第4話 プレッシャーによる錯乱
校内放送を終了させるボタンを押す奈美。続いて、ご丁寧にチャイムのボタンが押され、再度「ピンポンパンポーン」の音が外から聞こえて終わった。
「……よし、これでオッケー」
「……ごめん、どこが?」
思わず突っ込んでしまった。
だって、奈美がおこなったのはほんとうに、ただの呼び出しだ。もう少しひねったことをするのかと思ったのだが……これは……。
もし、これで、ほんとうに文音が職員室に来てくれたとしたら、あの子が純粋だったというしかない。
「大丈夫大丈夫、なんとかなるって」
奈美はなにを根拠に言っているのか知らないが、疑う様子も見せずそんなことを言う。機械の電源は落とされ、た。これ以上放送するつもりもないのだろう。
「いくらなんでも、楽観的すぎませんか? それで柳生さんがほんとうに会いにくるとお思いですか? ……それに、実際にあったところで……どうするつもりなんです?」
ライトも一樹が思った疑問を奈美にぶつけていく。とうぜん、ライトも一樹と同じことを思っていたのだろう。
奈美はそんなライトの質問に、放送の席から立ち上がりつつ返してきた。
「別にこれで文音ちゃんをほんとうに呼び出せるなんて、あたしも思っていないよ。むしろ……、それよりは響輝くんたちの足止めが大きな目的だよ。
こうやってあたしの声を彼らに届けたら、なにかしら踏みとどまってくれるかもしれない。少なくとも、あの放送を聞いてもなお、無視して文音ちゃんたちと会って……、事を進めない……はず」
そっちが狙いか……。それでも、絶対的な効果になるとは思えないけど。……ただ、文音を呼び出すよりは可能性としてはありか。
ほんとうに、望みは薄いが。
それは奈美も理解しているのだろう。最後に小さくつぶやいた「……はず」というセリフがそれを物語っている。
この感じだと……奈美はいろいろと追い詰められているな……。
「もうひとつの質問には答えてもらっていませんよ? 実際に柳生さんと会ったら……どうするつもりなのか……は?」
ライトははっきりと言って奈美の前に出た。
……なんとも意味のない質問に思える。奈美は自虐的に笑いつつ答えた。
「……ほとんどゼロの可能性だって、思っているんじゃないの? 考えるまでもないってぐらいには……。
まぁ、もし会ったとしたら……その時はその時だね」
そう言って、一樹やライトの横を通り抜けて、放送室のドアノブに手をかける。
「まぁ、ひとまず職員室に言ってみようか。呼び出しに応じてくれた子がいたら、待たせるのも悪いからね」
で、内側に引くその扉が開けられた。
「よう。呼び出しを受けた柳生文音だが? 遅いんで放送室まで来させてもらったよ」
……目の前に呼び出し食らったやつがいた。文音本人だ。……どう考えても、職員室によらず直接ここまで来ただろ、時間的に……。いや、下手すら……こうなる予想をして待っていたレベルか?
「……文音ちゃん。遅かったね、0.一秒も待ったよ」
奈美は文音を前にして平常運転で言葉を並べ始める。
かと思った次の瞬間。
「ドレスアップ」
その掛け声とともに、システムが反応。同時に文音に向かってこぶしを振り上げ始めていた。
「……っ!? 変身!」
遅れて反応した文音。化け物の姿に変わりつつ廊下の横方向にとびぬけた。直後に、文音がいた場所を奈美のこぶしが通過する。
「……おい、いきなりすぎだろ?」
「黙ってよ」
奈美は止まることなく文音に向かって接近。文音が奈美に向かって攻撃を仕掛けるが、不意打ちでイニシアチブを得ていた奈美の蹴りが先に入っていた。
奈美からもらった攻撃を受け流すように後ろへと跳躍を重ねる文音。奈美が追い打ちをかけるようにピストルを抜き、数発放つ。文音はその弾丸を壁や天井を蹴り上げる動作で避けつつ、奈美と一気に距離を取りに行った。
「……ちっ、すぐに仕留められなかった」
「……な、奈美ちゃん?」
奈美の口から洩れたこのセリフ。……これはとっさの判断で取った行動じゃない……。奈美は……文音と会ったらどうするか、すでに決めていたんだ……。
戦いを躊躇なく挑み……あろうことか……倒そうと……。
「一樹くん、ライトくん。ふたりは下がってて……。今すぐこの厄介者をお姉さんが黙らせてあげるからね」
奈美はそういつもみたいな優しい口調でそんなことを言い出した。ただ、表情はいつもと明らかに違う。……不敵にすら見える……その笑み。
「……な、奈美ちゃん? ……れ、冷静に……ね? ……、は、話し合い……するつもりなんじゃ?」
「話し合い? さんざんやったけど、無理だったじゃない。おまけに、綺星ちゃんや響輝くん、喜巳花ちゃんまでたぶらかすような真似をしたんだよ……。
これ以上、放っておいたら、みんなあの子の思い通りになっちゃう」
……これ……マジでやばいな……。たぶん、奈美の混乱はピークに達している……。ずっとかかっていたプレッシャーに……押しつぶされたか……。
一方、遠くで聞いていた文音も口をはさんでくる。
「……まったく、三好奈美だったか? 君……間違った方向に覚悟を持ち過ぎだ……いや、覚悟でもないか……、ただ、感情を高ぶらせすぎているだけ。
……君は……本当に愚かだ」
「いまのうちにしゃべるだけ、しゃべっておいたら? すぐにその素敵なお口に、お姉さんがチャックを付け直してあげる」




