第2話 失うタイミング
視聴覚室が暗闇に包まれるなか、その裏にあたる準備室で、文音は息を殺しつつ窓からのぞき込む。どうやら、中にいる人たちはかなり混乱しているよう。
しかし、そんな空気は前にあるスクリーンに映し出される映像とともにガラリと変わる。
どうやら、この学校の校長らしい人物の映像が流れる。そして、同時に文音はデジャブに支配されつつあった。
映像はまだ流れているが、それを片耳で流しつつ、準備室の中を見渡した。
まず見つかったのは折りたたまれた紙。なるべく音を立てないようにそっと広げてみる。スクリーンから反射した頼りない明かりで確認してみる。
どうやら、この学校の校内地図らしい。三枚あるみたいなので、ひとつ念のため取っておくことにする。
そのまま、暗がりのなかで、必死に目をこらしていく。すると、こんどは三つのスーツケースが目に入ってきた。
「……これ……」
ケース、ひとつ目の中にはリストバンド。ふたつ目にはウエストポーチ。そして……三つ目には……さらにケース?
目をこらしていると、急に後ろから光が入ってきた。どうやら映像が終わったらしく、視聴覚室に再びともった光が準備室の中にも入ってくる。
あわてて窓から自分の姿が見えないようにしゃがみ込みつつ、ケースの中身を手に取った。
手のひらより少し大きめのケースがふたつ。よく見ると、その中には細い注射器が三つずつ入れられている。あわせて、このケースが入っていた大きいケースの前にはDVDの円盤も。
「……これは……なんだっけ……」
頼りない妄想のようであり、夢のようなデジャブをさかのぼってみようとするが、残念ながらそこまでは……。
一旦思考をやめて、別のものにも視線を向けた。リストバンドみたいなのも二つある。それに……ウエストポーチが……。
ウエストポーチのほうも手に取って確かめてみる。ほんとうに引っかかる。もう少し下から押せばポンと出てきそうなのに……。
だめだ……。
「いまはこっちのほうをたしかめるほうが先な気がする」
「……ん?」
ずっと視聴覚室での会話が続いていたが、ふとその言葉が耳に入った瞬間、手元をピタリと止めた。
「まぁ、それはたしかめるしかないだろうな」
……、中にいる人たちが準備室に入ってくる。まずい、どうする?
ここで待って顔を合わせるか? いや、この状況じゃ、彼らにとって、文音は明らかに異質になってしまう。
もう少し、別のタイミングをうかがうべきか……。
「あっ、待って。うちも行く」
……っ! 考えている暇はなさそうだ。
とっさに手に持っているものを握り締めて準備室を急いで出ていった。
その直後、後ろから男子の声「だれだ!?」という叫びが聞こえてきた。階段の近くまで走り抜けると角を利用してとっさに身を潜めた。
「……どないしたん?」
「……いや……、なにか物音……けはいがしたんだけど……いや……気のせいだ」
そんな会話が聞こえた後、ドアの締まる音が廊下に静かに響く。それに安堵した文音は大きく息を吐き、壁にもたれかかるようにしゃがみ込んだ。
「……タイミング、……完全に逃したな……」
いまさらこの行動を後悔したがもう遅い。変に引きずるより、まずは現状をできる限り把握したい……。
準備室から拝借していたケースふたつと、“ウエストポーチひとつ”を床にそっと並べた。
相変わらず心のどこかで引っかかりを覚えるのだが、それがなんなのかは全くと言っていいほどにわからない。
せいぜいわかることとしたら、ウエストポーチは腰に巻くもの。注射器は体に刺すもの、ということぐらい。
と言っても、注射器を使用してみようとは思わないが。
確認できることとしたら、ウエストポーチの中身。だが、確認しても救急セットが入っているということ以外、とくにわからない。いや……十分か。
こんどはポケットに突っ込んでいた地図を広げてみた。さっきは暗がりであったため、明るい場所でもう一度見直すことに。
基本的にはふつうに校内を示す図であるが、気になる点としてはところどころについたパンマークか。視聴覚室の中にもマークはある。これがなにを意味しているのかはわからない。
確認しようにも、いまさらどの面下げて視聴覚室に入れるというのか……。うん、まぁ……やめておこう。
でも、パンマーク自体は気になる。……ひとつ、確認しに行ってみようか。だとすれば、近くにある場所になりそうだが……。
選択肢として、二階のところと……、あとは三階、向かい側の棟にある図工室。近いのは二階のほうか……。
そんなことを考えているときだった。
急にドアを乱暴にたたく音が視聴覚室のほうから聞こえてきたのだ。あまりに、異質な音で全身がこわばってしまう。これ、視聴覚室の中にいるあの子たちがたたいている音であるとは……思えない。
恐る恐る角から顔をのぞかせる。すると、目に入ったのは、視聴覚室のドアを外から体ごと当てている、人型の化け物の姿だった。
「……なっ、……あっ?」
声が出かけてあわてて手で押さえて顔を引っ込める。
化け物は全身が赤い毛が全身を覆う大型のサルみたいなやつ。あんなもの、見たことがない。
……なかったっけ……。
「……なにこれ……」
どんどん頭の中が混乱してくる。デジャブだとか違和感だとか、そんなものすべてが吹き飛んでしまう衝撃。
「べぇぇ~~~~」
「……っ!?」
こんどは下のほうからそんな鳴き声が聞こえてくる。おまけにこの足音……。化け物が階段を上がってきている!?
ここに居たら……まずい……!?




