第2話 悟った綺星
「……綺星ちゃん? なにを突然?」
奈美は突然おかしなことを言い出した綺星に対して手を伸ばそうとする。だが、綺星はそれを避けるように一歩後ろに下がる。
ついさっき、綺星は別行動をすると言ったのだ。はっきりと、みんなと一緒にいるのはやめると。
そんなことを言う綺星の顔は……なにか思い詰めた表情が浮かんでみえる。
「……お前、ほんとうになにがあったんだ? ……お前がひとり俺たちから離れるのは勝手だが、それくらいは話してくれてもいいんじゃねえのか?」
「待って! ダメだよ! 綺星ちゃんをひとりにするわけにはいかないよ」
綺星を違う形ではあるが、説得しようとするふたり。だけど、結局ふたりの視線は綺星から離れ、互いを見る形に。
「別に俺たちから離れたいというなら、好きにさせてやればいいじゃねえか。こいつは強い。
化け物に対しても十分戦える力を持っている。俺たちが心配するようなタマじゃねえよ、こいつは。
それより、新垣がなにかを知ったというなら、それだけはなんとしてでも知りたい。いま、大切なのはそっちだ」
「違うでしょ? あたしたちは上級生なんだよ? こんな状況で、小さい子を見放していいわけないじゃない!
響輝くんの言っているのは言い訳だよ。自分を優先的に考えたいから、面倒をみる相手をひとり減らそうとしてるんだ」
「なんでそういう話になるんだよ!」
「響輝くん、奈美ちゃん」
言い争うふたり。一樹ふくめた三人、だれも彼らを止めることはできなかった。ただ、綺星はそんな彼らに臆することなく声をかけてくる。
その綺星の割って入ってきた言葉に、言いあっていたふたりは口を閉じ、綺星のほうへ顔を向けるようになる。
綺星はふたりの顔が自分のほうに向いたことを確認すると、ゆっくり口を開いた。
「奈美ちゃん……ありがとう。あたしを守ろうとしてくれて……。でも、響輝くんの言う通り、もうあたしには必要ないかな」
「文音……ちゃん?」
奈美が問いかけるように言うが、綺星はとくに返事をする様子も見せず、響輝に顔を向ける。
「響輝くん。別に話してもいいけど……結局は……文音ちゃんがみんなに言っていたことを繰り返すだけになるよ。……つまり……そういうこと」
「……お前、いなかった間に、あいつと会ってたのか」
響輝の問いに対しては、綺星は視線を合わせると小さく首を縦に振って見せた。
「文音ちゃんの言う通りだとあたしも思う。このままやっていていたら、あたしたちは……なにも救われないと思う」
綺星……文音と会ったのは本当だろう。そして、文音が知っているなにかを教え込まれた。結果、いまの綺星がいるということなのだろう。
「わかった……。綺星ちゃんはあの子に騙されているんだよ……。大丈夫……あたしが付いているから。ね? ……大丈夫だから、惑わされないで」
奈美はなんとか綺星を引き留めようと両手を広げて抱きしめに行く。
「そんなのいらないよ!!」
だけど、綺星ははっきりと声を上げて、逃げるように露骨に後ろへ下がった。初めてはっきりと見せた、奈美に対する拒絶。
その視線は……間違いなくいままでの奈美とは違う。
「奈美ちゃんは……自分が逃げるための理由をあたしたち年下に突き付けてるんだ! 現実を無視する理由を作っているんだ!」
「……き、綺星ちゃん?」
「ほんとうはこのまま待っていても助けがくる保証なんてないと思っているくせに! それをみんなに気づかせないため、なにより自分がそれを感じたくないから、大丈夫だって言っているんだ!
現実から目を背けようとしているんだ! そんなんじゃ、あたしたちは絶対に助からない! なにも変わるはずないよ!」
綺星のセリフに、一樹は全身がビクリと凍り付く感覚を覚えた。常々思っていたことだ、日を重ねるごとに増していくことだった。だけど、不安なことを言わせまい、させまいと動く奈美に押され、口には出せなかったこと。
だが、綺星ははっきりと目の前でその空気を破り……、奈美の呪縛をやぶり言い放った。
……内容は文音が言っていたセリフと大して変わらない。だが、部外者である文音と、つい前までともに行動をしていた綺星が言えば、その重みは明らかに違ってくる。
綺星は言い負かされ完全に言葉を失った奈美をよそに、響輝と顔を合わせてきた。
「響輝くんは? 響輝は奈美ちゃんよりは話がわかると思って聞くよ? ……目の前に真実を知ることができる扉があるなら、響輝くんは開けられる? 受け入れられる覚悟はある?」
「……あるのか? ……そんな扉が? ……お前は……見たんだな? 新垣がそれだけ変貌させるほどのものを見たんだな?」
綺星は深く頷いて見せる。
「たぶん、いまの奈美ちゃんなら、自分で扉をあけることはしないんだろうね。現実をしるより、目をつむって避けるほうを望むんだよね。
……で、響輝くんは? ほんとうに知りたい?」
「……俺は知りたい」
「待って響輝くん! それは文音ちゃんの罠だよ! そうやってみんなの不安をあおり続けるんだよ」
「……ほら、やっぱり……奈美ちゃんは逃げるんだ」
「……っ!」
「……でも、教えられないよ。間違いなく混乱するだけだもん。事実を知りたいなら、覚悟を持って直接、自分の目で確認するしかないと思う。
それに……あたしは……“あれ”を説明できない……できる気がしない。
知りたいなら、その目で見て」
綺星はなにかを見たのは間違いない……。
だけど、いまの一樹はそれを見たいかどうかと聞かれれば、少々引っかかるところがあった。……ある意味じゃ、奈美と似た考えになっているからだろう。
それを見た結果、いい方向にことが進むと確信されているなら、それ以外の選択肢はないだろう。だけど、目の前の綺星を見る限り、そういうわけではないらしい。
たぶん、それを見たところで、真実を知ったところで、救われるわけではない。
たしかに、真実を知ろうとしなければなにも変わらないのだろう。だけど、知っても言うほど変わりが保証されていないのなら、いっそ知らないほうが……。
そんなことが頭をよぎってしまう。
たぶん、そんなことを考えている一樹は、綺星がいうその真実を見られる扉を自分の手では開けられない。
「お願い。たぶん、みんなで力を合わせないとなにもできない。だからさ……、みんなも……。
あたしはそれまで……文音ちゃんのところにいるから」
綺星はそう言うと、ふたたびひとりで教室を出ていく。つい三十分ほど前にも見た姿だった。だけど、その後ろ姿は明らかに違う。……いまの綺星は……なにかを悟ってしまっている。……もう、……別人だ。




