第7話 ノミとハンマー
ひとり図工室に戻った文音。ひとまず適当に食料をあさり、乾パンなどを口に放り込む。合わせて一本水のペットボトルをポケットに入れた。
こんどはさっき確認していたノミとハンマーを取り出し机の上に置く。そのままかなり疲れていた体を休める意味も含めて椅子に座り込んだ。
「……ふぅ」
一息ついて、水分補給したあと、壁についていた傷跡を思い返していた。たぶんあの傷跡、少なくとも目覚めた教室にあった傷は文音が傷をつけたものだ。
たぶん、このノミとハンマーで。
ただ、気になることがある。それは掘ったのであろう傷はすべて埋められているということ。……そして、おそらく起こっている繰り返し。
もし、埋められたまま放置していたら、時間がたつと傷跡が目立たなくなるのではないだろうか。しかし、こうやってはっきりわかるほど傷跡がある。
ということは……、たぶん、文音は毎回……、少なくともこれに気付いた自分は傷跡をもう一度掘り起こしている。
今の自分、そして先の自分により確実に意図を伝えるため。
「……ひとまず、そこのやつを掘り起こして……ん?」
ふと、ドアの外に人の気配を感じた。一瞬化け物かと思ったのだが、すぐにそれは勘違いであることを理解。
「また化け物がいるかもしれない」
「タイミングを合わせて開けろ、いつでもいい」
……どう考えてもあの子たちだ。ドアの前でわちゃわちゃ言っている。まぁ、警戒するに越したことはない。
「じゃあ、行くよ?」
そんな声かけが廊下で行われたあと、この図工室のドアが開けられた。
「お疲れ様。よくここまでたどり着けたね。おめでとう」
「「お前かいっ!!」」
安心させる意味も含めて一応挨拶したのだが、思いっきりツッコミを入れられた。でもまぁ、いいや。
「……で、文音ちゃんは……どうしてここに? やっぱり食料目当て?」
セリフは特に問題ない、この状況にあったものだと思った。だが、やはりこのセリフを放っている本人よ……。見るからに敵対心がむき出し。
この子の思いは理解できるつもりだ。文音も同じ立場ならそういう風になっていたとは思う。だけど、それを理解しても……受け入れられるわけではない。
なら、せめてあなたと自分は同じ立ち位置にあるんだ、ということを伝えよう。
「わざわざ説明する必要はないだろう。基本的に君たちと立場は変わらないのだから。君たちがここに来た理由とたいして変わることはない。
むろん、敵対するつもりもサラサラない」
まぁ、ほんとうのところを言えば、壁を掘ってやろうとしていたがわざわざ言う必要もないだろう。もし、彼らがデジャブなど感じていなくて、自分だけなのだとすれば、さらに自分は異質の存在となる。
これは……黙っておこう。
「食料ならそこに何日か分用意されている。わたしはここに長居するつもりはない。残りは遠慮なく君たちで食べるといい」
もう、自分はこの教室から出ていくべきだろう。少なくとも、この部屋の中でいきなり壁を掘りだそうものなら……先は言うまい。
なら……こっちはこっちで独自に動いていこう。
「待って、文音ちゃん……」
ふと声をかけてきたのはやはりあの子。不信そうに文音の手元を指さしてくる。
「そのハンマーと……ノミ? それどうするつもりなの?」
言われて手に持ったハンマーとノミに意識を向ける。文音の状況を隠しつつ、どう言い訳しようか一瞬悩んだ。だけど、少し客観的に見ればすぐ見つかった。
ハンマーを肩にかけつつ嘘八百の言葉を並べる。
「武器に決まっている。逆に聞こう。化け物がうろついているこの状況のなか、丸腰で出ていくやつとどっちが変だ?」
我ながら見事な言い訳だと、言ってから思えた。実際のところ、ハンマーで化け物が倒せるかと言われれば首を横に振りたいが。
「なにが起こるかわからないんだ。君たちも準備は怠らないようにしたほうがいい」
最後のこのセリフは本心だ。自分に言い聞かせつつ、ほかのみんなにも向けた言葉だった。この状況が異質なのは言うまでもない。このデジャブが……繰り返しが何を意味しているのか……まだ想定もできていない。
とにかく今の空気から逃げ出すため、さっさと図工室を出ていった。
ノミとハンマーを手にしつつ、次に向かうべき場代を模索して地図を開く。現状候補として挙がっているのは三の一教室と五の二教室。
三の一教室はとうぜん、あの印の意味を確認するため。五の二は文音が最初に目覚めた教室。
後者のほうでやりたいことは今のところ、埋められた傷を掘り起こすことのみ。であるならば、まずはなにかしらのヒントが存在する可能性がある三の一教室を目指してみることにした。
まず、行くには二階に下りないといけないので階段を使って下の階へ降りる。そのまま辺りに注意を向けつつ、一目散に目的の教室を目指して進む。やはり、途中で化け物に遭遇はしたが、一体ずつ丁寧に倒しつつ進んでいく。
そのまま無事、三の一教室の前までたどり着いた。廊下からドアを眺めてみたり、中を覗いてみたりする。
「……変わったところはないな……」
ならばと思い、ドアを開けようと手をかけた。しかし、そこではっきりと違和感が出てきた。
鍵がかかっているのか、その扉はいくら力を籠めようが動く気配がまるでなかった。




