第4話 化け物の力
「変身」
気が付けばそんな単語を口ずさんでいた文音。
ランチルームの中、化け物に囲まれたこの状況で、たしかに文音の体に変化が起こり始めた。
全身に張り巡らされた血管が一気に脈打ちだす。体中に熱がこもり始め、やがて目の前にある自身の手の甲から赤い毛が伸び始めた。皮膚の一部青色に変色していく。そして、爪が大きく頑丈に、鋭く伸びる。
鏡がないためはっきりと自身の姿を確認することはできない。ただ、うっすらと移る窓の反射と、感覚から自身の姿もまた化け物の姿へ変貌していることはなんとなく察した。
「……なに……これ……」
あまりに非現実で信じがたい実状に一瞬、パニックが深まる。だが、周りではすでに現実から離れすぎたことが起こり続けているのだ。
これ以上、驚くことはない。
無理やり自身の高鳴る心臓を抑え込み、周りを見渡した。
「べぇぇ~~~~」
「キキキッ……」
化け物は依然、文音のあまりを囲んでいる。囲まれ始めてからすでに十秒以上は立った。彼らに戦闘意識があるなら、もうすぐにでも襲ってくるだろう……。
「……入り口は……。よし……」
文音がこのランチルームに入ってきたドアはまだ空いている。そこを通り抜けるのに超えるべき壁は……化け物一体。
化け物が一斉にこちらに向かってとびかかってくる。それと同時に、文音も一気に床を蹴り上げた。
想像をはるかに超えるほど高くなっていた身体能力が大きく文音の体を宙に浮かせる。それと同時にただ目の前にいる壁となる化け物一体だけを見据えて手を大きく振り上げた。
「はぁああああっ!!」
空中で体を回転させつつ、勢いにまかせて伸びていた爪で化け物を切り裂く。そのままその化け物が倒れるのを確認するより先に、出口となるドアに向かって転がり落ちた。
勢いを殺さないで転がりつつドアを潜り抜けると同時、ドアを閉め切る。そのまま化け物が出てこないのを確認すると、となりにある図工室の中へと滑り込んだ。
本当に一瞬の出来事だった。身の危険を感じてたかと思えば、自身が化け物となって死線を潜り抜けるという。そんなわけのわからない現実に、高鳴る鼓動など休む気配がない。
合わせて、改めて見る自分の腕の変化に戸惑いを隠せない自分もいる。デジャブだとかそんなのどうでもいいインパクト。だめだ……受け止めきれない。
「……あぁ……」
急に視界がグラリと傾き始めた。近くにあった窓のサッシに手をかけるが、力が入りきらず崩れるように床へ座り込んでしまった。
壁にもたれかかりつつ、自分の腕を見ようとする。だけど、うまくピントが合わない。それが体力がどんどん消費されているのだと悟り始めたときには、意識が遠くへ飛んでいた。
――これは……いったい……? わたしたちは……――
――繰り返されている――
「はっ!?」
一気に気が付き無理やり自分の目と意識をこじ開けた。そして、同時にはっきりとわかったことがあった。
「……間違いない……」
デジャブは……ただのデジャブではない。……本当に繰り返されている出来事だ。今でもなお、記憶はあいまい……、いや、それどころかまともな記憶とは言えない。
夢の断片が散らばっているような……いや、それより不安定。でも……、この状況は……すでに体験したことが……絶対にある。
たぶん、注射器を体に打ち込んだことは前にもあった。化け物の姿となって化け物と戦ったこともある。……それも、なんども……なんども……。
夢にしか思えないけど、きっと夢ではない。
現状はなにもわからないのに、なぜかそれだけはわかる……。
「……っ? あれ……? なんで……?」
気が付けば、自分の頬に涙が伝っていた。泣いている……、なぜ? その意味はわからない……。でも、記憶の奥底に刻まれたなにかが……これを……。
「……そうだ……パンマーク……」
ここでもともとの目的、地図にあったパンマークの意味を探るべく行動を開始。図工室の中を見渡すと、すぐにその意味がわかるものを見つけられた。
一角に積み上げられたダンボール。その中を見ると、中には食料。やはり、このパンマークは食料のありかを示していたというわけだ。
「……うん?」
だが、注意が向けられたのはその食料だけではなかった。ダンボールの奥の壁に隠れた場所になにか印が見受けられたのだ。
ダンボールを少しずらして近くでその印を見た。埋められてはいるが明らかに傷。……これは、文音が目覚めた教室の中にあったのと同じ。
ただ、あっちはただの線が連なっていただけなのに対し、こちらの傷はあからさまに意味がある記号。
「……三の一? ……教室のことか?」
彫られた文字は「3―1」というもの。どう考えても教室、三年一組を示している感じしかしないが。
気になりその傷部分に手をそっと当てる。デコボコは一切なく、きれいに埋められてはいる。だけど、あとで埋めたあとまでは消せていない。
「……あれ……、これ……」
ふと、なにかを感じ、立ち上がると図工室の中にある引き出しを開け始めた。いくつか開けていくと、やがて目当てのものが見つかる。
それはノミとハンマー。図工室にあってもまったくもって不思議ではないその道具。だけど、その道具を見て……うすうす文音は感じた。
「……あれ、……彫ったの……わたしだ……」




