第11話 できることを
トイレの端っこでひたすら怯えている新垣綺星。そんな子を助けつつも彼女に現状に向き合える意思を持たせようと説得を続けていた。
話を聞く限り、この子は三好奈美という子にかなり頼り切っている様子だった。だけど、肝心のその子もまた、化け物に襲われている。どうあがいても、綺星を助けられる状況にはない。
これから先、この小さな子でさえひとりで向き合い、戦わなくてはならなくなるのは目に見えている。そんな状況になったとき、彼女も自分自身で生き残る術を持っていなければならない。
といっても……対抗できる力の一部は完全に文音がパクっているのもまた事実ではあるが……。
文音はポケットからケースを引っ張り出し、注射器を一本手に取った。それをうずくまる綺星の手のひらの乗せる。
「……なにこれ?」
「そいつを体内に入れれば化け物を打ち倒せる力を手に入れることができる。それを打てば、君はこのピンチを脱することができる」
実際にこの力を使おうとするかは、完全に彼女しだいだろう。少なくとも、教養して無理やり注射を打つわけにはいくまい。
だけど、彼女だって戦うしかないと気が絶対来る。その時は、ぜひ自分自身で決意してもらいたい。
「 君はいずれ戦わなければならなくなる。
たぶん、わたしたちはこれから先で、大きな選択を迫られることになる。そのときまでに、戦う意思を持っておくといい」
あとはもう、綺星しだいだ。
それより、まだ文音にはするべきことがある。もう一人、三好奈美なる子のほうの手助けに行かないと。
そう意気込み、トイレを出ようとした。だけど、綺星に背を向けた途端、一瞬視界が暗くなりめまいがしかけた。
なんとか、意識を保たせ、体を揺らさないよう踏ん張る。
……だめだ、体力が奪われた……。変身した状態で長々と会話をし過ぎていた……。……とてもじゃないが、もうひとりの子を助けられる余裕は……。
「お願い、奈美ちゃんを助けて」
そんな文音に声をかけてくる綺星。助けて……できるなら、してやりたいが……、無理だ……。もう……立っているのも……。
「……断る」
結局、……こんな状況じゃ、自分を守れるのは自分のみ……。文音だって……他者を守れる余裕なんて……まるでないんだ。
「……なんで、なんでそんなひどいこと?」
ひどい? ……あぁ、たしかにな……綺星から見ればそうなるだろう。だけど、現実問題、無理なものは無理。
「こう見えて、わたしも結構体力を失っているからな。集中力がかけた状態でこれ以上戦闘を継続したら、わたしがどうなるか。
悪いが、自分の命のほうが大切なものだから」
さっさと力を解いて廊下を出る。化け物の皮膚からもとも戻ったことを確認しつつ、トイレを出た。
少し歩いて廊下の先を見る。まだ、もうひとりの子は戦っている最中。
遅れて綺星がやってきたので、向こうの端にいる子に向かって指を差した。
「さぁ、新垣綺星。さっそく選択を迫られる時が来たぞ」
自分が弱っていてもう戦う気力がないことは、綺星に悟らせてはいけない。そういうことではなく、綺星が綺星の意思で……。
「どちらを選んでもかまわない。例えどちらを選んでも、それは君にとって大きな成長の糧となる。さぁ、自身と戦え」
そもそも、あの子を助けるのは……もうこの綺星の力を頼るしかない。とにかく、できる限りの方法で彼女を消しかけ、自分はさっさと近くにあった図書室の中へと入っていった。
すぐに扉を閉めて、安堵のため息をつく。もう、そのまま気が付けば意識はもうろうとして、静かに崩れ落ちていた。
文音の目が覚めたのは太陽が昇り始めたころだった。光が目に入ってゆっくりと意識が覚醒していく。そして、倒れる前に起きていたことを思い出した直後、廊下に飛び出て状況を確認した。
もう、だれもいない。三好奈美も綺星も、化け物も……なにもない。楽観的に考えていいなら、無事彼女たちは助かったということらしい。
……ということは……ほんとうに綺星は力を使ったのか……。
まぁ、助かったのならもう文音が心配することもあるまい。きっと、みんなと合流していることだろう。
なら、こっちはこっちでできることをするしかない。壁にあった傷について調べていく必要がある。
だけど、そのうち、目覚めた教室にあった傷については、もうあらかた察しが付き始めていた。
あの傷、十何本かの線は……おそらく繰り返しの回数……。もっと言えば、繰り返しであると気づき、あの壁の印の意味を気づいた回数。なら、掘り返しプラス、もう一つ、傷をひとつ増やしておく。
あとは、この学校の探索か……。自分にできることはとことんやってみよう。なにもしないと始まらない……。
真実を……必ず……突き止めてやる。




