第6話 残された選択
「……え? ……どういうこと?」
状況と白衣を来た彼女らの正体について、理解し始めていた文音。だが、となりにいる綺星は追い付いていないらしい。
「あたしが綺星……。で、この人も……新垣綺星? ……?」
あんまり長々と推測を述べる暇もない。要点をかいつまんで説明するため、言葉を頭の中で選び整理。
「わたしたちはクローンだ。記憶も作成されたもの。わたしが柳生文音だと自覚し、君が新垣綺星だ、と認識しているのもまた、作成されたもの。
そして、そのわたしたちの意思というものが、作成手順で彼女たちからコピーされたということだろう」
「……あぁ……うん。……うん?」
まだ理解できないか……。いや、理解しようとしても受け入れられないか。だが、無理に説明して理解させるべきではないかも。
本当に理解しきれたら、それは同時にパニックの度合いも増すかもしれない。
少なくとも、今文音は、自分という存在がわからなくなってきている。ただ、文音たちはとことん、人工物であるということつけつけられる。
「綺星。注射器をひとつよこして」
綺星は戸惑いながらも、文音に注射器を一本渡してくれる。
拘束するオリジナルの綺星と、窓の外でこちらを見ているオリジナルも文音を警戒しつつ、注射。
少し体の内側からきしむ痛みが続く。だが、無事、力を増幅させることは成功でいた。
残りの二本入ったケースのひとつも、綺星から受け取り、ポケットに。オリジナル綺星の首をつかみつつ、立ち上がった。
「さて、もう目的は果たせた。ここは脱出させてもらう」
この部屋のドアに意識を向ける。それと同時、オリジナル文音の手に銃が握られるのをしっかりと見た。
さっき、綺星をしびれさせた麻酔銃か。
「下手な動きは見せないほうがいい。こいつがどうなっても知らないぞ」
オリジナル綺星を人質として、引き寄せる。
すると、綺星も床に落ちていたあるものを拾った。ちょうど、このオリジナル綺星が持って入ってきた銃だ。
それを構えつつ、窓に向かって歩く。
「そっちの銃、下ろして」
綺星のその要求に、オリジナル文音は表情を変えることなく、麻酔銃を離した。離れた麻酔銃が廊下に落ちる音がする。
「そのまま、離れて」
続けて指示を受けるオリジナル文音は、ゆっくりと後退。それを確認し、まず文音から廊下の方に出た。
オリジナル綺星は依然、人質として確保中。
続いて、綺星も銃を持ったまま廊下に出てくる。
すると、人質であるほうに綺星が叫ぶ。
「文音ちゃん! こいつらを殺して! 妹の仇を!」
慌てて口をふさごうと試みるが、暴れて拘束するので精一杯。
この訴えにオリジナル文音もなにか動くかと思ったが、そんなことはなかった。ただ、冷徹に言葉を述べる。
「そんなに感情的になるから、こんな状況になったんじゃないのか?」
……なんというか……、こいつがオリジナルであるということに、少し納得してしまった。
性格は……通じる部分がありそう。
一方で綺星は床に落ちていた麻酔銃も拾い上げると、また、オリジナル文音に銃を向けなおしていた。
それに対して、オリジナル文音は両手を広げる。
「警戒しなくてもいい。ここから逃げたいのなら逃げればいいよ。わたしは、特に君たちを追うつもりはないよ」
最も反応したのは、人質のオリジナル綺星。抗議しようとしたが、すでに口ふさいでいる。
「それはありがたいな。どういうつもりだ?」
「別に。君たちが逃げようと、わたしにお咎めはないからな。それに、わたしは君たちに興味があるんだ。
特に、わたしの性格を受けづいている四号、君に」
四号? ……文脈から、この文音のことか。
「ここで逃げたとして、次はどうする? いや、わかっている。ほかの連中を助けにいくのだろう。
まず、それが成功するとは思いづらいが、……仮に成功したとしよう」
「……」
「その後はどうする? 無事、仲間を助けて、どうする? この世界に、君たち動物兵器の居場所など、我々の手の中以外にはないぞ?
君たちは墓場すら用意されない。埋葬されることもなく、ただ道具として朽ち果てるのを待つだけの存在と化す。
いつまで、逃げ続ける? いつまで、森の中で隠れ続ける? それが君たちの望むことか?」
「……偉そうに。……その世界を作ったのは、……その世界にわたしたちを落としたのは君たちだろう」
「そうだな。それは間違いない。で? だから、なんだ? わたしたちに謝罪を求めるのか? それに意味があるか? 価値はあるか?
それで君たちは満足か?」
「……謝罪とプラス、わたしたちの保証をすればいい」
「それは無理な話だ。例え、わたしが……研究に関わるものたちもそれを望んだとしても、この国が、世界が、人々がそれを認めない。許さない。
それに、君たちが保証されたとして、その後作られるクローンはどうだ? そのままでいいのか? 君たちはそれでいいのか?
根本的に、君たちは兵器として作られている。それ以外の道は用意されていない。これからもされることはない。
わたしが知る限り、君たちが無難に生き、終われる方法はひとつ、このまま黙って死亡することだけだ」
オリジナル文音はそこまで言うと、文音たちに背を向けた。そのまま、コツコツと廊下を奥に向かって進んでいく。
「君たちの選択を見せてもらう。所詮は、人間の想像を超えない終わり方をするか? それとも、わたしたちの想像を超える結論、結果を導き出せるのか」
そのセリフとともに、オリジナル文音の姿は消えた。静かな廊下で、文音と綺星、そしてオリジナル綺星だけが残された。