第6話 化け物の子
家庭科室のドアの前で硬直したまま動けない奈美と喜巳花。窓から見えるのはたしかに家庭科室。しかし、その中には奇妙なものがいる。
一言にいえば衣服を着た化け物。……しゃがみ込んでいるからわかりづらい。だが、ざっと身長は奈美たちよりずっと大きいが、化け物よりは一回り小さいか。
落ち着き、一旦ドアから離れると奈美と喜巳花、お互いに顔を見合わせる。
「……どうする? ……ってか、どうしたらいいの?」
「……うちに聞かれても……」
「…………だよね」
……ちょっとマニュアル外のことが起きた場合の対処法を伝授してくれる人はいないだろうか。いや……これ、マジでなんなんだ?
パッと見た感じは化け物とよく似ている雰囲気はあるのに……。
「誰かいるの?」
「「……えっ??」」
ふと、聞こえてきた声に思考が停止。奈美と喜巳花、同時に困惑。
「喜巳花ちゃん、なんか言った?」
「いや、奈美がなんかゆうたんちゃうん?」
奈美は喜巳花と顔を合わせつつ思う。話がかみ合っていない……。ということは……。
必然的に家庭科室のドアに意識が向けられる。
どう考えても……これは……。
そっと、顔をもう一度窓からのぞかせる。で、同時に引っ込めた。
「……目が合ったんですけど」
「よっしゃ。なら、たしかめよ」
「……えっ? うぁおあい!」
あまりに突然のこと。なにをトチ狂ったのか知らないが、急に家庭科室のドアを開けた喜巳花。そのまま一歩、家庭科室の中へ足を踏み入れた。
「ちょっと、喜巳花ちゃん!?」
奈美が慌てて止めに入ろうとしたとき、すでに喜巳花がリストバンドのシステムを使用し、手にした銃を教室の中へと向けていた。
その銃口の先にいるのは……衣服を着用した化け物。
しかし……、その化け物は……。
「……えっ? ……えっ? ……えっ?」
今までの化け物とは明らかに違う雰囲気と行動を取っていた。困惑した表情、こちらに対する戦闘意思はおろか、こちらを警戒するように震えている。
やがて、化け物はゆっくりと両手を挙げ始めた。
「……や……やめて……うた……ない……で」
やはり、言葉を話してきた。
弱弱しく、震えるような声。間違いなく奈美たちに対して恐怖を抱いている。この衣服を着た化け物は家庭科室の端っこでただただ縮こまっていた。
「……喜巳花ちゃん……、銃は下ろしてあげて」
「……本気でゆうてるん? しゃべるってことは……むしろ、ほかの化け物より賢いって考えるべきやない? うちらを油断させて、その寝首を襲う……とか?」
「……」
思わず口を紡いでしまう。なぜなら、それは奈美も心の奥で思っていたことだったから。少なくとも、奈美たちが理解したのは自分たちのことを少しだけ、化け物に対してはまだほとんどわかっていない。
目の前にいるのは奈美たちと会話できるが、見た目は明らかに違う。奈美たち人間よりはるかに化け物より。化け物との関係性を疑うのは当然だ。
だが……。
「……わかってる。それでも……下ろしてくれる?」
もう、奈美には、目の前にいるやつは……いや、この子は化け物というより、ひとりの子に見えかけていた。
初めて会った文音みたいに、堂々としていたらこんな感情にはならなかったと思う。
だけど、目の前にいる子は、震えて怯えて……まるで、少し前の自分たち……いや、いま、心の奥にしまっている自分たちと同じ。
「……奈美……世話焼きな性格だけは……絶対に変わらんみたいやね……」
「そりゃぁ、すぐとなりに、世話焼かせる元気な子がいるからね。銃のおもちゃを振り回すような子は放っておくわけにはいかないと思うんだけど。喜巳花ちゃん、そんな悪い子のお世話を頼める?」
「……お世話させてもらいますわ」
喜巳花がそっと銃を下ろしたのを確認すると、奈美は一歩、目の前の子に近づいた。だが、目の前の子はむしろビクリと体をこわばらせる。
そんな子に対して、奈美はそっと手を差し向けた。
「大丈夫だよ? 言葉はわかるよね? ほら、安心して」
そうして、できる限りの笑みを浮かべて見せた。鏡がないからわからないけど、もしかしたら奈美の顔は恐怖で少しひきつっているところがあったかもしれない。でも、全力でそう言った感情を押し殺して、手をさらに伸ばす。
「……ね?」
目の前の子はぐっと鋭い視線で見てきた。化け物の目などじっと見たことなかったが、この子の目は今はっきりと向き合えた。そこには、たしかに黒と白の目。はっきりと、こっちを見ているのがわかる。
「……」
目の前の子は黙って沈黙を重ねる。肩よりさらに長くのびる赤い髪の毛だけが、少し揺れる。
だが、やがてその子はゆっくりと、奈美の手に自身の青い皮膚の手を重ねてきた。
その瞬間、たしかに感じる体温。それは目の前の子が一体なんなのかはわからないが、少なくとも奈美たち同じで……たしかに血が通い、生きていることが伝わってくる。
「……あたしは奈美……三好奈美……君は? 名前はある?」
「え? あんの……名前?」
後ろから喜巳花がなんか突っ込んできたが完全に無視して目の前の子と顔を合わせる。すると、ゆっくりとその子は口を開きしゃべった。
「……サラ。わたしは……サラ……」




