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人とゆかいな化け物たち  作者: 亥BAR
第7章 現実と真実の一部
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第1話 帰ってきた綺星

 ***


 自身をおじさん呼ばわりした響輝とそんなおじさんにおばさん呼ばわりされた奈美。ふたりの攻勢は奈美が優勢となり、くすぐり攻撃がさく裂していた。


 が、……心の底からどうでもいい勝負である。一樹はそんな感想を抱きつつ、自分のおなかをなでた。


「……ふぅ……食べた食べた」


「……和田さん。なかなかの食べっぷりでしたね」


「……え? ……そうかな……」


 特に意識はしていなかった。だが、あらためて自身のおなかと相談してみると、いつもよりずっと腹が膨れていることに気が付く。


「……たしかに、……ちょっと食べ過ぎたかも」

 ……なんでこんなパクパク食べていたんだろう。……いや、考えるまでもない、自分だって実際はわかっている。

 ただの現実逃避だ。


 まともな娯楽がないこの状況において食事は、楽しめて気を紛らわすことができる物事。


 であれば、なにに対してなのか。それもわかる。……柳生文音が言った話ことを考えないため。考え込まないため。


 そしてたぶん、それはここに居るみんなそうだったように思える。みんな、いつもよりたくさん食べていた……。


「なぁ、綺星まだ帰ってきてへんけど……少し遅ない?」

 ふと、喜巳花がそんなことを言い出した。


 そういえば……綺星がトイレと言って、出ていったきりだったか。


 一樹はふと時計を見たが、そもそも綺星が出ていった時間が覚えていなかった。そのため、正確な時間はわからない。

 でも、ざっと……三十分……ぐらいはたっているのか?


「……え? ……そんな時間だった?」

 奈美が響輝へのくすぐり攻撃をやめて顔を上げる。……約三十分、ずっと攻撃を受けていた響輝は完全にノックダウンしてるし。本人、時間の感覚なくしてしまっているし。


「……そう言えば、けっこうたった気がするね」

 ぐだ~と倒れる脇響輝の脇をトドメと言わんばかりに指で突っつく。ビクリと跳ねる響輝をよそに、奈美は立ち上がり時計を見ていた。


「……大きいほう? にしても長いか……」


「あれちゃう。トイレで本読んでるか、ゲームしているかで夢中になって」


「……そんなゲームも本も、ここにはない。それがあったら、いまのあたしたちの暮らしぶりは劇的に違ってただろうね」


「……やんね」

 喜巳花は自分でもわかりきっていたらしく、徳に表情をかえることもない。腕を後ろで組んで床に転がる。


 ふと響輝が顔だけ奈美のほうへ向けた。

「腹、くだしたんじゃねえのか? ずっと非常食ばっか食ってるんだから、どうなっても不思議じゃねえよ」

 寝っ転がっていた響輝が上半身を上げつつそんなことを言ってくる。


 たしかにそれは十分考えられる要素ではある。ここにある非常食は賞味期限の表記がない。考えたくないが腐っているのに気が付かず食べていた、なんてこともあるかもしれない。


 それに、非常食自体、普段から食べるようなものじゃない。なにかしら、体に負担や疲労がたまっているのは十分考えられる。といっても、普段はなにを食べていたか、いまとなってはあんまり思い出せない。


「……なにかあったのかな?」


「もし、厄介なことが起きてたらわかるやろ? トイレ、すぐそこやで? もしバケモンが襲ってきたとしても、音で気づいてるやろ。たぶん、響輝のアヘ声よりは大きく響くで」


「うっせぇ」

 くすぐられてアヘアヘ言わされていた響輝がちょこっと反論する。


「まぁ、でも化け物関係ではないと信じたいけどね。もしあったとしても、綺星ちゃんが叫べは気づくし。そもそも、いまの綺星ちゃんなら……さくっと倒して戻ってくる……。

 って、戻ってきてないんだよね……」


 自分でぶつぶつ言って急に黙り込む奈美。しばらく考えるようにうつむいた様子を見せて、やがて首を大きく上げた。


「ちょっと、あたし見てくる。とりあえずトイレを見てくるから、みんなは待ってて。動かないでよ」


 教室の出口となるドアに向かって駆け出す奈美。「動かないで」と再度、強く一樹たちに言い聞かせるよう言った後、ドアを開ける。


「……って、うぁわい! 居たよ!」

 同時に奈美の叫び声が聞こえた。


 一樹も奈美の後ろからドアの外をのぞく。そこにはひとり、綺星が黙って突っ立っていた。ほんとうに目の前に居たってことになる。


「……綺星ちゃん? なんで突っ立ってるの? 入っておいでよ?」

 奈美が教室の外にいる綺星を手招きする。綺星はしばらくじっと奈美の顔を黙って見ていた。やがてゆっくりではあったが、足を教室の中へと入れてきた。


「いやぁ、ほんとうに探したよ。0.一秒もかかっちゃった」

 ドアを閉めた奈美が、そんなくだらないこと言いつつ、綺星の背中を押す。しかし、綺星は押された分だけ前に進むと、すぐに立ち止まる。

 どこか、その表情には思いものが感じられた。


「……あの? 綺星ちゃん? 笑ってくれてよかったけど?」

「つまらんジョークで笑うのはプライドが許さへんねんて」

「別に綺星ちゃんは言ってないよ!?」


 奈美と喜巳花がそんな言い合いをするが、綺星はひとつも笑みを浮かべない。滑って気まずい空気になり、あたふたするふたり。


 そんな中で響輝が綺星に近づく。しゃがみ込み、綺星と視線を合わせた。

「おい、新垣……なにがあった?」


「ちょ、……そんなストレートに聞く?」

 こんどは別に意味であたふたする奈美。この空気をどうにかしようとしたのか、綺星の肩に手を置こうとした。


 そのときだった。その肩に置こうとする奈美の手を綺星は軽く払う。そのまま、少しみんなのいる場所から離れ、くるりとこちらに顔を向けた。


「……あたし……みんなと一緒にいるのは……やめることにする」

 綺星がやっと口を開いたかと思えば、そんなことを言い出したのだった。


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