第3話 人間と化け物
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喜巳花はひとり、力なく町中を歩いていた。
本来であれば、絶対に避けるべき行為。そんなことをすれば、たちまち町は大騒ぎになり、とんでもないことになる。
なのに、今はその心配もなさそうな雰囲気におちいっていた。
町は実に閑散としている。朝と昼のいった時間。時間帯的にも住宅街の人通りは少ないのかもしれない。
でも、この状況はそれだけが理由ではないように思える。
どこもピシャリとドアも窓も閉め切っている。中には天戸を張っているような家も。むろん、天気はいい。強い風が吹いているわけでもない。
「……ま……当然やね」
歩いていると、さっきも見た壁に貼ってあるチラシが目に入る。それを通りざまに破り取ると、ビリビリに破いて投げ捨てた。
あのチラシにあるのは、喜巳花たちの顔写真。町にこんな化け物が出現していると、はっきりとこの国が認めた。
結果、人々は警戒し、家にこもってしまっている。
このパニックは相当なものだろう。この後、あの研究者たちや、国は様々な追及に合うことだろう。
だが、国はそれを覚悟して強行手段に出たのだ。
たぶんだけど、人間は喜巳花たちを意図的に町中に追い込もうとしている。森の中に逃げられると、喜巳花たちに有利。逃げやすい。
だから、この事実を公表してでも、町中に誘い込んだ。
「……」
ふと視線を挙げると、二階の窓から覗いてくる目と合ってしまった。直後、その目は部屋の奥へと消えて、カーテンが掛けられる。
「……まぁ、こういうことなんやろね……」
町中であれば、森より隠れる場所、移動できる場所が限られる。おまけに、人間という強烈な監視が付きまわっているんだ。
森は喜巳花たちにとって、生きる上でまだマシな環境だった。だけど、そこには入れず、強制的に町中へ。
そして、人間の住む世界に、喜巳花たちの居場所はない。
「……っ!?」
手前の角の先のほうから、人間の足跡がかすかに聞こえた。この状況じゃ、まず武装兵。
おそらく、喜巳花を見た人間が場所を通報する形をとっている。このままじゃ、確実に来る。
そう感じると、一気にUターンして道を駆け出す。すると、一斉に向こうから近づいてくる音。
「くっそ、なんやねん! これ!!」
一斉に放たれる弾丸。町中であろうと容赦なく放たれる弾丸んが、喜巳花の足元にまで迫ってくる。
「プットオン!!」
システムを起動し、跳躍。攻撃から逃げていき、近くのっ民家の屋根に降り立った。
だが、直後。
「なんか乗った!」
「上! 上!」
屋根の上からでも聞こえてくるとでもない大声。この下の人間がもう大騒ぎ。意味などないだろうが、ドタンバタンと音が聞こえる。
しかし、恐ろしいのは武装兵だった。ここは民家の上のはずだ。なのに、武装兵は躊躇なく、喜巳花に照準を合わせてくる。
気づき慌てて屋根の陰に隠れると同時、一斉発砲。喜巳花の代わりに、瓦がいくつも吹き飛んでいく。
「……ひどない!?」
思わず声を挙げる。
「普通の民家撃つどか、自分らどうかしてるで!!」
だが、顔を挙げた瞬間、また発砲され慌てて顔を引っ込める。残念だが、化け物の言葉は通じないらしい。
想像通り、民家の人たちはさらに大騒ぎ。だが、この人たちはこれもすべて、喜巳花がやっていることと捉えているみたい。
……当然だ、同じ人間が自分の家を撃つなど思うはずがない。
「……ほんと……最低……」
***
全身に傷を負いながらも、荒い呼吸を繰り返してなんとか、響輝は立っていた。近くには武装した人間たちが転がっている。
人々の生活圏、町中で襲ってきた奴らを返り討ちにした結果だ。逃げ回るのはやめて、転じたが……、これで何度目だ……。
「はぁ……はぁ……、何度も何度も襲ってきやがって」
しゃがみ込み、倒した武装兵のひとりの胸ぐらをつかみかかる。
「おい、てめえ。あの場所はどっちだ! どっちの方角にあるか言え!」
「……、あ……あの……場所?」
「てめえらが俺らをぶち込んでたあの場所だよ!」
「……し、知らない……」
もうろうしている男は力なく首を振る。口を割るつもりはないらしい。なので、男の腕に足を踏み下ろした。
当然、男は悲惨な叫び声をあげる。それにかまわず、続けた。
「もう一度言う。実験場はどの方向にある!?」
「……あ、あっちだ! あっち!」
指を一瞬、指さす男。だが、すぐに響輝が押し付ける足をもう片方の手でポンポンと叩く。ギブアップとでも言いたいらしい。
「……なるほどな」
足をどけつつ、指さした方角を見た。ここまで何人かに聞いたが、概ね食い違いはない。ウソではない。
これで行く方向は確定だ。
「……わりいな」
横たわる男にそう声をかける。そのまま、今度はすぐ近くに寝転がる別の男の横に行った。
そのまま勢いよく腕を蹴る。当然、男はそれにうめき声。
「なっ!?」
驚きを挙げるまだ、無事なひとりのほうへも近づいた。
「本当に悪いな。俺たちはどうやら、化け物らしい」
それだけ言って、その男の腕もへし折った。
「……、……。本当に申し訳ないよ」
ここで無事の状態で見逃したら、またこいつらは響輝を追ってくる。その繰り返しを避けるためには、負傷させるほかない。
「奈美、お前はこれを見たら怒るだろう。だけど約束通り……殺すことはしてない。……だから、許してほしい。
……少なくとも、一樹たちを殺す気しかないこいつらよりは、まだまともでいているつもりだからよ」
この独り言は、半分は奈美と自分自身に向けて。ほう半分は、横たわっている人間に向けてだ。
全身が痛い中、必死に体を挙げた。
「……何としてでもたどり着いてやる。自分勝手な人間どもに……負けてられるか」