第7話 誘導し監視する者
地下室の中。六つの筒があり、みんなのもうひとりがその中で静かに眠るこの光景。ただ、六つということは、七人いる一樹たちの中のひとりが、この中にいないということを意味している。
そして、その人物は二年生、和田ライト。みんな地下室に入ってそれぞれ複雑な表情を見せている中、ひとりライトだけは入り口の外で立っている。それは、無表情で、まるで一樹たちを観察するかのように。
「……え? ……待って。一気にふたつのことが起きて、頭の整理がつかないんだけど……え?」
奈美がいきなりのことで、混乱状態になっているらしい。頭を抱えて、文音とライトを交互に見比べる。一樹だって、とてもじゃないが整然とはしてられない。
響輝、喜巳花、綺星はすでにその考えに至っていたのか、驚きというものは表情の中に感じ取れない。どちらかと言えば……、異端者……異物を……確認しようとする……感じ。
そんな妙な空気が流れるなかで、ライトそっと両手を上げる。文音が警戒するようなしぐさをみせるが、ライトはそのまま両手をリズムよくたたき始めた。
ずっと、大人びた対応で雰囲気が違ったライト。一番初めにシステムを手に取り、戦闘を取ったのは……、一樹たちに戦いを教えるためか。
そんなライトはいま、一樹たちの前で淡々と拍手をする。
「おめでとうございます。これで、これで十三回目ですね。柳生文音、あなたがその質問をしてきたのは。
ちなみに、このシチュエーションは七回目です」
七回目……。いまのこの状況が、すでに七回も起きている? ……いまの一樹にはそんな記憶などとうぜんない。であるならば、必然的に、いまの一樹より前に作られた一樹たちが同じ経験をしていると……。
で、目の前のライトだけは、それを知っている。
「……まぁ、そういうことなんだろうな。すでに何回も繰り返されていることを悲観するべきか、まだ思っていた数ではないと拍子抜けしていいものか、よくわからないものだ」
文音はこのクローンを見て、そこまで想定していたのだろう。対して驚くことなくうなずいている。ただ、さすがに響輝たちはそこまでの発想には至れていなかったらしい。こんどは驚きの表情を見せ始めた。
「……これはなんなん? うちら、なんでこんな風になってるの? ぜんぜん、意味わからんのやけど。
ライト……教えてくれるんやんな?」
「当然だな、知っているかぎり、教えてもらおうじゃねえか」
喜巳花がライトに一歩近づき、響輝が銃口をライトに見える。だが、ライトもまた同じように一歩下がる。
「待って、ここで脅してもやつに逃げられて終わりだ。こいつ、ずっとわたしの前に出ようとせず、この部屋に入ろうともしてない。
向こうは逃走の準備は万端というわけだ」
文音が両手を上げてみんなを制止。ライトに近づかせないようにする。そんななかで、奈美はなおも一歩近づきライトに目線を合わせる。
「ねぇ……ライトくん? あたしたちが……その……作り物ってこと? ウソだよね? ……ほんとうのこと、教えてくれる?」
奈美の言葉に反応するライト。少しだけ目を奈美に向ける。
「三好奈美、あなたは柳生文音に言われて受け入れる覚悟を持ったのではなかったのですか? いや、受け入れる覚悟を持ったが、事実は確保した容量をオーバーしていたということでしょうか」
もうライトは、ただの大人びた子といった印象は通り越した雰囲気になり始めている。達観して、物事を違うところから見下ろす存在というわけか。
「クローンであるということ。その事実は間違いありませんよ。合わせて言うなら、あなたたちが持っている過去の記憶、性格もすべて、生成されたものということになるでしょう。
あなたがたは、親の顔を思い出せますか? ここにいるメンバー以外の友は? 無理でしょう? 覚醒直後はまだ少しはっきりとしていた覚えはあるかもしれません。ですが、もうかなり薄れて思い出せないことでしょう。あなた方の脳に、体に、定着されていないのです」
……そう言われれば……親って……どういう顔だったっけ? そもそも親っているのか? ……家族も、友人の記憶も……まるでない。なにより、気になるのが……、それに対して違和感などまるで抱いていなかったこと。
「あなたたちの思考や記憶はすべて、あなたがたが違和感なく過ごすために用意された仮のものでしかありません。この施設の中で、化け物と戦うことだけが求められているというわけですね」
ライトは一定の調子でただ言葉を並べていく。すると、ゆっくりと一階に向かって延びる階段を昇り始めた。
「待てよ! お前! 肝心のことはなにも聞けてねぇ!」
ずっとライトに向けられていた響輝の銃口から光と音が発生。ライトのすぐ足元の近くで小さく破片が舞う。この階段も頑丈らしく崩れる感じはない。
同時に、ライトの足を進めるリズムもまた、崩れない。
「ここまで説明しましたが、結局のところ、僕はよくはわかっていないんですよ。わたしはただ、だれからともない、命令に従いあなた方を監視し、誘導する役を担っているだけ。
そもそも、僕もあなた方と変わりはありません。僕もまたクローンなんです。なんでも死んでは作り続けられる在。ただ、あなた方と違って、僕はその自覚も記憶も持たされているのですが」
そう言いながらもライトはすでに一階に到達していた。一樹たちはまだ地下室から足を踏み出そうとすらしていないのに。
「待て、ライト! 止まらないと撃つぞ!」
「無駄だ、やめておけ、脇響」
ライトに向けて銃口を向ける響輝の手にふれた文音。そのまま、ゆっくりと降ろさせる。
「あいつはわたしたちがやつを攻撃できないことを知って行動している。そもそも、いまのあたしたちは、やつを攻撃する、ましてや殺すメリットなんてあったものじゃない」
「……こ、ころ……」
表現のストレートさに奈美が目をまんまるにする。そんな奈美に文音は表情ひとつ変えず言い返す。
「なんだ奈美? ただ、化け物をわたしたちが殺すようにライトも殺すわけにはいかないと言っただけのことだ」
ライトも冷静だが、文音もまた冷静だ。
だが、文音の冷静さは、やはり強い覚悟のうえで成り立っているのが良くわかる。
「あいつもすべては知らないと言ったが、この中で一番、現状を理解しているのはやつ、ライトだ。なら、この状況でわたしたちが助かるうえで、間違いなくキーとなる。助かるには、まずやつを生かし続けるしかない」
希望とはいいがたいが……、今後は……ライトが道しるべと……なるわけか……。だが、この状況じゃ、ライトが一樹たちの味方であるとは、言い難いが。




