思っていたんだがな……」
急に文音が謎の話をしてきた。……そう言えば、死んだと思っていた文音が生きていた説明は……まだない……。
「僕は技術で施せる限り感情を消すよう設計されています。なので……同情した、というわけではないはずです……。まぁ、所詮科学技術が生み出した存在ですからね……。ただのバグでしょう」
ライトは表情ひとつ変えることなく、淡々とそう言った。




