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第10話 したいこと

 もうすぐ“終わり”が来る。具体的なことはなにもわからない。ただ、一樹たちにとってそれが節目であることはまず間違いないと言える。


 そして、その“終わり”は、なにもしなければ最悪の結末であることも……。おそらく、ここにいるだれもが察していることだろう。

 でも、それをこれ以上、口にするものは一切いなかった。


「なんかもう……食べ飽きたな……」

 乾パンを小さな口でちょっとずつかじる綺星。口を動かしつつそんなことをつぶやく。


 一樹の口の中も、やたらと水分を持っていく乾パンが支配していた。そいつらを水で強引に胃の中へと流し込む。


「うちもや。甘いもん食べたい。それかこのクラッカー、もうちょい塩気増やしてもらえんかな。

 こんな非常食ばっかり食べてたら、うちら非常食になってまうよ」

「なってたまるか!」


「じゃぁ、シャイで隠れているコックに頼んでみたらどう?」

「注文! ケーキひとつ!」

「へい、おまち。やきとりの缶詰取り出し立て!」

「頼んでへん!」


 そんな風にワイワイしながら食事をとる一樹たち。たぶんみんな、今だけはこの今を精一杯楽しもうとしている。下手すれば……終わりといのは……バカできるのも最後……という意味になるかも……。


「ねぇ……これが終わってみんなでここ出れたら……まずみんなでケーキでも食べにいこっか」

 ふと、奈美がボソリとそんなことをつぶやきだした。


 全員の口がしばらく止まる。


「……え? なに? どしたん? なに、いっちょ前に死亡フラグ立てようとしてるん?」

「いや、違う違う違う違う!」


 両手を思いっきり振って首も横に振り倒す奈美。全力で喜巳花のツッコミを否定する。だが、「違うけど」と前振りしてまた続け出す。


「みんなはさ……ここを出たら……なにがしたい?」


 そんな奈美の言葉にみんなが一斉に顔をうつむかせた。……ここを出たら、そんな想像……まともにできる自信もない……。


 だが、そんな中でも響輝は顔をあげて明るい声を出してきた。

「ま……この状況じゃこの話は定番なんだろうよ……。じゃぁ……俺は……う~ん……。やっぱ、ゲームしてえな……。、リアルな死闘じゃなくて、テレビゲームとか。


 それか、みんなでボードゲームでもするか?」


「スゴロク?」

「バカ、ほかにもいろいろあるだろうが……、いや……知らねえけど。そういう東、お前はどうなんだ? なにがしたい?」


 逆に振られて思わず背筋を伸ばした。その後、しばらく考え込み、口に入った乾パンを無理やり飲み込む。

「……しいて言うなら……本かな……。やっぱ、本物の図書館に行きたいかも……。真っ白な本しか置いてないところじゃなくて」


「そりゃ簡単そうだね。むしろ、真っ白な本しかない図書館探すのは……逆に難しいよ」


 予想外の言葉が奈美から放たれ見開く。……なんとも皮肉の利いた話。

「……たしかに……簡単だよね」


 今度は綺星が話し始める。

「あたしは……お母さんに会いたい……。いや……いないんだよね、あたしたちには……。じゃぁ……やっぱり……ケーキかな……。あとは……お菓子……いっぱい食べてみたい」


「うちはなんやろ……やっぱパーッと遊びたいね。こう、パーッと」

「あぁ、いいよ。すごくわかりやすい」

「やろ?」


 両手広げて全身でその“パー”を表現する喜巳花。苦笑いの奈美に対しても笑顔を決して忘れない。


 なんて話が一区切りつくと、必然的にみんなの視線は文音に向けられていた。当の本人は目をパチパチさせているだけ。


「で、文音ちゃんは? なにがしたい?」


 奈美が問いかけると文音は一口水を飲んで言う。

「……とくになにも……、なにがしたいか……わからないな……。助かってから考えるよ」


「文音ぇ? それはアカンで。みんな死亡フラグ立ててんから、自分だけ逃れるのは反則やで!」

 文音の後ろに回り込んだ喜巳花が文音をガッシリと抱え込む。

「ゆうてみい。なにや、自分はなにがしたい? なんでもええで?」


 文音の頬をつつく喜巳花。それをうっとおしそうに避ける文音だったが、そんな中でボソリとつぶやく。

「……ここにいるみんなで本当の学校に登校してみたい」


 文音の言葉にしばらく沈黙が起きる。


「いや、……ごめん。ウソ。忘れて」

 そんな空気に耐えかねたのか、弱弱しく吐いてうつむく文音。


 だけど、響輝が声のトーンを上げて言ってきた。

「いいじゃねえか。そもそも、まだ俺たちは学校には何日も泊ってるくせに、一度も登校したことねえしな」


「うん。あたしもいいと思う。助かったら、みんなで一緒に登校しよう。約束だからね、破っちゃダメだよ?」

 奈美が全員と顔を合わせていく。


 登校か……、できるといいな。だけど……実現できるかどうかは……。いや……とにかく夢を見て……先を進めってわけか。


 みんなの食事が終わるころ、奈美は今度、会議室の壁際にいるサラに顔を向けた。

「ちなみに……サラさんは……どう?」


 サラは特に反応を示さない。ただ、空っぽになった缶詰をじっと見ているだけ。


「……助かったら……なにか……したい……とか?」

 奈美が必死にかける言葉を探しているようだが、見つからないらしい。


 事実、サラは一樹たちとは違う。見た目からして明らかな化け物。根本的に……話が違う……。もし、一樹たちが助かったとしても……このサラが助かる道があるとは……想像もつかない。


 それどころか……このサラってやつは……どうなったら助かったと言えるのかどうかも……わからない。少なくとも……化け物が……受け入れられることは……ない。


 だって、一樹たちですら……受けきれていないのだから……。一緒に行動したとしても……絶対にサラはこの輪には入れない……。入れるはずがない……。

 入れられる……はずがない。


 化け物は化け物……一樹たちとは違う。


「……ごめん」

 いろいろ頑張ったみたいだが、結局奈美もただ謝って、サラから目を背けるだけになった。


 そんな風に時を過ごしていると、やがて太陽もどんどん沈み、夜が近づいてきていた。もうすぐ……今日が終わる。


「じゃあ、もう……あとは明日かな……」

 食事のあとを片付け始める奈美。それに合わせて、みんなも空になった缶詰などのゴミをダンボールに放り込んでいく。


 片付けも終わると、みんなで毛布を取り出して体を包み込ませる。ライトがいなくなった分、サラの分まで用意できたのは……幸い……なのかな。


 もう完全に外が暗くなったとき、みんなの寝る準備は整っていた。今日の戦闘を含めて体力も減っていたのだろう。すぐにでも寝むれそう。


 最後、みんなで今をかみしめて、あいさつしあう。

「おやすみ」


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