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人とゆかいな化け物たち  作者: 亥BAR
第7章 現実と真実の一部
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第5話 夢を手放し、闇をつかめ

 奈美と文音、ふたりはお互いにシステムを使用した姿のまま、廊下で向き合っていた。それなりの距離を保ちつつも、緊張した空気ははっきりと廊下に流れている。


 そして、奈美の表情はどんどんこわばっている。


「じゃぁ……そういうことだから……」

 ピストルを握りなおし、しっかりと向こうにいる文音に向ける。

「綺星ちゃんたちをたぶらかした罪、受けてもらう」


 ……ダメだ……。奈美は完全に文音に対して敵対心を見せ始めている。たぶん、一樹がどういっても……話なんて聞いてくれそうにない。


 奈美は躊躇することなく引き金を引き始めた。耳を突き刺すような音が何度も響きわたる。対する文音はそこに臆することなく突っ込みかけてきた。


 文音は奈美の攻撃を避けつつ猛スピードで接近。するかと思いきや、奈美の目の前で跳躍すると、一気に奈美の後ろを取るように着地してきた。


 文音の化け物に変化した腕が奈美の背中に向かって振られる。その手に付いた爪がはっきりと奈美の首を狙ってきた。


 奈美はすばやく首ごと頭を前に倒し、その攻撃を避ける。それと同時に蹴りを後ろに向かって放つ。かろうじて文音は首を曲げて対処してきた。


 ふたりによる瞬間的な攻防が終わり、互いに距離を取る。

 にらみ合うなかで、文音が口を開きだした。


「君はほんとうに愚かだよ」

「……愚か? 愚かなのは君だよ?」


 奈美の返事に対して、文音はまるであきれたように、ため息をついて首を横に振った。


「君はいま、かなり怒りを覚えているみたいだけど……、その怒りは無意味だと……わたしは言いたい。


 不安やプレッシャーに押しつぶされて、そのストレスをどこに向かって解放したらいいのかわからない。結果が怒りとなっている。そして、その怒りを向ける先に、一番しやすかったのがわたしというだけ。


 冷静になってみろ。いま、自分がこのわたしに対して向けている怒りが無駄だと気づけるはずだ!」


「違う! そうやって、いつもいつも。みんなをたぶらかして! ふざけないでよ!」

 奈美の振りかぶった鋭いこぶしが、言葉とともに文音のほおに直撃した。


 文音は衝撃により少しよろける。だけど、すぐに態勢を立て直した。ほんの一瞬、沈黙。

 だが、直後には、逆に文音のこぶしが奈美の横顔を貫いていた。


 文音のこぶしは奈美の放ったものよりずっと強かった。その証拠に、奈美は完全に床に背中をつけて崩れる。


「むしろたぶらかしているのは君だろう! 救いようのない現状維持の思考をみんなに押し付けているだけ。君のほうがよっぽど害悪だとわたしは思うよ」


 倒れこんでいる奈美はほおに手を当てる。結構な痛みがあったのだろう。だけど、すぐ表情は怒りのものとなる。

 一気に立ち上がったかと思えば、文音の襟元をつかみにいった。乱暴に押さえつけ、廊下の窓へ文音の頭をぶつけさせる。


「綺星ちゃんが変わってしまったのは君のせいなんだ! あの子は一年生なんだよ!? そんな子に、つらい思いをさせるわけにはいかないよね!? あたしたち上級生がそうしないようにさせなきゃいけないんだよ!」


「あいつは……綺星は……君が思っているよりずっと強い!」

 そんな奈美に文音は思いっきり頭突きをかましてきた。衝撃により文音の襟から奈美の手が離れる。同時に、文音の膝蹴りが奈美の腹に直撃した。


 たまらずその場でうずくまる奈美。文音はそれを冷たい目で見降ろす。

「綺星は君なんかよりよっぽど強く、現実と向き合おうとしている。はっきりと言ってやる。この中で一番弱いのは君だ、三好奈美!

 現状に固執し、前を見ようとする、進もうとする覚悟がないんだ!」


 文音の放った膝蹴りが相当効いていたらしく、ずっとうずくまっている。だが、その姿勢のまま、額を廊下の床に向けて、なんども打ちつけ始めた。


「じゃぁ、なに!? 前を見たとして、なにがあるの? あたしだってわかっているよ、このままじゃ助かりそうもないことぐらい! でもそれを認めて、前を向いたとしても、なんにも変わらないじゃない」


 奈美の声からだんだん力強さがなくなっていく。代わりに涙声へと移り変わっていく。


「ただ、助からないという事実に絶望するしかない。このままここでなにもわからないまま死ぬんだって、思うしかない。救いようのない闇が広がるだけ!

 だったら、いまのままでいるほうが、よっぽどマシだって、思わない?


 前をみなきゃ変わらない? 前を見ても、……変わらないよ。闇が深くなるだけ」


 床が奈美の流した涙で濡れ始める。一樹には、それが奈美の緊張が解けた瞬間に見えた。ずっと、上級生として年下のみんなを引っ張っていかなきゃと張りつめていた緊張の糸が切れたんだ。


 だけど、その切れ方は安心したから、なんていうきれいな切れ方じゃない。絶望し、あきらめかけているその気持ちにより切れてしまっただけ。


 文音もこの奈美の変化に気づいたらしい。少ししゃがみこむと、怒鳴りこむ強い口調から、言い聞かせるように話しかける口調へと変わっていく。


「いいや、変わる! 絶対に変えてみせる。そう思える強さを持つことが、わたしたちにできることだ。


 たしかに、現状周りに見えるのは闇ばかり。どこを見ても、四方八方、暗闇で助かりそうな光は見えない。だけど、目の前には、ほかとは違うものがある。ほかよりもさらに暗い闇だ。


 まわりを見ても助かる気配はない。なら、その前にあるもっと深い闇に飛び込んでみないか? その奥の奥に、闇に染まった見えないその奥にこそ、救われる希望がある可能性にかけてみないか?」


「そんなの……希望なんて言わないよ……。こうやって、なにも知らないまま過ごしている間は、まだ夢と希望がある。でも、ほんとうにその先を知ったら、きっとそれすらなくなるんだ。

 変えてみせるって? ……それでも、変えられないよ……」


「現状は変えたい……、でも変えられない。なら……、かろうじて夢を維持できている今を手放す覚悟を持つしかない。変わらずいまという夢と希望をつかもうとする手を離して、代わりにその先の闇をつかむしかない。


 それを選択できる強さが、いまのわたしたちには必要なんだ、違うか?」


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