第8話 開かない三の一教室
三の一教室のドアの手前、腕を組みつつしばらく見続ける文音。
どう見ても普通のドア。しかし、再度手をかけてもやはりこの扉は開く気配がまったくない。文字通り、びくともしない。
ちなみに窓から教室の中を見ることはでいるが、中も大きく変わった様子は見受けられないが……。
「……これが……わたしがわたしに伝えたかったこと?」
この教室は鍵が締まっていて開けないと、わざわざ示すか? ……いや、それはおそらくない。ならば……この締まって入れない教室自体がなにかヒントになっているのか、それとも……なにか開ける方法があってその中にヒントがあるのか。
たぶん、過去の自分はここでなにかしらのものを知ったんだ。それを……いま一度、知るための手掛かりは……。
「……」
そういえば、となりの教室、三の二教室はパンマークがついていた教室だったか……。つまり食料が存在する場所。ちなみに……こっちは開くのか?
気になって少し三の一教室から離れて、となりの教室のドアに手をかける。すると、望み通りあっさりとこっちのドアは開いてくれた。食料が入っているのであろうダンボールをしっかりと備わっている。
「……やはり、ドアが閉まっているということ自体、なにかしらあると考えていいのだろうか……。だとすれば……」
もう一度、三の一教室の前でドアを見た。鍵穴も確認できる。となれば……ここを開ける鍵がどこかにあるのかも……。鍵がある場所として可能性があるのは……まぁ、職員室ぐらいか……。
「……そういう話なのか?」
鍵を探してここを開ける。……至極単純で、オーソドックスな考え方だ。むろん、その考えは一番打倒だとは思えるし、その線をしっかり見ていくにこしたことはないだろう。
だけど、ほんとうにそれだけなのか?
「……なにか、ほかには……?」
もしかしたら、過去の自分がほかにもなにか印を残しているのかもしれない。鍵が締まった教室にすべての意識が向けられてしまっていたが、その少し外したどこかに……。
「……っ!」
見つけた。
文音の視界に映ったのは廊下の隅っこ。この三の一教室自体、通常教室棟の端。そして、廊下にあるその隅の角、下のほうにもまた傷跡を発見できた。
意識してみないと見逃していただろう、なによりこの傷は間違いなく意図的なものだ。埋められてはいるが……これも……おそらく過去の文音が彫ったもの。
「これは……星形?」
不格好な形ではあるが、かろうじてそう見取れる。大きさは三センチ……満たないほどか……。
この星自体に意味があるのか……。星マークがなにかを意味している? それか……ただ単に、壁付けられた印が人の手によるものだということを教えるためか。
「わたしは……わたしに……なにを伝えようとしている?」
……ほかにも似たような傷がつけられているのか? しかし、この三センチにも満たない傷など、簡単に探すのは難しい。
今回、三の一教室というヒントがあったから見つけられただけ。この学校中の壁を見てこんな小さな傷を見つけていくのは不可能。……となれば……そんなこと、自分ならしない。
なら、たくさんつけられた傷を集めてひとつの情報になる、というわけではなさそうだ。やはり、このマーク自体か……。
ふと、窓の外を見た。建物の外になにかしらの情報はないかと思ってのことだった。が
別に外は特に変わったことはなさそう。平穏そのものと言った感じか。せいぜい言えることとしたら、そろそろ日が暮れてくるってことか……。
……そうえば……学校から出るって発想はまだしてなかったな……。いや、でも外にでてもあんまり変わらないか……。そもそも、外に出て、どこへ向かえばいいのかさっぱりだ。
なぜか、自分の家がどこにあったか、まるで思い出せない。
「……あぁ……やばい……眠くなってきた」
いろいろ考えて頭を動かしていたからか、一気に眠気が襲ってきた。日が暮れ始めたことによる反射なのか。
ただ、どちらにしても体が結構悲鳴を上げているのはわかっていた。あの化け物姿になった反動の疲れがまだまだ取れていない。
「……ひとまずなにか口にして、……寝るか……」
三の二教室で食事をとり、同じく教室に置かれていた毛布の一枚を引っ張り出し、包まるように寝ていた。
一度目を閉じたら、ほんとうに一瞬で眠っていたらしい。
もう、どれくらい寝たかわからないが、ふと目が覚めた。この覚め方は十分寝て疲れも取れたって感じか……。いや、硬い床みたいな寝心地わるい環境によるものなのか。
あたりは完全に真っ暗。日は完全に落ちているし、教室も照明などつけていなかったため暗い。まだまだ夜明けには程遠い時間帯であることはわかった。
そのため、再び目を閉じて二度目を試みているのだが、……どうも眠ることができる感じはない。
というか……なにか、忘れているような気が……。
「……警戒だっ」
化け物が学校内をうろついていた事実を今になって思いだした。こんな真っ暗な状況で襲われたら一巻の終わり。慌てて近くに置いてあった懐中電灯を照らした。
「大丈夫か……。近くには……いないよな……」
少なくとも化け物の気配は感じられない。にしても、このことを考えたら、おちおち寝てもいられない……。
もうすっかり覚醒したので体を起こして教室の照明をつけに行こうと動く。だけど、手前でとどまりその手を下げた。
変に明かりがあれば、よけい化け物が寄ってきたりするかも……。化け物の修正などわかるはずもないが……できる限りのことは避けたい。
しかし……、化け物がいるかもなんて思いだしたら、
「……また寝たいとは……思えるほど図太くはなれなさそう」




