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人とゆかいな化け物たち  作者: 亥BAR
第6章 謎と高まる難易度
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第8話 綺星だけが見る真実の一部

「……うぅ……おしっこ」


 すっきりすることが終わり、教室に戻ろうとした。だけど、ふと廊下の窓、サッシの部分になにか挟まっているのが見えた。


「……紙?」

 引っ張り出してみる。折りたたまれていたそれを広げてみる。


 どうも本を切り取った紙のようだ。端っこに破った跡がある。ということは、あの白い本の一ページをちぎったか……。 

 でも、それだけじゃない。ペンで……ある言葉が書かれてきた。


『知りたいことがあるなら、一階に降りてこい』


 これ……間違いない……。文音だ。


 慌てて教室の中に入ろうとした。だけど、それはすぐに踏みとどまった。いま一度紙を見て考える。


 ……もし、これを奈美に見せたとして……奈美はなにを言ってくる? たぶん、あの子なら、「また不安をあおる気」だと言って、この紙をビリビリに破いて終わりだ。


 響輝なら、あるいは……。でも、そうなったら、奈美と響輝で対立する……。また、空気が……嫌な感じになる。……それに……響輝だって、文音に対して……怒っているみたいではあるし……。


 でも……自分は……

「あたしは……信用したい……」

 たぶん、文音は文音なりに……自分を助けようとしてくれた。これまでも、みんなを助けようと……。なら……きっと……。


 綺星はメモをぎゅっと握り締めると、ひとりで四の二教室を過ぎ去り、一階に向かう階段を下りていった。



 階段を下り進めて、一階の廊下にたどり着いた。これが、綺星にとって初めての一階到達になる。見た感じ、近くに化け物がいることはなさそう。


 ひとりということもあり、いつもよりずっと緊張してしまう。周りに対してできる限りの注意を払いつつ、階段から離れ廊下に出ようとした。


「来ると思っていたよ、新垣綺星」

「ひっ!?」


 後ろから声をかけられるなんて思ってもいなかった。全身がビクリとなり声を上げてしまう。遅れて振り向くと壁にもたれかかっている文音の姿があった。


 持たれている壁は階段のすぐ手前。ただし、綺星が降りてきた二階とつながる階段ではない。一階であるはずなのに、さらなる下に向かって続くほうの階段。

 ……つまり、……地下に向かう……。


「文音ちゃん……」

 少しそっと文音のほうに近づく綺星。対して文音は壁から離れると、一気に綺星のほうへと近づいてきた。


「綺星……、お前はどうしたい?」


「……どうしたい?」

 質問の意味がわからない。素直に気持ちを伝えていいならば、「なにが?」って答えたくなる。でも、文音はそんな答えなど絶対にのぞんでない。

 なら、……思っていることを言おう。


「……文音ちゃん。……みんなと一緒に……来てくれないの?」


 文音はしばらく目を閉じ、黙ってから声を小さく出した。

「……それがお前の望むことなのか?」


「……うん……。だって、こんなときだもん。みんな一緒に力あわせたほうが……いいんじゃないの?


 なんで? ひとりでいようとするの? なんで、みんなを追い込むようなことを言うの? あたしたちも……頑張ってるんだよ?」


 とにかく思うことを文音に伝える。文音がひとり……孤独に走ろうとするのがどうしても見ていられなかった。奈美やほかのみんなと仲良くしてほしい。ただ、その一心で言ったセリフだった。


「……頑張って……ね」

 文音は閉じていた目をそっと開ける。


「……君たちはあの六年生ふたりを中心に動いているんだろう?」

 綺星は黙ってうなずく。文音は特に綺星を見ることなく言葉を続けた。


「だが、悪いが言わしてもらう。あいつらについて行くだけじゃ、この状況を打破できるわけがないんだ。それだけなら、わたしはわかっている」


 文音は後ろを向くと少し地下に向かう階段に足をかけた。

「……綺星」

 名前を呼び、少しだけ顔を向ける。


「ついてこい」

 ただそう言って文音は薄暗い階段を降りていく。綺星は少し遅れて同じように背中を追った。一直線に降りていく先には、鉄のドアがあった。


 文音はそのドアの前で立って綺星が降り終わるのを待っている。綺星も文音のとなりにたどり着くと、文音はゆっくりとドアに手を触れた。


「このドアの先には“真実の一部”がある」

 真実、その単語に息をのんだ。だけど、すぐに言葉の違和感に気づく。

「……一部?」


「あぁ、すべてを知るにはまだ足りないことはある。だけど、これを見れば、綺星もわたしが言っていることを理解できるようになる」


「……」

 言葉が出なかった。このドアの先になにがある? ……いまの綺星には想像すらできない。


 文音は少しドアから離れると綺星にうながすように手を向けた。

「さぁ、綺星。選択のときだ。真実を受け入れる覚悟があるなら、自身の手で開けてのぞいてみるといい。自分の意思で開けられるものだけが見られる真実を」


 こう言われて、おもわずドアノブに視線が向けられた。

「……あたしが?」

 ゆっくりとドアノブに手を近づけようとする。そんなところに、文音はさらに言葉をかけてくる。


「最初に言っておくが、これを見たところでなにも変わらないぞ。むしろ、お前は絶望をより実感するだけだ。わたしも偉そうなことを言っているが、まだこの状況を打破する術は見つけられていない。

 それを理解した上で、それに逃げることなく向かい合う覚悟を持って、開けろよ?」


 思わずドアノブの手前で手が止まる。でも、すぐに改めしっかりとドアノブに手をかけた。ゆっくり、ひねるとガチャリと音がなる。

 ドアを手前に引くと同時、重たい音があたりに響きだした。


 やがて、綺星の視界に……“それ”が映り始める。

「……こ……これは……、なに? ……どういうこと?」


「理解できないのは当然だ。すぐに受け入れられるものでもないのはわかっている。わたしだって、これを初めて見たときは、吐いたほどだ。でも、いまのわたしたちは、これを受け入れるほか、ないんだ」


 これを見たいまにしたら、思う。自分たちは、どこか楽観的すぎた。たぶん、どうにかなると、心のどこかで思っていた。


 だけど、実際は自分たちの運命など最初から決められていて……、ただ、だれかが敷いた道を歩いていただけなんだ。


 奈美は生きていれば助けが来ると言っていた。響輝はどこかに脱出口があるはずだと信じていた。だけど……、そんなものは……あるはずがない。


 綺星が見たものが、自身にそれをはっきりと思い知らす。


「気分が落ち着いたら、またわたしのもとに来い。綺星……あらがうぞ」


 後ろから文音の声が聞こえる。だけど、それに返事する余裕はない。

「……うぅ……おぇぇ……」

 たまらず、綺星は床に吐いてしまった。


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