第10話 真実
突然だれかにより部屋の奥へと突き飛ばされたかと思えば、ガラスの壁に阻まれた一樹たち。
そして、目の前に……ガラスの壁を隔てた先にいるのは化け物の子、サラ。
「これでよし……。あれ? 一匹足りない? ……さきに死んじゃったのかな?」
レバーから手を離すサラがそんなセリフを吐いている。
ずっとたどたどしいと言うか、片言程度にしか言葉を発していなかったはずなのに、今目の前にいるサラはこれでもかと流ちょうに言葉を使っている。
その現状は……あまりに唐突過ぎて、まるで理解が追い付けない。
「待って!? ……え!? サラさん!?」
「おい! てめえ! ふざけんじゃねえ、さっさとここ開けろ!」
奈美と響輝が真反対のことを、でも同じようにガラスをたたきサラに届けるように叫ぶ。だけど、サラは特に反応することがない。
聞こえていないはずはない。サラの声がこっちに聞こえているのだから。しかし、この反応……奈美や響輝の言葉など、まるで関心がないよう。
「せいや!」
ガァン!!
「い……ったぁい……」
……喜巳花がガラスを殴ってくれたおかげで、この壁も外窓と同様にそうそう割れない頑丈なものであることは確信できた。
そして、それに対してサラがやっと反応をしめしてきた。だけどその表情はあからさまに面倒といった感じ。
「うるっさ……。鳴かないでよ……。おとなしくしてて。言葉通じるんだよね?」
あまりに冷徹な話し方だった。オリの中にいる動物に話しかけるように言うサラはあきれたように首を横に振る。
そのまま、後ろにある校長室の出口に当たるドアに手を振れようとした。
その時だった。
なにかが裂ける音がする。そして同時にサラの肩から赤い液体が垂れ始めた。合わせて、サラの表情が唖然としたものへと移り変わっていく。
数秒の沈黙。サラの表情が一変して苦痛を訴えるそれに変わる。
「あ……? ……あっ……? ……えっ? あぁぁぁっ!? ……っ!!!!?」
床に倒れ込み悲痛の叫び声とともにもだえ始めるサラ。そんなサラの横をすり抜けてくる人物がいた。
その人物は壁についているレバーを上に上げる。するとその人物との間を阻んでいたガラスの壁も勢いよく上がっていった。
「みんな、大丈夫だな? よし、さっさと逃げるぞ」
「「「「……文音っ!!!!」」」」
響輝と文音を除いた全員が思わず同時に叫んでいた。
「どうして? ……なんで!?」
奈美が文音の駆け寄り両手で肩を抱え込んで質問攻めする。
「それはあとだ。ここにずっといても、いやな予感しかしない。さっさとここから逃げるぞ。化け物は本当にすべて倒した。
あとはここから逃げるだけだ!」
文音が奈美を説得するよりも早く、響輝が校長室のドアをたたき割るようで開けて出る。それに続いて、一樹たちもドアを目指して走り出す。
「……あぁ!! ……いったぁ……、なにぃっ……こ、レッ!!」
床でまだもだえ苦しむサラ。
「……聞いてない……聞いてない……こんなの……!! こんなバイト……受けるんじゃなかった……」
そんな悲痛の叫びを続けるサラに一歩近づいたのは文音。
「……こいつも……ここでトドメを刺しておくか」
「待って! 文音ちゃん! さすがにそこまで!」
当然、奈美が止めに入る。
「いや、……こいつ……君たちを閉じ込めようとしたんだぞ? どうせ、こいつも化け物……。わたしたちの敵でしかない」
そう言って伸びた爪を向けようとする文音だったが、奈美がその腕をガッツリとつかんで止める。
そして何度も首を横に振った。
そんな奈美に観念したのか、文音もため息をついて腕を下ろす。
「いいだろう……。なら、せめてここで引き続き苦しんでもらうとしよう。放っておいたらこいつも死ぬ。
さすがにこの化け物を治すとは言わせないぞ?」
「おい、お前ら! さっさとこい。とにかくそこから離れようぜ!」
響輝が廊下の外で声をかけてきたので、苦しむサラは放っておいてみんなで廊下に出た。
そのまま、ひとまず特別教室棟のほうへ向かう。
「逃げる? どこへ行くつもりっていうの!?」
急に後ろから大声を張り上げてくる奴がいた。
右肩を大きく負傷しおぼつかない足で廊下に出てくるサラ。そのまま壁にもたれかかりつつもまた叫びを続ける。
「あたしを攻撃するような危険な奴に……逃げられる場所なんてない……! お前らの居場所なんて……ここ以外にありはしない!」
大声を張り上げるサラにみんなの足が止まっていた。その中で奈美が一歩サラに歩み出て優しくも強い口調で言う。
「……それはわからないんじゃない? ……逃げて見せるよ」
「いや……絶対に無理……。絶対に……だ。なぜ? ……その理由は……ふたつある……。こん……な目にあわせられた腹いせよ……。教えてあげる……、そして自分の正体を知って……絶望にゆがめばいい!!」
……こいつ……なにを言っている? 痛みで頭がおかしくなったのか? ……それとも……本当になにかを……? なにを……?
みんながみんな、足を止めて瀕死状態のサラに注目していた。その中で、サラは体から血を流し続けつつ言う。
「お前たちがこの世界に居場所がない理由、そのひとつ……。お前たちは人間によって作られた戦争の道具……。動物兵器であるということ」
「聞かないで! 耳をふさいで!!」
これまた急に別のところから声が聞こえていた。通常教室棟のほう、サラの後ろ。ライトがすぐそこまで迫ってきている。
「そしてもうひとつ……、このお前たちを作った人間というのは……うっ!?」
突然の発砲音、サラの服の胸元がどんどん赤くなっていく。
「聞かないでください! いますぐっ行って! 耳をふさいで、行って!」
「……くぅ……この世界の文明を作り上げた人間は……」
しゃべり続けるサラを後ろから押さえつけるライト。一樹たちに走り去るよう命令してくる。
だけど、それに従うものはおらず、みなサラの次の言葉に耳を傾けた。
「この世界の人類は……わたしたちだからだぁ!!」
そして、ライトの制止で止まることなくサラの叫びが廊下に響き渡る。
「お前たちはあたしを化け物と思いこんでいるがそれは真逆。この世界において人間とはあたしたちのこと……。君たちは人類が作り上げた人工生物で……世界の異端児……。
お前らは……見た目から人間とはかけ離れた……それこそ化け物……。ペールオレンジに……黒い毛……、おまけに人型……。
そんな見た目の化け物に……居場所は……ない」
そのセリフを最後にゆっくりと体の力が抜けていくサラ。恐怖でひきつった表情のまま目を閉じライトの腕の中で静かに眠る。
ただただ流れる沈黙の中、一樹たちは心境を漏らした。
「「「「「「……は?」」」」」」




