第1話 あれから……
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一同は三の二教室に戻っていた。今回はここにはいない和田ライトの代わりに、ずっとはぐれ者扱いされていた柳生文音が一緒。
地下室にあった例のあれを見てから、文音によるこれまでの経緯について聞かされていた。なぜ、ひとり単独行動をしていたのか。なぜ、一樹たちを突き放すような言動をとってきたのか。
「……つまり、……タイミングを失ったこと、……そして、俺たちに必要以上の恐怖感を与えないため、別行動を選んだってわけなのか?
でも……内心は……助け合いたかっただと?」
ずっと黙って文音の話を聞いていた脇響輝。だが、一区切りついたところで確認の交えた質問をしてきた。
「……信じられない、と言った顔だな……。まぁ、たしかにここでわたしがウソをついていない、と証明する手立てもない。それに……そのあと……、事実が知り始めたあとは、突き放す理由も変わっていった……」
「……事実って……あのクローンのことか?」
「そういうことだ。あれを知ったあとはもう違った。……助け合いだとか、生き残るだとか……そういう次元の話じゃない。お互いに傷をなめあって一喜一憂などしている場合ではない。
あれを見て、冷静に慣れたときにはもう確信していた。このままでは、わたしたちは死ぬ。また繰り返されるだけだと。そして、なんども繰り返されているということは、わたしひとりじゃ限界があることも……。
なら、みんなで情報を共有して……立ち向かうしかない。立ち向かう相手も見えない状況下でな。……そのためには、君たちにも……現状を理解してもらう必要があった……」
文音は少し響輝から視線を離した。その先にいるのは三好奈美。だけど、今の奈美の目にはまるで生気が感じられない。ただ、椅子に座り込んで、ぼーっと天井を眺めているだけ。
「奈美……たぶん、君はまだ受け止めきれていないのだろうな。だれよりも責任感が強いがゆえに……。
……悪かったな。本当はあそこまで君と対立するつもりはなかった。でも……気が付けばわたしもムキになっていた。……お互いに……余裕がなかったんだろうな」
文音の言葉に対して奈美が反応することはない。ただ、黙って天井を見続ける。その様子に対して……いまはひとりにさせておくのが一番だと思えた。
新垣綺星もなんとなく察しているのだろう。奈美の近くにはよるが、振れようとも声をかけようともしない。
「……なぁ、まだ気になってること、ふたつあんねんけど、ええ?」
そんな空気のなかで、高森喜巳花は二本指を立てつつ文音に質問をしてくる。というか、両手でピースしてカニみたいにチョキチョキしている。
「……どうぞ。なに?」
文音も喜巳花の雰囲気に少し戸惑ったみたい。反応に少し時間がかかっていたが、喜巳花に促すよう手を向けた。
「あのさ、一応、うちらも地下の部屋は見つけてたし、確認もしてたんよ……。やけど、あのドア開いてへんだんよ……。無理やり破ることもできんかったし。
文音は……どうやって開けたん? 鍵でも見つかったん?」
たしかに、それは疑問だった。あの感じだと、ドアを無理やりこじ開けた感じもないし、おそらくそういう開け方はこの建物じゃむり。
……となれば鍵だが……一樹たちはそれを見つけることは出来なかった。
ただ、先に文音が見つけて独占していたというのであれば、話のつじつまは合うが……。
「あぁ、それな」
文音は小さく頷いて見せると、ポケットに手を突っ込む。すると、机の上になにやら物体をいくらか放り投げてきた。
机にばらまかれたものに対して、真っ先に反応を示したのは綺星。
「ヘアピンだ」
近寄ってピンをひとつ手に取る綺星。黒色で長さ五センチ程度のシンプルなデザインのもの。
その綺星の横で、文音もまたヘアピンをふたつ手に取る。それを前に突き出し、コソコソっとなにかをいじる真似をして見せてきた。
「こうやって、鍵穴に差し込んでカチャカチャっと。で、やり続けてたら開いた」
「へ? どういうことやねん」
喜巳花は文音のやっている動作の意味がわからないらしい。首をかしげている。だけど、一樹はすぐピンとくるものがあった。
「……ピッキングか」
鍵を使わずに錠を解除する方法。オーソドックスな方法は、針金などで、ピンを少しずつ外して回していくのとか……。
「うん? この開け方はそういう名前なのか? ちなみに、針金を探そうと図工室行きたかったが、君らがいたからね。隣の家庭科室にあったヘアピンに変えた」
たしかに、ヘアピンなら家庭科室にあってもおかしくはないよな……。にしても……、鍵の仕組みを理解した上でなら、以外とできるものらしいけど……。
「……でも、そんな簡単に開くもの?」
「う~ん、まぁ直感的にやり続けただけだが? まぁ、時間はかかったよ。でも……おそらく、これはわたし、何度もやっていたはずだ。
感覚がわたしの中に染みついているのかもな」
本人が言うデジャブというやつか……。だけど、ほんとうにそんなので開けられるものなのか? まぁ、でも開けられたのは事実か。
「ピッキングが……、カッケーな、それ。こんど俺にも教えろよ」
響輝がさっと横からヘアピンを取って眺める。それを横にいる喜巳花の横腹をツンツンとつつき始めた。
「響輝くん……、悪用するつもり?」
「人聞き悪いこというなって! せいぜい、校長室の鍵開けて、校長の椅子と机でふんぞり返るの再チャレンジしようと思っただけだって」
「あきらめてなかったんかい! ってか、うちのハラつっつくんやめい!」
なんて言いつつ、喜巳花もヘアピンを取ると逆に「うりぃうりぃ~」なんていいつつ、突っつき返したり。
「そりゃぁ、頑張って見たらいいけど、残念ながらそれは無理だと思う。少なくとも、わたしが試した限り、地下のドア以外は開けられそうになかった」
? ……ほかのドアは開かないのか? 根本的に鍵の仕組みが違うのか? この言い方だと、鍵がかかっていた三の一教室などもむりだったということらしいが……。むしろ、地下のドアのほうが難易度高そうな気さえするんだが。
「で……、高森喜巳花……だったっけ? もうひとつ、質問があるんだろ? もうひとつはなんなんだ?」




