第8話 肯定してくれる人間たち
「……国に対して? ……どういうことだよ、それ」
壁の向こう側。壁が崩れたことによって、地面が見えるようになる。そして、人間たちがこちらに向かって抗議している図が目に入ってくる。
もう大半は、背を向けて逃げていった。おそらく、壁の崩壊を目の前で見て、恐れをなして逃げたのだろう。
だが、それでも一部は、まだなお、こちらに向けてなにやら抗議を続けているように見えている。
上には、まだ残っている、綺星いわく味方らしいヘリの音が支配している。それゆえに、彼らの声はここまで届かない。
「……う~ん?」
奈美が柵から身を乗り出して、彼らが掲げる抗議の文字を読み取ろうとする。
「……動物……兵器? ……反対っ!?」」
「……え? マジで!?」
驚く喜巳花と同じく、奈美の読み取りに反応した一樹が同じように身を乗り出した。そして、人間が掲げている文字に注視する。
人間ひとりが抱えているプレートは小さすぎて見えない。だが、すでに地面に投げ出された大きな布に書かれた文字はかろうじて見える。
「彼らに……自由を……。クローン反対……」
間違いない……。いや……それ以上。……国を訴えるもの、それどころか……一樹たちを援護しようとする……抗議デモ。
「……彼らって、俺らのことか?」
響輝が戸惑いつつ、人間のほうを見下ろしている。
対して、文音は少し上空を見え挙げた。
「……まぁ、あのヘリの中にいる人たちに向かって、ではなさそうだな」
向こうからも、一樹たちの姿が見えているのだろうか。抗議する人間の中には、一樹たちに向かって手を振ってくるものまで。
「……ウソ……本当に? ……この人たちって……、あたしたちの……味方なの?」
口に手を当て、涙ぐむ奈美。綺星は屋上から手を振りかえしたりしている。一方で、他のみんなは、信じられないといった様子だった。
人数にしたら大した数ではない。壁の崩壊で大半は逃げて、もう数名だけがここに居る。だけど、その数名はこの状況でも確実に抗議し続けている。
そもそも、もともと十数人が、この抗議に参加していたということになる。
「……国が僕らを公表したからだ」
最初は、国は全力で一樹たちのことを隠ぺいしようとしていた。少なくとも、一樹たちの容姿、そして動物兵器であることは、隠されてきた。
だけど、最後。一樹たちが逃亡を図った時、国は公表という動きに転じた。それによって一般市民にも一樹たちの存在が知れ渡った。
大半は、一樹たちの存在を知って恐れただろう。その情報を化け物が町をうろついている、という国の意図通りに捉えた。
そして、人々は避難、自宅待機、通報といった形で行動を取る。
だけど、人間すべてが同じというわけではなかったんだ。中にはこの情報を得た結果、これはおかしいだろ、と疑問に思った人間もいた。
そして、目の前にいるのは、プラスで行動を起こすという勇気を持った人たち。
動物を兵器として扱うこと。クローンという技術。そういったものに異を唱える者たち。もしかしたら、中には、一樹たちが知能を持った生物だと知り、動いた人もいるのかもしれない。
“彼らに自由を”この言葉が、それを期待させてくる。
「人間の中にも、僕たちを認めてくれる人はいる。……僕らにはまだ、居場所があるのかも」
あらためて抗議する数人に目を向ける。遠くからだとは言え、彼らは一樹たちの姿を見てもなお、抗議を続けている。
一樹たちを肯定しようとしてくれている。
「俺たちの……味方……」
「ウソやん……。うちらって、まだ……」
「あぁ、これを見れば、国だって、動くかもしれない」
気が付けば、全員の意識はもう、あの人たちに集中していた。そしてその人たちから、希望の光が見え始めている。
「これ、昨日の今日でだよ? 時間が立てばもっともっと、増えるかもっ!」
綺星が目を輝かせながら言う。
本当はそんな簡単な話ではないかもしれない。でも、……その流れだって、今は間違いなくある。
広がっていけば、………可能性が見えてくる。
もう、みんなの表情が本当の、心の底からの笑顔になりつつあった。
「……みんな、本当に……良かった」
奈美が一樹たちみんなのほうに顔を向けると、目に涙を浮かべつつ、最高の笑みを向ける。
本当に、だれもが自然な笑みを浮かべられていた。
だが……、それは……一瞬だった。奈美の笑みの向こうに一樹はあるものを見る。それは、こっちに向かって延びてくる弾頭ミサイル。
それは、こちらを向いている奈美以外、全員の視線を奪っていった。火を噴いて飛んでくるその物体がグングン近づいてくる。
「うん? 何? ……ん? なんの音?」
みんなの視線に違和感を持ったのか、奈美が後ろを振り向いた。それとほぼ同時、ミサイルは一樹たちの頭上を越えていく。
狙いは……上空にいるヘリかっ!?
上空で待機していた味方らしきヘリは急上昇。ミサイルから逃げるようにここから離れようとする。だが、ミサイルは誘導し、容赦なくヘリに直撃してしまった。