第9話 大きな大きな……
「……もう遅い」
そうつぶやき、首を横に振りながら出てくる響輝。一樹の角度から実際の姿を見ることはできないが、その意味は察してしまう。
悲しいとかつらいとか……そう言った感情はわかなかった。ただ、あまりにも強いショックだけが自身の心を締め上げていく感じ。
「……響輝くん?」
静かに声を漏らす奈美。両手で響輝の肩をつかみ大きく揺らす。
「冗談を言っていいタイミングだと思う? 笑ってほしいの!?」
必死に声を荒げる奈美だが、響輝はなにも言い返さない。ただ、黙って奈美と向き合うとしている。
「……もういい。どいて! あたしが助ける! あたしには回復させる力がある! きっと助けられるから!」
響輝をどかして前に進もうとする奈美。だが、響輝がそれを頑なに拒み、奈美を進ませようとしなかった。
「無理なんだよ。……わかるだろ?」
強い目つきと口調ではっきりと奈美に向かって言う響輝。それでも奈美は前に進もうとするのを止めない。
だが、それも次の響輝の一手で止まる。
「うっ!?」
突然、奈美の口からうめき声。そのままお腹を押さえつつ廊下に崩れ落ちる。響輝によってみぞおちに攻撃を加えられていた。
「……な、なんで……?」
相当強く入りこんだらしい。奈美はうずくまったまま身動きが取れないでいる。
あまりに乱暴なやり方だ。だけど、それを止めようとする気持ちは、響輝の鋭い目線がかき消されてしまう。
「冷静になれ、三好。この状況での最善を考えろ」
それだけ言うと、響輝はうずくまる奈美を抱え込んだ。そのまま肩に奈美の体をかけると立ち上がる。
そして、堂々と階段側にいる一樹たちに近づいてきた。
「ちょっと! 下ろして! ねぇ、下ろしてよ! 納得できるわけがないじゃない!」
奈美が必死に抵抗しようとするも響輝は下ろそうとはしない。
「お前ら、ひとまず下に降りるぞ。まだ化け物は残っているかもしれない。せん滅させる。悪いが、高森と新垣のふたりが前に出てくれ」
そう言って先に階段を降りようとする響輝。あっけに取られて状況が理解できないのだろう。綺星と喜巳花は普通に従うように階段を降りて行く。
だが、一樹の意識は角の先に向けられていた。
あそこに文音がいる。……だけど、響輝はもう助からないとはっきり言った。……一体……どうなって?
この目で見て納得するべきか……。そう思い始め少し角に向けて足を歩みだそうとした。
「おい、和田。やめとけ!」
だが、後ろから響輝が声を張り上げてきた。
「見ないほうがいい……。というか見るな。俺たちにはまだやらないといけないことが残っている。
化け物をすべて倒して、生き残らなくちゃいけないんだ。わかるな?」
その響輝の言葉に対して完全に歩みを止めて階段のほうへと体を向けた。響輝は暴れる奈美を肩に抱えたままこちらに振り返っている。
その視線を見て一樹は思わずツバを飲み込んだ。
そうだ……実際にそれを見たところでどうなる? 無残なものを見せつけられ動揺した状態になれば……次に同じ目に合うのは……自分か。
……後悔するのは……事実を知るのは……後でもいい。
「……わかった」
とにかく今は、響輝に従ってついて行くしかない。そう自身に言い聞かせ、みんなとそろって一階へ降りていった。
一階はあまりに静かだった。少し冷静になれたらしい奈美も下ろされ、ゆっくりとみんなで渡り廊下に進んでいく。しかし、化け物の気配はまるでなかった。
「……もう、全部倒したんかな?」
喜巳花が窓にへばりついて校舎を見渡す。
一樹も同じようにしてみたが、たしかに化け物の陰はもう見られない。動く影、ひとつとしてない。
「……あれ?」
そんな中でふと響輝が声を漏らした。ふらふらとなにかにひかれるように歩いていく先は……立派なドアの校長室。
たしか、そのドアは鍵が締まっていて開かなかったと聞いていたが……。
「……開いている……」
そう、ドアが開いていたのだ。半開きだったので、それが触るまでもなくわかる。響輝が恐る恐るそのドアを押していくと、たしかにそのドアは奥へと動いていった。
「待って、化け物は?」
慌てて一樹が駆け寄るも響輝はすぐ首を横に振った。
「大丈夫だ、なにもいない」
そのまま響輝が奥へと入っていく。中はすでに電気がついており、明るくなっている状態だった。
その後をたどるように、綺星、喜巳花が入っていく。奈美は少し躊躇していたが、黙って入っていく。
最後、周りに化け物が本当にいないことを確かめ、同じく校長室へと足を入れた。
中は一言にいえば、立派なものだった。校長室というイメージにふさわしく大きい木の机があって、棚が両端に並ぶ。奥にはふかふかそうな椅子が置かれている。
だけど、そんな中でもひときわ目立つものがあった。
それは校長室の机の上。金色に輝く大きなそれは一言にいえばトロフィー。一樹の身長と大差ないのでは、と思うぐらいにただひたすら大きい。
その大きさにより、立派であるはずの校長室の机が台座に成り下がっている。そんなトロフィーを中心にしてみんなが集まりだしていた。
「えぇらい、立派なトロフィーやな……。なんなんやろ、これ?」
「生き残り達成、おめでとう! みたいな?」
「……だとすりゃ、余計なお世話としかいえねえな」
おのおのトロフィーの感想なりを言ってペタペタ触ったりしている。奈美はまだ割り切れていないのか、その中に入ろうとはしなかった。
そんな奈美の横で一樹もいる。
文音を助けられなかった、そんな事実をかみしめているのだろうか……。奈美の目はどこか空ろとしている。目の前のトロフィーに目もくれようとしない。
……自分はちょっと気になるので近くへ行ってみようかな。
なんて思った刹那。
「……おっ」
「え?」
突然背中をポンと押され前のめりになりながら倒れ込む。それは奈美も同時だった。一緒に崩れ落ち、トロフィーが立つ机の近くに転がり込む。
それと同時、急になにか激しい音が鳴り響いた。
「……ちょ、は!? ……え!?」
急に響輝が走り出す。だが、なにもないところで急にぶつかった……。いや……突如現れたガラスにぶち当たっていたのだ。
ついさっき、一樹たちが転がって入ってきた場所にガラスの壁が……。
「……待って……、え? なんで、自分ここに居るん?」
喜巳花がガラスの向こうを指さして言う。その先にいたのは……。
「よし、任務完了っと」
壁についていたらしいレバーに手を振れていた化け物の子、サラだった。




