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第5話 学校の中で

 ***


 奈美はすでに学校の中にたどり着いていた。だが、体力はもう限りなくすり減っている。


 屋上から三階に降りて行く階段に一歩ずつ足を下ろしていく。体はもう完全に壁にもたれかかっている状態。


 視界はかすむ。もし、足を踏み外したら……ぜ、

「あっ!」


 言っているうちに体が下に落ちる感覚。それに抵抗する力もなく、ただ階段を転げ落ちてしまう。

 揚げる声もないまま、三階の廊下まで落ち切って、体は止まった。


「……はぁ……はぁ……、もう……」

 起き上がろうと手を床につけるが、力が入らない。上半身を上げるだけでもままならない状態。


「……うぅ……」

 そんな自分に情けなくなり、涙を流しつつ、床に倒れ込んだ。


 思えば、外に出てから休まる時がまともになかった。少なくとも、この学校の中、実験場の中のほうが、よっぽど気楽だったし、悲しいけど……楽だった。


 ……そう言えば、……なんかえげつない匂いがする。本当だったら吐きそうなほどの異臭。だけど、嘔吐できるだけの力もない今、……それもない。


 ふと見れば、廊下には大量の死骸が転がったままだった。奈美たちを襲っていた化け物、……彼らがいうアグニマルの死体。


 ここが放置された結果だ。……もはや……ここすら……奈美たちが生きれる場所ではなくなりかけている……。その理由は、人の手が入らなくなったから。


 なんて愚かで、無力で……。


「……あぁ……もう……」

 このまま、終わってしまうのかな。


「……な……奈美……ちゃん?」


 ふと、耳から細々とした声が聞こえてきた。それは奈美の名を呼ぶもの。少し顔を動かし、声のする方向を見る。


 そこは奈美が降りてきた階段。そこに、同じように力なく降りてくるのは東一樹。奈美の姿を見て、驚く表情は見せるも、一歩一歩、ゆっくりと階段を降りてくる。


「……一樹……くん」

 奈美は声をかけるので精一杯だった。本当は立ち上がって、駆け寄りたかったのに、その力もまるで出ない。


 その感にも一歩一歩、一樹が歩み進んできていた。そして、奈美の隣まで来てくれる。


「……奈美ちゃん……大丈夫……?」

「……そっちこそ」


 笑みを浮かべるのが精いっぱいだった。そんな奈美の肩を一樹は持ち上げてくる。


「とにかく、行こう……。あそこまで……」

 そう言って一樹が指さすのは廊下の向こう。視聴覚室のプレートが張られた教室のドア。


「……うぅ……はぁ……」

 一樹は奈美の肩を抱え込むように立ち上がろうとする。だが、一樹も限界を迎えているらしい。

 一向に上がる気配がない。


「……一樹……くん」

 できなくても、なんども挑戦する姿に、奈美も力を再度込めなおした。こんなところで……、上級生なら……引っ張らないと。


「一樹くん……一緒に……、せぇ……のっ」

 ふたり合わせ、かろうじて体が浮く。その状態で、とにかく先にある視聴覚室へと目指して再び、歩き始めた。


***


 喜巳花は力なく、三階のランチルームの壁に全身を預け座り込んでいた。


 隣には内側からぶった押され悲惨な状態になったドア。たしか最初のほう、化け物がここからなだれ込んできて襲われたっけ。

 ……本当になにも変わっていない状態だ。


 そして、喜巳花の周りには倒しまくった化け物たち。回収されることもなく、腐ったそれらから、異臭が放たれている。

 だけど、それに鼻をつまむ力も……残されちゃいない。


「はぁ……よう。ゆっくりとくつろいでんじゃねえか」


 声をかけ上げられ見上げると、そこには響輝の姿があった。まったく気が付かなかったが、響輝は目の前で向かい側の壁にもたれかかっている状態で立っていた。


「そういう自分は、……随分と元気そうやん」

「……そう見えるか」


 そういう響輝の肩は随分と上がっている。全身からは触れだした汗や血を見る限り、……元気そうだとは思えない。


 なのに、響輝は喜巳花に手を伸ばしてくる。

「ほら……行くぞ」

「……どこへ?」

「決まっている。俺たちが初めて会った場所だ」


 響輝に無理やり、引っ張られるような形でなんとか、喜巳花も立ち上がれた。お互いに肩を貸しあいつつ、ただただ歩き始めた。

 暗い廊下を。


 一歩一歩歩くだけで、全身が悲鳴を上げる。体はもう休めと、もう動くのはあきらめろと、さんざん訴えてくる。


 となりの響輝も一歩歩くだけで、辛く息を吐く。もう、お互い、限界なんだ。でも……とにかく、一歩ずつ前に進んでいく。


「……はぁ……はぁ……」

「……もうちょっとだ……行くぞ……」


 通常教室棟へとつながる渡り廊下を歩き続け、視聴覚室まであと少し。なんとか、そこまで……、そう思って力を入れ続ける。


 すると、視界に別のふたり組の姿が角からゆっくりと出てきた。

「……奈美、……一樹……っ!」


 ***


 綺星はひとり、廊下を歩み進めていた。全身がただただ痛い。もう、ほとんど戻らなくなった皮膚が、視界に何度も入るが気にしていられない。


 流れている腕の血だけ少しぬぐいまた歩く。目指すべき場所は……視聴覚室、ただひとつ。

 きっとそこに行けばみんあと会える。

 ただ、その一心で足を進めていく。


 やがて、視聴覚室のドアにまでたどり着いた。ドアはもう開いている。だけど、そこに意識を向けるだけの余裕はなかった。

 ただ、気力だけで前へ前へ……ドアの枠をくぐる。


 そして、その中、視聴覚室の中の光景を目にした。

「……はぁ……はぁ……。……うぅ……」


「き、綺星ちゃんっ!」


 ぐったりと壁にもたれかかっている奈美の姿。それに、ほかのみんなも。そんな光景に思わず涙がこぼれてしまう。


 そのまま力なく崩れこんだ。が、ふと気づく。


「……文音ちゃん……は?」

 いるのは、奈美、一樹、響輝、喜巳花の四人。ここにいるみんなはこぞって首を横に振る。


 綺星たちは、ここ、この場所でみんなと出会った。そういう思いもあって、ここを目指した。


 だけど……文音は違った。文音と出会った場所は……ここじゃなく……。


「安心しろ、綺星。……後ろにいる」

「……えっ!?」


 動きずらい首を後ろに回し、その声の主を見る。そこには、ドアに全身を持たれかけながらも、かろうじて立っている人物。


「……っ!」

 良かった……。良かった……。本当に良かった。


「文音ちゃん」


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