第5話 手助けチャンス
ノミとハンマーに軽く手を振れつつ、壁に彫られていた「3-1」という記号文字を思い浮かべていた。彫った記憶があるのかと言えば、それは否だ。しかし、それでも……もう、信じて疑えない自分がいる。
「たぶん、過去のわたしが……いまのわたしに……なにかを伝えようとしている……」
正直、自分で言っていて頭がおかしくなったとしか思えない。だけど、ほんとうにおかしいのはこの状況自体なんだ。それを考えれば……これは……。
なら、実際のところ、この意味はなんなのか。少し考察してみようかと思ったその時だった。
急に壮絶な音が外から響き渡ってきたのだ。もう、それはもう壮絶なもの。ガラスが割れて地鳴りのような響きが廊下からなだれ込んでくる。
「なにごとっ!?」
手に持ちかけていたノミとハンマーを元に戻し、廊下に向けて顔を出す。となりにあるランチルームから、ちょうど化け物が一斉に廊下に出てきているところだった。
「あぁっ、さっきのっ……!」
ランチルームの中に閉じ込めたまま放置されていた化け物たちがあふれ出したんだ。ドアが完全に破り倒され、通常教室棟のほうへ向かって流れていく。
なにもなしに化け物が駆けていくとは到底思えない。なら、考えられるのはあの視聴覚室にいたほかの子たちを追いかけて……。
「……どうする……」
自分の手を見て考える。
視聴覚室の準備室には注射器のほかにもリストバンドやウエストポーチがあった。三つ勝手にパクってきたがまだ残っているはず。なら、化け物の対応は可能だろう。
……それに、銃をぶっ放したのはあの子たち。
「おい、東! 新垣を頼む! パス!」
「……」
「いや……、僕じゃ人をかかえて走るなんて……!?」
「……」
「あっ、しまっ!」
「……」
なんか……ダメそう。
というか……ここが顔を合わせるチャンスになるのか。助ける形で参入することができたらそれだけで逃したチャンスを取り戻せるかも。
「……ん? ……わたし……すでに戦う前提で考えている?」
ほんとうならもっと闘いに拒否反応をもってよさそうなものだけど……。もうすでに、あのわけわからない力を受け入れている自分がいる。
「……こしたことはないな」
中途半端な戸惑いは間違いなく面倒を引き起こす。なら、違和感を必要以上に考えて戸惑いを作らず、まっすぐ進む方がいい。
……この状況がすでにおかしいのだ。進むしかない。
「……よし」
右手のこぶしを左手でパシッと音を鳴らして受け止める。やるならさっさと行こう。遅れたらいいことない。先に倒されたら出る幕はないし、やられたらお話にもならない。
意を決し廊下へ出ると、化け物が出ていったほうへ向かって走り出す。すでに化け物の姿はない。となれば、曲がった先の渡り廊下を走り抜けているということになる。
ランチルームのドアが廊下に倒れているところ、壁に張り付き渡り廊下の様子を見る。逃げているのかと思ったが、なにやら戦闘にもつれているようだ。逃げきれなかったということか。
しかし、彼らの身なりも少し変なところがある。化け物の姿ではないが、アーマーを装着していたり、ローブを来ていたり。……これが、あのリストバンドやウエストポーチの力ということか……。
よし……。
「変身」
全身が化け物の姿となり、全身の熱が高まっていく。そのまま一気に飛び出すとまず一体目の化け物の首を素早く切り裂いた。
「……えぇ? ……はっ!?」
目の前で化け物が倒れたことに驚きを隠せない様子の女子児童。目をまんまるにして倒れた化け物に視線を下ろしたが、直後に文音の顔に視線を向けなおしてきた。そして、同時に表情が驚きから恐怖へと変貌するのがわかった。
文音の顔もまた化け物のようになっており、それに対して恐怖を感じたわけだ……。まぁ、無理もないが、そこにかまう必要はない。
瞬間的に判断し、次の化け物にターゲットを移す。今度は男子児童と戦闘を繰り広げている化け物の首をたたき切った。
「……ふぅ」
ごっそり体力が削られているのが身をもって実感できる。このままだとまた失神しかねないので、ひとまず変身姿から元に戻りつつ、先を見た。
廊下の先にはまた別の化け物がいる。ここにいるふたりより年下の子たちが化け物と戦闘を行おうとしているところ。
「……一体倒したから、第一ステージクリアってことに……なりませんか?」
なんかそんなバカげたことをつぶやいている男子児童。
「……ですよね!?」
「一樹……なにやってるん?」
……なんだ、こいつら……。緊張感、なさすぎじゃないか? この状況をどう見ているんだ?
だけど、彼らもまたピンチであることに変わりはない。一気に走り抜け、化け物の後ろを取る。再び「変身」の掛け声とともに、児童に攻撃を仕掛けようとする化け物の背中から鋭い爪を突き付けた。
ほかにもいた化け物もあわせて倒していく。繰り返しのなかで戦闘の仕方を体が感覚的に覚えているのか、とくに苦もなく化け物を倒していけた。
ただ、そんな文音の姿を気味悪そうに見られているのも同時に理解できていた。




