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第3話 変身する力の先に……

 ***


 三階、五の三教室。文音と綺星、ふたりは閉め切ったドアにもたれかかりつつ、ほぼ同時にしゃがみ込んでいた。


 あのサラとかいうバカによって、化け物が外にうじゃうじゃといるにもかかわらずドアを開けられた結果、化け物との戦闘を強いられることになった。


 ほかのみんなとはぐれつつ、文音と綺星はこの教室へと逃げ込んで今にいたる。


 文音はバクバクとなり続ける胸に手を当てなんとか深呼吸を試みる。だが、荒い呼吸を整えるのは簡単ではなかった。

 唐突に入った戦闘で体中が興奮状態に陥っている。


 となりにいる綺星は文音以上に荒い呼吸を重ねていた。

「はぁっ……はぁっ……はぁっ」


 胸を押さえ苦しそうに息を吐いている。押さえている手にはまだ赤い毛並みが残ったまま。


 文音もなんとか気分を落ち着かせて変身姿を解こうとする。……だけど、変化を押さえることがなぜかできない。

 わからないが、少しずつ全身に痛みも走り出し始めている。


 ……おかしい……。いつもと……だいぶ……。


「……大丈夫か?」

 綺星も相当まいっているらしく、表情が大きくゆがんでいる。変身姿を解く様子もない。


「……も……戻らない……」

 綺星も首を横に振ったかと思えば、そのまま床に崩れこんでしまう。


 まずい……体になにか起きてる……。

「……あ……こうすれば……」


 ふと思い出し、ポケットからケースを取り出した。注射器が三本入っていたケース。そのうち、一本だけが残っている。


 その注射器を手に取りケースを適当に落とす。そのまましっかり握りしめ、自身の腕に針を突き付けた。


 ほんの一瞬感じる痛みのあと、薬を体内に注入する。やがて、体に走り始めていた痛みは治まり、化け物じみた姿も元に戻った。


 呼吸はまだ荒かったがすぐにもう一つのケースを取り出し、注射器を一本手に取る。それをとなりで苦しんでいる綺星の腕に打ちつけた。


 注射器に入っている薬がすべて綺星の体内に注入される。それから、しばらくすると綺星の呼吸も落ち着き、やがて元の姿へと戻っていった。


「……ふぅ……一応これで大丈夫か……」

 息を吐きつつ近くの壁にもたれかかる。残り二本になった注射器のうち、一本を空のケースに移しかえる。


「……はぁ……あれ? ……なんか……」

 自身の体に疑問を抱く綺星。


「なにが起こったからわからないって顔をしているな」


「……文音ちゃん、わかるの?」

「いや、わからないが」

「……」


 一瞬、期待の目を向けられたがあっさり切り捨てた。だけど、それが事実なのだから仕方がない。

 だが、綺星は納得できないというように自分の腕を見ている。


「憶測でいいなら……」

 綺星がまた期待の目を向けてきたのでそれとなく逸らして答える。


「……たぶん、制御の問題じゃないか? 三つあるシステムの中じゃ、一番戦闘力があるかもしれないけど、体力の減り方も著しかった。体の負担も大きいということだろう。


 そんな力を使い続ければ、次第に体が内側から変化していく。その結果が……化け物の体に近づくということなのか……」


 実際、体がうまく戻らず、注射したら戻せた。

 力を使い続けたら、だんだん文音と綺星の体も……化け物に……。そして注射と力の使用を重ねていけば……人ではなくなっていく……。


 体はより化け物へ……戦闘に特化したものへ……。


「ってことは……もしかして、あのサラって子」

「……っ! そうか……わたしたちの慣れの果て……」


 綺星の言う通り、話としては通っていそうだ。衣服を着て、人の言葉を話す。記憶喪失というのも、変化の結果おこる副作用と考えれば……。


「え? 待って……ってことは……あたしたち、いずれ、あぁなっちゃうの? 全身青色の化け物になっちゃうの?」


 綺星は震えながら自分の頬に手を振れる。幸い、まだその頬も手もペールオレンジのままではある。


「……気休めにもならないかもしれないが、そうとも言い切れないだろ」

 怖がる綺星をなだめるつもりで言ったが、半分は自分に対するごまかし。


「だったら、なぜサラがいたのかわからない。本当はわたしたちのほかにもだれかがいたのか? だいたい、なぜ今までは見つからなかった?

 それに、あいつからは戦意がまるで感じられなかった。


 本当にわたしたちの慣れの果てなら、驚異的な力を発揮してもおかしくはない。だろ?」


 ここまでいろいろ言ったが、綺星の表情はあまり変わらない。それどころか、首をかしげてきた。


「……サラって子も……元はあたしたち六人のうちのだれかかも……。もっと言えば、あたしか……文音ちゃんか……」


「……いやいや、なにを言って……」


 いや、……その通りか……。文音たちがクローンであるという事実を無視しかけていた。……なんども繰り返されている。過去の文音たちの中で同じように力を使っただれかが、あのサラであっても……おかしくは……。


 それにサラは文音たちより成長している……。背丈もあった……。その点も……矛盾はしていない……。戦闘意識だって、記憶を失った直後なら……。


「へ……へへ……もしかして、サラ……実はあたしだったりして……。ほら、サラと綺星キラ。名前の感じを似てるし……。記憶がごちゃぁってなって、ちょっとずれてしまったとか……?


 へへ……やった……あたし……まだまだ……生きていられる……。うっ……うぅ……、うぅぅ……くぅ……」


 綺星は笑っている素振りを見せていたが、感情を隠しきれなかったらしい。笑いながらも大粒の涙を流し始める。なんどか拭うが止まる気配はない。


 ……奈美なら、すぐにでも綺星を抱きしめて気持ちを落ち着かせただろう。文音だってそうしてやりたいとは思う。


 だけど、自分だって……受け入れるのに必死……いや、受け入れられもしない。あのサラが慣れの果てなんて……。


 無責任にも……大丈夫だ、なんて声はかけられない……。毛ほども思ってないセリフを……どうやっても吐けない……。


 代わりにそっと綺星の肩に手を振れて背中をなでおろす。だけど、まだ綺星にかけられる声は見つからない。


 奈美は奈美で……やはり強い奴だ。……もしかしたら、このままいけば、いずれ人でなくなり、記憶をなくし、次の自分たちと化け物として会うなんて……。


 このままいけば、そのシナリオどおりになる可能性が高い……。なら……、意地でも……変える手立てを……。


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