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人とゆかいな化け物たち  作者: 亥BAR
第二章 
63/168

第3話 監視役が知ること

 ***


 柳生文音はひとり、職員室の前まで来ていた。特にこれといった理由はなかった。ただ単純なトイレに行っただけ。用事も済まし、教室に戻ろうとするところ、トイレの隣に職員室があるという話。


 ほんの気まぐれだった。なんとなく、という感じではあった。ふと気になりその扉に手をかけ、スライドさせている自分がいた。


 別になんでもない職員室。文音も一度は探索のためここに入ったことはある。その後、一樹たちも入って戦闘でも繰り広げたのか、少し机椅子が散乱してはいる。だが、それだけ……。


「……」

 ではなかった。


「わざわざ職員室にいるとはな……。自分はスタッフ側だと、皮肉ったつもりか? 和田ライト」


 文音の視線の先、職員室の奥の方で、椅子に深々と掛けて座っているライトの姿があった。さっきまで窓の外を見ている風だった。文音が声をかけたことにより、くるりと椅子を回転させて、こちらに顔を向ける。


「もし僕が三好奈美であれば、そういう意味合いも含まれていたかもしれませんね。でも、僕はそこまで気の利いたジョークはしませんよ」


 ライトは体を完全にこっちを向けてくる。だけど、立ち上がることはおろか、奥の場所から移動しようとする気配はまるでない。ただ、ずっと椅子に座ったまま。


「それにしても、よく僕を見つけられましたね。デジャブを感じたからですか?」


 特に返事はしない。だけど、このライトの言い方からするに、こうやって事件後、職員室で過去に何回も同じやり取りをしているということか。


「まだ、この学校内にいるのか……。戻る場所はないのか?」


「それは、柳生文音、君もわかっていることでしょう。もし、気づいていなければ、僕の後をつけようとしていたはず。だが、しなかった。それは、僕にも帰る場所はないと、うすうす気づいていた。

 所詮は、僕もクローンということです」


 文音は後ろの出口を開けたまま、逃げ口を確保しつつ、少しだけライトのほうへと近寄った。


「君に聞きたいことは山ほどある。そして、その大半は君が答えてくれるものだとは思えない。だけど、この状況では君が最も真実に近いはずだから、あえて聞く。


 ……わたしだけがデジャブを感じているのはなぜか? これはただの偶然なのか? それともわたしだけが繰り返しをしているのか?」


「全員が同じことを繰り返しています。といっても、毎回同じ行動にはならないですが……。その一番の要因は、デジャブを感じている柳生文音にある、とだけは言えます。


 あ、そうそう。またピッキング技術が上がったみたいですね。スピードの記録は無事更新されましたよ。おめでとうございます」


 まるであざ笑うかのように何回か拍手を送ってくる。気に食わない態度にイラっときたが、理性で抑え込む。

 代わりに別の疑問をぶつける。


「そのピッキングとやらで地下のドアは開けられた。だが、ほかの鍵がかかった部屋は同じように開けられる気配はまるでなかったんだが?

 ほかの教室は開けられて、地下だけが開けられないならまだわかるのだがな。


 これ……わざとだろ? 地下のドアはわたしの手によって開けられることは想定済みだったんじゃないのか?

 なぜ、地下だけ開けられる仕様になっていたんだ?]


「さぁ、そんなこと、僕にはわかりません。それが君の妄想以上のものでしかないのか、事実なのか、すら僕には知りようもないんです」


 ……思ったよりしゃべってくれるな。だけど、この感じだと肝心の部分は知らないの一点張りで通されそうなのもまた、たしかか。


 すると、今度はライトが少し前に体を倒してきた。肘を机に置いて手を合わせる。

「それより、柳生文音。君はシステムをひとつ余分に持っていますよね? それ、本来僕が使用するものだったんです。返してもらえます?」


「冗談じゃない。わたしが渡すと思うか? 優位な立場をみすみす失うような真似、するはずがないだろう」


「ですよね……残念です」


 正直なところ、これはかなりうれしい誤算だ。システム、ドレスアップシステムのひとつも合わせてあの時取っていたのはほんとうに偶然だった。ここで、優位にたてるとは想定すらしていなかった。


 でも、もしかしたら、繰り返しのなかで、奥底からこの選択を無意識のうちにとっていたのかもしれない。


「変身」

 力を解放させて一気にライトとの距離をつける。机の上に足を開け、鋭い爪をライトの首元へとピタリと当てた。


「もういい。知っていることは全部吐け」

 少し力み過ぎて爪がライトの首に入りこむ。そこから、少し血が首筋に伝るのだが、ライトは感情などないかのように表情を変えない。


「僕は知っているようで、実際はなにもわかっていません。……知らされていないというべきでしょうか……。少なくとも、君たちの助けになるような情報は僕も持ち合わせてはいませんよ。


 せいぜい語れるとしたら、君たちは今まで何回、どうやって死を迎えてきたか、それを伝えることぐらいでしょう。僕は君たちの監視役ではありますが、その意味まではわからないのです」


 ……言っていることが本当なのかどうか、計り知れない。だが、こいつもまた自分たちと同じ、見知らぬだれかの操り人形なのだと考えれば、ウソではないのかもしれない。


「あと、……ここでわたしを殺して無意味ですよ。ほんとうのほんとうに……。僕を殺しても、新しい僕が今の記憶と合わせて再配置されるだけですから。

 この脅しは残念ですが、通用しません」


 この話は……まず間違いなく本当なのだろう。自分たちのクローンも目にして、デジャブも体験している以上、これを否定できる材料はない。

 結局、この目の前にいるライトに対して、なすすべはないのだ。とうぜん、その裏にいるやつらになど……。


 文音が黙って爪を下ろし化け物姿から元に戻る。それと同時、ライトが首の傷口を押さえることなく言葉を続けてきた。


「お察しがと思いますが、君たちの代の“実験”はまだまだ続きます。そろそろ、新しいイベントが発生すると思いますよ。

 せいぜい、あがいて見せてくださいよ」


「……実験?」

 質問を返すが、それに対して答える気配はなかった。でもまぁ、実験なのは……そうなんだろう……。むしろそれよりは……、

 新しいイベント……、これがなんの話なのか……。まだわからなかった。


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